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冬の日常(1)

――拝啓、父上、母上。……違うな。

 俺は首を捻り、紙をクシャクシャに丸めて背後を見ずに後ろに投げ捨て、違う紙を目の前に置く。

――親父、お袋。……そう呼んだことないしな。

 まだ余白だらけの紙を躊躇なく握りつぶして、背後へスローする。壁に当たったのだろう軽い音がしてぽとりと落ち、少しだけ転がる音がした。

――父さん、母さん。

 まあ、これでいいか。書き出しが決まり俺は、ケータイで簡単に調べた手紙の書き方を思い出しながらシャーペンを走らせる。

 

【年のせも迫る今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 俺の方は元気でやってます。

 けいいは省きますが、いい人たちに恵まれて日々を楽しく過ごしています。】


 ここまで書いてから、読み直してみると、俺は驚愕すべき事実に気付いた。

 字が恐ろしく下手だ。そして漢字が書けない。

 これがパソコンや携帯に頼る現代社会の弊害――いや、単に筆記能力が衰えただけか。

 ミミズを這わせた方がまだ読めそうな文字を見ながら、俺はペンを置いた。

 何故、筆無精……というか生涯で手紙を書いたのが、小学校の時同じクラスだった田中くんへの年賀状以来(友達ではなく、来たから送り返した)の俺が手紙という現代社会じゃ希有な物を書いているかというと、優梨に言われたからだ。

 夏に来た時にアドレスを交換して以来、たまに妹からメールが来るようになり、その度に俺は小躍りをしながら喜んでいたりしたのだが、一昨日届いたメールにはこうあった。


――家の方に手紙でも出したらどう?


 余計なお世話だとその時は思った。

 無理矢理に家を追い出されたわけだし。自業自得でもあるが。

 しかし、冷静になれば正直感謝はしている。育ててくれた恩というのはある。

 それに、今となっては追い出されたことにさえ感謝すべきかもしれない。そうされなければ魔界荘の住人となつきさんに出会えなかったわけだしな。優梨とも距離が縮まることもなかったかもしれない。

……ま、一歩間違えれば野垂れ死にな未来もあり得たわけだが、結果が良ければ全て良しだ。

 だから元気でやってると伝えるくらいはしようと、手紙を認めようと思い立ったわけだ。

 優梨からは俺のことは両親に話してないらしい。俺自身から伝えるべきだと思うと。


「駄目だな」

 自分の手紙に没を下して、丸めてポイッ。そのまま後ろに倒れて横になる。

 メールで送りたいと、優梨にアドレスを聞こうとしたが、気持ちを込めて書くべきだと諭されたしな。

 手紙なんて面倒くさいったらありゃしない。

 口の中で愚痴りながら、襲い来る微睡みに欠伸を一つ。これがコタツの魔力ってやつか。手紙は明日にしよう。面倒くさいことは明日に回す。俺の座右の銘だ。是非とも参考にしないでほしい。

「なるべく散らかさないでほしいんだけどね」

 荒木さんから注意されたが、まだイエローカードといった口調だし無視――はしないで紙屑を片付けようとノソノソとコタツから這い出る。……寒い。

 スランプに悩む小説家の気分でゴミ箱には投げなかったのだが、荒木さんに言われては仕方ない。さすがに俺も人の部屋で我が物顔するような無神経は持ち合わせていない。

「ところで、何で僕の部屋に?」

 椅子を回してこちらに体を向けて荒木さんは聞いてきた。机に向かい熱心にノートパソコンでカタカタとやっていたが、休憩といったところか。

「さっき言ったじゃないですか。手紙を書くって」

「それが何でここなのかな?」

「コタツがあるからです」

 はっきりと俺は言うと、荒木さんはまばたきを二回してから、

「ああ、寒くなってきてるからね。キミの部屋には暖房はないのかい?」

 俺は目を泳がせ、

「……ちょっと余裕がないんですよ」

 いわゆる年末商戦が控えているからな。購入すべきゲームを選考した結果、暖房に回す金はないという結論に至った。なあに、死にはしないさ。

 荒木さんはスッと形の良い顎に指を当てて少し考える仕草をしている。こっちは知的な優男といった容姿のせいか、今にも理論的に犯人を追い詰める推理でも飛び出しそうだ。事件は起こってないが。

