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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さらっと読む短編集

悲劇の星

作者: 麦ちよこ

 科学は進歩した。そして文明は衰退した。人々はただ貪欲に知識と資源を求め続けたのだ。誰かは当たり前のように言った。「(そら)に、(そら)に行けばまだまだ未知の知識や資源が必ずあるのだ」、と。

 確かに未知のモノに溢れた世界は一時的に広がった。未知なる星、未知なる生物、未知なる資源。そして人々は見つけてしまったのだ。核なんて前時代的な骨董品ではない、もっともっと恐ろしいパンドラの箱を。

 人類は多数の惑星に居住地を持っていたはずだったのだ。たとえ、巨大な凶器があっても人類は生き延びるはずだったのだ。しかし、それは希望的観測であった。人類の知識や想像力の圏外であったのだ。

 その凶器は蛮族である地球から発生した人類という種族を大きく飲み込んだ。人類の知識でそれに抗えるはずも無い。あっという間に宇宙の果てまで広がっていた人類は8割が死滅した。凶器に近かったものは、爆風だったのか熱だったのか何が原因と判別はつかないが星ごと消え失せた。凶器から遠かったものは原因不明の病におかされて死した。人類の技術では化学物質なのかウイルスなのかすら判別がつかなかった。だってそれは未知のものであったから。

 大幅に減少した人々は孤独にさいなまれた。持てる限りの技術を使った。移動を繰り返し、交信を繰り返したのだ。技術や知識が分業化されたこの時代にはその技術を持ち、出来るものもまた僅かであった。生き残った人々は知らない。本当に自分以外に生き残った人類がいるのかどうかさえも。そして生きているうちに出会える奇跡だけを信じた。




 そんな世界で、星に取り残されてしまった熱病におかされた人々の中から生還するものが出てきた。だがそれはもう人類とは呼べないものではあるのだが。


「メンデル、メンデル。私はもう駄目みたい」

「馬鹿をいうな。君が人間でなくなるのを僕は楽しみにしていたのだよ。どうして諦めてしまうのだ」

「神に祈れと?何万年前の文化よ。本当に何もかも終わってしまったのね。文明も人類も。そしてあなたとの未来も」

「まだだ。まだ君は生きている。人類はやめてしまったけれどね。文明なんて生き物が寄り添えばそれが文明なのだよ。君さえいれば、君さえいればほぼ全てまだ続いていく」

「メンデル、奇跡なんて信じては駄目。そう何度も起きないのよ。私はあなたが奇跡を起こす瞬間に立ち会えた。もう私には2度目のその運はこないのよ」

「ローザリア。ローザリア」


 ローザリアは息を止めた。メンデルは彼女に人工呼吸器をつけた。ローザリアの心臓は止まった。メンデルは彼女に自作した心臓を埋め込んだ。ローザリアの瞳は閉じられたままになった。メンデルは毎日彼女の目蓋をめくり瞳孔を確認した。


「ローザリア、僕はいつかきっとまた君と愛し合えると信じている。そのためならば全てを捨てよう」


 メンデルは医者でもあり、科学者でもあった。何故高度な科学が進化したこの時代に2つの困難な職についているかというと、彼は肉体の欠損を機械で補うことを専門としていたからであった。ローザリアの喉につけられた呼吸器も、ローザリアに埋め込まれた心臓も彼の作品であった。だが彼女に継ぎ足された足や腕は機械ではなかった。そして人のものでもない。彼女は人類とは言いがたい肉体である。それはメンデルも同じだった。


「どうして僕は牛の体を自分に使ってしまったのだろう。この体をローザリアに与えていれば」


 メンデルはローザリアよりも先に病におかされた。原因不明。ただ肉体が熱を持ち、朽ちていく。進行を止める方法を考える前に足が朽ちた。そしてその兆候は手にも現れた。彼は手が使えなくなる前に自らの足を切り落とした。しかし切り口からの病の進行は続く。最初は人の細胞を増やしてから作った、成分機能的に本物のような足をつけた。それはやはり肉体だと認識されたのか朽ちた。肉体が朽ちるのであればと次に完全に人工物である繊維で作った。繊維も朽ちた。とうとう前時代で使っていたような質の悪いシリコンや金属でも試した。進行は遅いがやはり長持ちはしなかった。そして手が動かなくなるであろう日に、どうせ手が使えなくなれば何もできなくなる、と彼は飼育場にある牛を殺して食すことに決めた。そこで初めて気づいたのだ。人類は病におかされているのに動物は健康体であると。後々ワクチンを作れれば良い。一先ず代わりのものがほしい。彼は人口骨格で作った手の骨を牛の肉体に埋め込み、それを自らの手にすげ替えた。奇跡が起きた。

