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魔界からの来訪者(2)

 あの犬コロの名前はクリス。大層な名前だな。タロウとかで十分だと思う。

 んで、そのタロ……クリスの母親は、たまたま魔界にやってきた若い男に一目惚れし、駆け落ち同然にこっちの世界に来たということだ。まあ、母子家庭じゃないらしいし、当然父親もいるわけだ。ある日、離婚届がテーブルに置いてあったとさ。

 父親も父親で、一年もしないうちに再婚したそうだ。

 ベタなドラマだな。

 出演者の中で一番気の毒なのがクリスだ。新しい母はいい人でそれなりに仲良くやってるらしいが、たとえ息子を捨てて若い男と出ていく奴でも、やはり生みの親が一番だよな。少しばかり同情する。

「ここだな」

 俺はつぶやき、なつきさんに書いて貰った地図を見る。大きな通りから外れた通りにある寂れた建物。

 『桐生探偵事務所』と入り口のドアに書かれている。なつきさんが教えてくれた所に間違いない。

「きったねー建物だな」

 隣でクリスが正直な感想を漏らしている。確かに汚い。魔界荘といい勝負だ。しかし、クリスの母親を捜す当てはないし、ここに頼るしかないしな。「変な人ですが腕は確かですよー」と、なつきさん談。

 まあ、変な人物にはこの短期間で耐性はできた。できたくはなかったが。どんだけ優秀かはしらんが、俺ら二人で探し回るよりはマシだろう。

 塗装が剥がれ木が剥きだしなドアをノックする。しかし、寂しい通りだ。四階建てのビルは窓ガラスが割れてるし、元は店だったらしき建物はシャッターが降りている。ゴーストタウンかここは。などと辺りを見回してると『は〜い』という返事がした。若い女の声だ。少ししてドアが開いた。

「依頼ですか? 借金取りならお帰りくださいませ」

 言いながら、出てきたのは、ドギツいピンク色のショートヘアーの少女。頭頂辺りにはピョコンと髪が一房跳ねている。

 もう髪色だけでこの世界の住人の可能性は低いな。染めてるかもしれないが。

「ああ、依頼です」

 俺が答えると、女はパァッと明るい笑顔になり、

「中へどうぞ!」

 と、女は先んじて中に入り、

「桐生さーん! 起きてください! 依頼ですよ!」

 騒がしい声が聞こえてきた。なんだか不安になってきたんだが。

「中もきったねーな」

 クリスが中に入り、やはり正直な感想を漏らす。

 それに続いて俺も入る。確かに汚い。紙屑が床に散らかり、段ボール箱が歩く面積を圧迫している。来客用らしきソファーまで、傷が付いていて中身がはみ出している。

 その奥の、窓際に机を構え、机に頭を乗せて突っ伏してるのが桐生探偵だろう。脇で少女が揺さぶって起こそうとしている。

「桐生さん、起きてくださいってば」

 さらに揺らす。同時に机も揺れ、乗っていたビール缶タワーがけたたましい音を立て、床に転がった。

「依頼が来たんですってば!」

 さらに強く揺さぶる。つか、馬鹿力だな。これ以上揺らすと脳震とう起こしませんか? 止めた方がいいのか?

「……あ?」

 どうやら俺の心配は杞憂に終わったようだ。寝ていた男は薄目を開け、不機嫌な声を漏らした。体を起こし、思い切り両手を天に伸ばす。ボサボサで焦げ茶色の髪。顔は良い部類に入るだろう。さらに男は欠伸をした後、俺たちの存在に気づいたようで、

「なんだお前らは……」

「依頼者ですよ」

 少女が説明する。

「ふぅん……珍しいな」

 自ら珍しいとか言っちゃってるよ。

「ま、座れ」

 と、手をヒラヒラと振って勧めて自らも気怠そうに立ち上がり、ソファーに座る。見た目と反して中々座り心地はいいな。

 男はジーンズのポケットから煙草と高そうな金色のジッポライターを取り出し、一服。そして、フゥーと煙を吐き、

「桐生……獅童だ」

 何故か格好つけるかのようにタメを入れながら名乗った。

 とりあえず、俺とクリスも名乗る。桐生は煙草を灰皿に押しつけ、訊ねた。

「で、依頼は何だ?」

 俺は隣に座るクリスの頭に手を置いて、

「コイツの母親を捜して欲しいんです」

 桐生は興味深そうにクリスを見る。

「ほう、こいつは……おいチビ、お前の母親はウルフェアではないな? ハーフか?」

 クリスはあからさまに不機嫌そうな顔になる。チビ呼ばわりが癪に触ったのだろう背が小さいのを気にしてるそうな。俺は桐生の聞き慣れぬ単語に、首を傾げた。多分、あちらの種族のことだと推測する。

