杭
銃が四丁立て掛けられている。
三丁には実弾が込められ、一つは空包である。狙撃対象は銃殺刑に処せられた将校だ。
刑の執行を確実に行うため四人が銃口を向ける。
責任の分散と罪悪感の軽減。軍隊とは狡猾に人を殺す組織だ。
処刑される将校は、原住民をみだりに処刑した罪が確定した。相当、殺したらしい。本人の口状では、敵兵士と住民の見分けが付かず、混戦した状態では仕方が無かったとある。
私は前線に赴いたことがない。生きた人間に実弾を込めた銃口を向けたことがない。兵士として訓練を受けたが、これが最後の訓練でもあるのだろう。新兵が四人選ばれた。全員、黙ったまま銃を取る。見慣れた銃、いつものライフルだ。
刑場に整列した。受刑者はまだいない。上官から説明を受け全員が配置に付く。それぞれが二歩ほど離れた位置で一列に並び壁に向かっている。しかし、皆、一点を凝視している。地面に杭が突き刺されている。受刑者を繋ぐ杭だ。そして繋ぐための金具。
上官が号令する。
「構え。」
「狙え。」
「撃て。」
まだ撃たない。銃声が受刑者の神経を磨り減らすためだ。
訓練で血反吐がでるほど行った反復運動だけでとどまる。三度、行った。
止めの合図で銃を収める。
受刑者が憲兵に引かれて来た。目隠しをしている。
この目隠しは受刑者の精神を守るためにも用いられているそうだが、本当の理由は私たちが彼の目を見てしまわないようにだと聞いた。
引き立てられる時も、杭に繋がれる時も彼は身じろぐことはなかった。
その間はわずかな時だった。しかし、私の鼓動が不気味な感触をもたらし始めた。
鎖の金属音が私の感情を掻き立てる。
耳の奥から声がした。
「あなたは殺すべきでない。」
私は躊躇していた。怯えていたのかもしれない。
だが、確かに存在していたことは彼を殺したくないという感情だった。
「私は彼を殺したくない。」
しかし、その呻吟は厳粛な冷たい空気に阻まれ容易には現れない。だが、私は声を出した。
鎖に繋がれる僅か数秒、私ははっきりと拒絶の声を出したのだ。
しかし。
「構え。」
「狙え。」
「撃て。」
号令に私の懇願は掻き消され、私は無意識の内に引き金を引いた。
おぞましい訓練に思考よりも体が反応したのだ。四人全員が引き金を引いていた。
鼓動がついに頭の裏まで侵し始めたような感覚、口蓋が血生臭い。ぼんやりと死骸を見つめる。
中空に拡散した私の意識ではこの銃が実弾だったかどうかは判別できない。
そして私の意思は殺人を拒絶しようとした。現にあと一秒あれば声が響いていたはずだ。
嘘ではないと、誰に聞かせようとしているのだろうか。四人全員が処刑には一言も触れず家路に着いた。