 奇跡の後にローザリアは倒れた。その時メンデルは手も足も牛の肉から出来たものであった。5本の器用な指はあるが、茶色く短い毛が生えていた。彼はローザリアのために残りの家畜を使ってローザリアを生かすことを決める。

 最初はワクチンを作るつもりであった。しかしこれがウイルスであるともわからない。ウイルスだとして、牛が免疫を持っているのかもしれないと、牛の血を採取した。どれが免疫かわからない。全て全て摂取すればいい。わからないのだから選んでる暇もない。培養?全て増やして摂取するのだ。それで効けばいいのだ。メンデルは自らの肉体の牛に代わっていない部分の再発も確認していた。ワクチンというにはお粗末なものをメンデル自身が摂取する。

 無性に食欲が湧いた。そして病は止まらなかった。失敗だったのだ。メンデルは人のままローザリアを生かすことを諦めるしかなかった。最後にローザリアが人でなくなることを望んだような言葉を投げかけたのは彼が自分自身を責める言葉であった。美しいローザリア。ただ自分が彼女にいて欲しい、そのエゴだけで彼女を汚すのだ。自分と同じような肉体になり夫婦ではなく(つがい)と呼べるような身になることを自嘲した。ローザリアはそれを素直に喜んだ。あなた一人ではなくなるのね、と。嬉しさと悔しさの中、彼は彼女の肉体を家畜のものと入れ替える決心をした。

 自分のように浅黒い牛より幾分マシだろうと羊を選んだ。羊も健康であったからだ。ローゼリアの手足は羊のものとなった。表面的に病は治まったかに見えた。しかし、肉体は弱っていく。ローザリアの病は内臓まで進行していたのだから。

 結局のところ、メンデルにはローゼリアの肉体を自らと同じように牛にすれば助かったのかといわれれば、正直そこは重要じゃないだろうと考える。ワクチンを作ろうとして内臓が犯されるまで気づかなかったのが原因だとわかっていた。それでも自分が、自分が早く決断していればと思うと問題をすげ替えてしまいたくなったのだ。

 ローザリアが動かなくなってからメンデルはまず彼女の内臓を自作の内臓に置き換えた。しかしすぐそれも朽ちた。内臓もそうなのか。内臓も牛のものでないといけないのか。彼はたった一頭になった牛の内臓を彼女に埋め込んだ。そして人とは違う部分を調整するためだけに機械も入れた。うまく機能した。

 ひとつ、またひとつとローザリアの肉体は羊や牛や豚の内臓とそれをその身で運用するための機械が入る。長かった。その長い期間の中でメンデルは自らの内臓も置き換えた。いきなり彼女に試すのは躊躇ったのだ。彼が人から離れるたびに彼女も人から遠のいた。


「ローザリア。全ての内臓はもう正常に機能している。美しかった皮膚も羊や豚のものに変わってしまったけれど。君はもう目覚めてもいいのだよ。お願いだ。ローザリア。化け物にしてしまったことを叱ってくれ。それでも君にいて欲しい。化け物の僕しかいない世界になってしまったけれど、それでもいてほしいのだ、ローザリア」


 二度目の奇跡は起きる。ローザリアは目覚めた。そして手足だけでなく全てが化け物の容姿になってしまったメンデルに驚いた。


「ローザリア」

「メンデル、メンデルなの?」

「許してくれ、ローザリア。許してくれ」

「何を許して欲しいの?何をしてしまったの?」

「僕はもう人を捨てた。そして君の尊厳も君が眠っている間に。ああ、ローザリア。絶望しかないこの世界に生まれさせてしまってすまない」

「私もなのね。私もメンデルのように。大丈夫。大丈夫よ、メンデル。寂しかったのね。一人で待たせてごめんなさい」


 ローザリアは最初から覚悟をしていた。メンデルの手が牛になったときから覚悟をしていた。この寂しがりやのメンデルが一人で生きられないことも、肉体がいつか全て人を捨てなければならなくなることも理解していたのだった。ただ自分の顔を鏡で見ることだけは躊躇われた。メンデルは少しずつ変化を見ていたが彼女の記憶では手足が羊に変わっただけだったのだ。

 ふたりは人ではなくなった。化け物になった。ふたりは夫婦ではなくなった。番になったのだ。たった一つ残った脳が病にかかるか耐久を超えるまで彼らはその姿で生きていかねばならない。少しはマシだろうと牛や羊の外観を豚に入れ替え始めた。許されるのはそれくらいだった。