「……ああ。サキュバスだけど、それがどうしたんだよ」

 クリスは不機嫌状態で答える。

 サキュバスは聞いたことがあるな。淫魔とも呼ばれていて、男を誘惑して精気を吸い取ったりする妖魔だったな。ゲームだと結構エロチックな外見なのが多かったりする。

「別に……ただ珍しかったんでな」

 桐生は言って、もう一本煙草を吸う。ヘビースモーカーか。

「あの、依頼の方は?」

 俺は訊ねた。請け負ってくれんのか。

「フッ……それはコレ次第だな……」

 桐生は指で丸を作る。なんだ大仏が欲しいのか。奈良のあたりにでも行けばいい。まあ、金のことだな。

 生憎、俺はコイツの為に出せる金額といったら、一万くらいか。クリスの方はというと、

「…………」

 子犬のような瞳で無言で俺を見つめてきている。そりゃそうだ。子供だし、金はないだろうよ。そもそも魔界とこちら側だと金の種類が違うだろうし。

 桐生は紫煙を吐いて、

「……で、いくら出せるんだ? 言っておくが最低ひゃくま――」

「桐生さん!」

 恐らくは百万とかふざけた額を言おうとしていたんだろうが、それを奥から出てきた助手? の少女遮って、

「そんな風に高い金額を要求するから依頼がこないんですよ。ここは安く依頼を請け負ってまずは評判をあげるべきです!」

 早口で少女は言って、こちらを向き、

「えっと、出せる金額でいいですよ。とにかく依頼はカンペキにこなしますから!」




 そんな風に少女は言ってくれたから、俺は百円を財布から取りだし、依頼をした。

 桐生はあきらかに不満顔をし、少女は苦笑いを浮かべながらも依頼を請け負ってくれた。

 よかったよかった。んで、探し終わるまでの間、クリスは俺の部屋に住まわせることになった。

 荒木さんは憤慨していたが、雪乃さんの説得によって、見つかるまでの間まではこっちにいられることとなった。




 三日後。

 桐生よりクリスの母親の居場所がわかったと連絡があった。結構迅速な調査だな。まあ、これ以上金は出さんが。

 そして現在。クリスとその母親が駆け落ちしたという人間の男と暮らすマンションに来ている。

「…………」

「…………」

「…………」

 気まずい。いつから空気に重さなんて加わったんだ? ちなみに三点リーダは順に、俺、クリス、そしてクリスの母親。紫色の髪をした結構な美人だ。色っぽい。

 今現在の状況はマンションの部屋のリビングで、向かい合ってソファーに座ってる。クリスの母親は最初は驚き、長年会っていない息子と会話をしようとしたが、クリスはそっぽを向いて無視。会話成立せず。今に至る。

 俺は軽く紹介だけして傍観者になっていたが、もう耐えられん。

「あー。えっと……」

 とりあえず、沈黙を破っては見たが言葉が続かん、どーしよ……ん、

「あ、アレが旦那さんですか?」

 たまたま目に入った写真立てを指す。意思の強そうな目をした精悍な男とクリスの母親が並んで写っている。

「そうよ。こっちに来る前に魔界で撮ったの」

 艶っぽい笑顔を浮かべ、母親は言うが……まずったみたいだ。クリスは先ほどからうつむいたままだったが、今のでさらにクリスの周りの空気が澱んでいるのがわかる。母親と駆け落ちした相手の話はマズすぎた。俺の馬鹿。