「なるほど。消去法で僕のところに来たってところかな?」

 得心したように頷いて、荒木さんは微笑を称え、自信のある回答の正解を聞くように言った。中身まで知的な優男なんだよな。ギャップが激しく、未だ同一人物とは思えない。

「その通りです」

 抗弁する気はないので、俺は素直に答え、コタツへと入り過程を語った。別に丁寧に答える必要はないが時間潰しだ。


 部屋が寒い。

 それも遠目に見たらオンボロ。近くで見てもオンボロな木造アパート。魔界荘。

 夏は熱気がこもり異様に暑く、冬はすきま風で異様に寒い。最悪の住み心地を提供してくれ、誰か(特に天使さん辺り)が不満を募らせて出て行ってもいいくらい最悪なのだが、どうやらそう思ってるのは俺くらいだったらしい。

 まず、幽霊である麻衣は当たり前だが暑さも寒さも感じない。五感(飯は食べないから味覚は分からんが)はあるのに温度を感じないのは不思議だが。

 というか麻衣がソフト一本を諦めてくれれば、俺は自室で暖まれたのにな。『暖房なんて必要ない』と自分は平気なのをいいことに言ってきやがって。

 次に雪乃さん。

 忘れがちになるが、雪女である雪乃さんと娘の雪香は当然寒さには強い。むしろ、それが最適の温度というように、雪香は庭で駆け回るくらいに喜んでいた。

 雪乃さんもしみじみと『いい季節になってきましたね』と思わず同意してしまうくらい嬉しそうに微笑んで言っていた。

 当然、部屋には暖房なんてない。ここ最近じゃ雪乃さんの部屋で食事をする時、俺は外着だ。

 反面、暑さは苦手らしく夏は冷房をガンガン効かせており、一枚羽織らないと俺は寒いくらいだった。

 だけど、雪乃さんの微笑みはいつも春のようで俺の心はいつもポカポカだ。(意味不明)

 隣の死神さんこと魅栗さんはというと、部屋には暖房は置いてなかった。部屋には必要最低限の物しかないってくらいに殺風景で、暖房は『不必要』のようだ。ちなみに以前いっしょにプレイしたゲームはタンスの上で埃を被っていた。

 あれだけ何もないと私生活が気になるが、詮索はしないようにしている。ミステリアスな部分はそのまま魅力となる。

 あとの三方、天使さん、榊さん、黒木さんの部屋は暖房の有無の確認もせずに候補としていない。怖いから。

 榊さんは一見優しそうだがキレた瞬間を見てから必要な時以外は距離を置くようにしているし、黒木さんも見た目が落ち着かない。

 天使さんに至っては直接的な攻撃が加えられる恐れがある。なんでだろうね。俺はただバラを眺めるように美しい姿を拝める程度に抑えているのに。

 きっとツンデレだからだろう。そうに違いない。

 で、消去法で荒木さんが残ったわけだ。何回か部屋に入った時に、コタツを季節関係なく日常的に卓上テーブルとしてるのを知っていたしな。

 だけれども荒木さんも俺の中で危険人物にカテゴライズされてはいる。

 荒木さんは分かり易く言うと二重人格……いや、別人といったほうが正しいかもしれない。

 今のように穏やかな好青年と、凶暴極まりない阿修羅のごとき人相の二面性を持っており、俺はなるべく凶暴な時には近寄らないようにしている。

 まあ、その状態の時は滅多に部屋に帰ってこないから、運悪くはち合わせることはないわけだが。

 それにしても、この魔界荘には雪乃さん親子(と俺)を除くと一癖も二癖もある人(正確には人じゃないが)しかいないな。朱に交われば赤くならないように俺も気を付けなければならないな。