 奇跡というものは時に望んでいないときにやってくる。そして最適な時期をすぎた奇跡は歓迎できるものではなくなる場合は多々ある。

その日メンデルとローザリアはついに全身を豚の皮に変えてはじめて包帯を外す日であった。


「誰か!誰か生き残りはいるか!!」


 埃をかぶっていたレーダーが小型の宇宙船を捕捉していた。そしてその声はそこから発せられる電波をメンデルの住処にあるスピーカーに通すものであった。


「静かに。ローザリア、このまま黙って隠れよう。この姿で人前には出られない」

「どうして!メンデル、彼らは二度と出会えないと思っていた人類なのよ!」

「姿は包帯を巻いているからいいとしよう。僕らは病にかかってしまった。これがウイルスだとしたら。ウイルスだとしたら彼らに会えばどうなる?考えてみてくれ。僕らが辞めた人類の遺伝子を持つ彼らがこの病におかされてしまえば。お願いだローザリア。僕らは二人でひっそり生きよう」

「いやよ。メンデル、あなたは私に依存しすぎなのよ。ううん、二人きりだったのですもの。それだけ執着して愛してくれていることはとても嬉しいわ。でもね、私達、どちらか一方が死ねば独りぼっちになってしまうのよ。あなたのためにも私のためにも彼らと接触するべきよ」

「お願いだ。これ以上私は化け物を作りたくは無い。」

「何を言ってるの?あなたが私を同じ姿にしたのよ?お互い後悔はなかったのではないの?もう私を愛していないの?」


 ふたりの意見はすれ違った。

 メンデルは種の保存を主張した。自分達の体を化け物に変えたときに生殖器は失っていたからだ。このまま接触することで病にかかってしまえば彼らが残せるはずの人類は終わってしまう、と。本音のところは、彼らが化け物な自分達を殺すことを恐れていた。

 ローザリアは孤独を主張した。二人だけしかいないのだ。どちらかが終わればその後を追うように死を待つだけである。一人では肉体の手術も行えなくなる。心も体もそこで終わるのだ。愛しているからこそ生きていて欲しい。そういう思いで私たちは化け物になったのだ、と。彼女の本音は、病的なまでに自分を愛するメンデルとだけの生活に息が詰まっていたのだった。


「おーい、誰もいないのか!!」

「ここよ。私はここにいるわ!」


 ローザリアは飛び出した。メンデルはそれを追えなかった。いつだって彼女に試す前に自分が危険な実験台になっていたが、彼女はそれだけ守っていても自分で危険に飛び込んでしまったのだ。彼女はメンデルを振り返らない。そして走る彼女の包帯が乱れる。

 一際大きな音がした。だってそれまではここは何者もいない静かな世界だったのだから。彼女がゆっくりと、スローモーションにかかったように倒れる。メンデルは、これが実際の速度ではないことを理解した。彼女の最後を看取るのは自分だと思っていた。それなのになんてあっけない最後を選んだのだ。愛していた分メンデルはローザリアを憎んだ。そして相手に見つからないように静かに住処の奥へと引っ込んだ。


「歪んだ愛だとわかっている。一人で死んだ彼女を憎く思う。それでも彼女を、ローザリアだけを一人にしない」




 やっと生存者がいるかと思った星には化け物がいた。宇宙人なのかもしれない。白い皮膚が裂けて、まるで豚のように薄い桃色の中身が見えた。恐怖のために引き金を引いてしまった。幸運なことに、この化け物には仲間がいないらしい。増援はないようだ。この化け物が知的生命体なのかどうかわからないが人が住んでいたような住処から出てきた。恐らくこの星にはもう人類はいないだろう。やっとみつけた人の痕跡。やはり人類は病で終わってしまったのか。

 ローザリアに引き金を引いた男は逃げるようにこの星を去った。この男は免疫学者であった。人類初のこの病に対する抗体を作り上げた。それを摂取した男は、その抗体を作り出したときに二度目の奇跡を生き残りを探す旅でみつけようと誓ったのだった。



 ローザリアはメンデルの言葉の正しさを知り、後悔して死んでいった。メンデルはローザリアを怨んで自殺した。男は数少ない奇跡を誤解で使い果たし宙でその生涯を終えた。みんなみんな、タイミングが悪かっただけなのだ。奇跡は何度も起きたのに。ただタイミングが悪かったのだ。

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[一言] こんにちは。 悲劇を迎えるルートと、ハッピーエンドを迎えるルートが「タイミング」によって紙一重で変わるというのは、共感できるような、そうでないような気がします。 決して、この作品を否定して…
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