「……でだよ……」

 肩を震わせ、クリスは何か言った。

「なんで何も言わずに出てったんだよ」

 真剣な眼差しで実の母を見つめる。

「……クリスちゃん……それはね」

「聞きたくねえ!」

「いや、お前が先に聞いたんだろ」

 またまずった。思わず突っ込んでしまった。空気読めよ俺の阿呆が。

「……どうしてだよ」

 舌打ちをし悪態をつきつつも、クリスは話すよう促した。

「長い話になるけど――」

 と、前置きをし母親は語った。

 その話から俺が想像した物語はこうである。




 現在より三年前――魔界。

 北にそびえる山はいつもの如く火を吹き、南に建つ塔は、黒雲に覆われ天辺が見えない。空を見上げれば、雷鳴が休むこなく轟いく。魔界では青い空というのは見ることはない。

 ……以上が俺の魔界のイメージだったモノだ。過去形なのは、魔界荘の人達によってイメージが崩されたから。結構こっちと変わらないらしい。まあ、魔物はいるらしいが。

 さて、三年前の魔界を舞台にしたクリスの母親のラブストーリーを始めよう。


「キャァァァ!」

 穏やかな草原を切り裂く、高い叫び声。クリスの母親、リルハさん(年齢不詳)の声だ。

 叫んで、怖がるリルハさん(見た目は二十代後半)を囲むのは魔物の群れ。鋭い爪と牙を持つ獣。狼っぽいのだと思う。

 腰が抜け、木に背中を預けるリルハに一匹の獣が飛びかかる。リルハは太陽光でキラリと煌めく爪が視界に入り、目を強く閉じ死を覚悟した。

 刹那。届いたのは痛みではなく、

「ギュオォォ!」

 という魔物の断末魔。恐る恐る目を開くと、目の前に立つのは剣を構え獣と対峙する男。男は鋭い眼光で睨みつけると獣は、喧嘩に敗れた犬のように鳴いて逃げてっいった。

 男は獣の姿が小さくなってくのを確認し、剣を降ろし振り向くと、


「大丈夫か?」


 と、爽やかスマイル。

 これはもう一目惚れするしかなかったそうな。ちなみにこの時点でリルハさんには七歳になる息子と夫がいます。だが、愛の前にはそんなのは障害にはならず……と。

 照れつつもリルハさんは語ってくれました。

「どう? わかってくれたかしら?」

 リルハさんは妙にハイテンションになり、頬を染めて、身体を軟体生物のようにクネクネさせている。

「答えになってないだろ!」

 クリス、それは俺の台詞……。ここまでのリルハさんが語った話だと、せめてクリスくらいには一言話すことぐらいはできるだろうしな。

 リルハさんは笑顔だった表情をやめ、

「仕方なかったのよ。あの人も忙しい身だったから……あれから急いで魔王を倒しに行かなきゃならなかったし」

 魔王って……、リルハさんを助けた人ってまさか、

「彼は勇者でね。異世界から――あ、こちらの世界のことだけど――呼ばれて、魔王を三十日以内に倒さなければ元の世界に戻れなくなるらしくて……、私も彼の手助けをしたくて、家に離婚届を置いて、彼を追ったの」

 なるほど。それでクリスには……って、どこから突っ込めばいいですか。勇者から? 魔王から?

「…………」

「あ、クリスちゃん!」

 クリスは無言で部屋から出ていったな。泣いてたな。俺はどうすればいいのかな。

「……クリスちゃん……」

 悲しげな顔をするリルハさん。まあ、親だし。しゃあない。

「俺、探してきます」




 と、言って飛び出してきたが。

 見つからね……と、言う間もなく見つけてしまった。しかも、もう一人いた。

 マンション近くの公園のブランコ。

 並んで揺れるクリスと、勇者。

 リルハさんの部屋に飾ってあった写真に写っていた人物だ。何やら話をしているようだがここからだと分からない……が、クリスは笑っている。勇者も穏やかな笑みを浮かべている。

「…………」

 俺は去るとしよう。達者でな。

 俺は公園に背中を向け、その場を去った。ここで、夕陽をバックにしたいとこだが、今は昼だ。




 後日談になるが。

 クリスは魔界に戻り、今まで通り父親と暮らすらしい。そして、魔界と人間界の通行証を取得し、たまにこちらにやってきてはリルハさんと勇者と仲良くやっているらしい。まあ、なんつーか、


 グダグダだな。




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