 少々話が脱線しかけたが、以上の理由から荒木さんのところに来たわけである。

「ご両親への手紙は書き終わったのかな?」

 テーブルを挟んで俺の反対側から荒木さんはコタツへと入る。

「可愛い異性だったらよかった」

 などと思ったりするが俺は声には出さない。男とコタツで向かい合う図は誰も望まないだろうが仕方ない。

「心の声が漏れてるよ」

 苦笑して荒木さんに指摘された。しまったな。荒木さんだからよかったが、雪乃さんの前では気を付けるように心掛けとかねば。

「見ての通りですよ」

 白紙とその上に転がったペン。丸めた紙が如実に答えてるでしょう、と俺は肩をすくめた。

「気持ちを込めて書けばいいと、僕は思うけどね」

 そうしてしまったら、多少なりともある憎しみが混じりそうだがな。

「上手く書くコツとかってないですかね。得意ですよね?」

 俺は窓際の小さな机をチラッと見やり訊いた。その上に置かれたノートパソコンには、文字の羅列が表示されている。

「上手いとは言えないけどね。単なる趣味でしかないから」

 苦笑いを浮かべて荒木さんは言った。

「それでも、あれだけの量を書くだけで凄いですよ。俺なんて手紙一枚埋めるのに苦悩してるんですから」

 言いながら俺は机の脇に置かれた用紙の束を見る。教科書くらいの厚さの用紙の束がクリップで留められ、それが三つある。

「量より中身が大事だと思うけどね。書けるのは慣れかな。単純に僕は書くのが好きだからというのが大きいかもしれないね。……『こっち』の時は、だけどね」

 『こっち』とは凶暴時のことだろう。失礼な話、あっちの荒木さんは赤色を見た闘牛のように知能とは無縁かつ、恐ろしいと思う。ちなみに凶暴時の記憶は『なっていた』ことしかないらしい。

「大変ですね」

 他人事のように俺は言った。

「確かに自発的になれる訳じゃないからね。不便なことも多いけど、なれないと困るかな」

 こちらとしては今の状態を維持し続けてくれた方が助かるのだが。あの狂気の瞳は合っただけで体が竦み上がるし。

「何が困るんです?」

「仕事柄ね。戦闘能力が高くないと務まらないからね。今の時は務まらなくて収入が皆無だよ」

 荒木さん(凶暴)は、こちらの世界と魔界の不法入国の取り締まり的な仕事をしているらしい。

「そういうものなんですか」

 今のおとなしい荒木さんの方が、話し合いで解決できそうでいいと思えるが。あちらは問答無用で力づくで向こうに返しそうだし。

「そうですね。不法に侵入する輩は厄介なのが多いですから」

「厄介?」

「分かり易い例だと世界征服でしょうね」

 これまた規模の大きいかつ、架空物語の定番の話が出てきたな。

「魔界は大家さんが統治してますから、こちらの世界を支配しようと企む邪な者がたまに現れるんですよ」

「はた迷惑な話ですね……」

 魔界の支配下に置かれる……か。……む、想像したら悪くない気もしてきた。褐色エルフとかいたりして……

「結局は大家さんに逆らえなくてこちらの世界を狙う輩ですから、いわゆる小物ではありますが、曲がりなりにも支配を企むだけあって、力もそれなりにはあるので、今の状態だと分が悪くてね」

「あっち(凶暴)の方だと変わるんですか?」

 気になったから俺は問うと、荒木さんは少し考えるように俯いた後、

「今の十倍といったところでしょうか」

「十倍……」

 思わず息を呑んだが、今の荒木さんの強さが分からんから、今一つ凄さが分からない。

「ところで魔界荘の住人の強さって、どうなんですか?」

 荒木さんは感心したように、

「面白い質問ですね」

 博識なジャーナリストのようなニュアンスで荒木さんは言った。そして、目を瞑り考え込む。


 俺は話が長くなりそうな質問をしてしまったと悔やみつつ、コタツで暖まりながら待つのだった。




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