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ゲームの世界へようこそ(3)

――とまあ、そんな出来事があってようやく俺はゲームの世界に降りたったわけだ。

 立つ場所は北海道の放牧地のような緑広がる草原なわけだが、空を飛ぶ鳥人間はさすがに北の大地の大空にもいないだろう。

 ここは紛れもなくゲームの中のファンタジー世界。……なわけだが。顔を下に向けると途端に現実感に引き戻される。

「なんで変わらないんだ……」

 俺はため息を吐く。選んだクラスで服装が変わるっぽいのは選択画面で知ったが、ニートである(このゲーム内での話だ)俺の服装は何故か変わっていない。店にいた時のままだ。

『現代的なクラスだから変える必要はないということになったらしい』

 ゲームの外で傍観しているであろうエルフが言った。

「じゃあ、スーツだったらどうなんだ? 企業戦士とダブるだろ」

『開発陣に言ってくれ。没案もあったらしいがな』

「没案?」

『ジャージ上下にリュックサックを背負いポスターを――』

「もういいです」

 要するに一般人が浮かべるオタクルックというわけか。スタッフのニートについてのイメージは著しく偏っているようだ。

 というより何故、現代の格好なのか。ニートっぽいならファンタジーにもあるだろうに。村人Aとか。

 仕方ない。魔王倒して歴史に名を刻めばニートはこの世界の皆の憧れの職業になるかもしれないしな。世界を救うニートなんて格好いいじゃないか。と、ニートの決意を新たにしていると近くの草むらが光り出した。

 よく見ると円形の光の輪が二つ地面に出現していた。

――ジュワン。

 その輪の上に白い光に包まれて三神さんとなつきさんが出現し光が消え――

「うぉぉぉぉぉ!」

 思わず俺は叫んでいた。

「いきなり何? びっくりするじゃない」

 迷惑そうに言う三神さん。

「悪い。ファンタジーの世界に感動してつい」

 嘘は言っていない。俺はファンタジー世界の衣装に身を包んだなつきさんに感動しているのだから。

 下から見ていくと、まず細い足を包むようにピッチリとした水色のロングブーツが目に入る。膝上丈までのそれは聖職者らしく、膝の辺りに横線と縦線が入り、白の十字が走っている。

 その上は光の輝きにも似た白い肌が飛び込んでくる。その柔らかそうな太股を絶対なる領域にしているのはブーツと鮮やかなスカイブルーのプリーツスカートだ。

 至ってシンプルなデザインのスカートが、草原を駆ける爽やかな風に小さくはためくだけで俺の心臓は鼓動を早める。

 上は清潔感ある白い服に、膝下まである水色のマントを羽織っている。手には先端に透き通った青水晶が付いた銀の長杖を持っている。

 見た目からして癒されるパーフェクトな猫耳クレリックである。この衣装を創った人にはベストデザイナー賞を個人的には授与したい。

「あのー、変……でしょうか?」

 俺のファッションチェックするような視線に、なつきさんは不安げに耳を伏せ小首を傾げた。

「いやいや、全然そんなことないです。似合ってますよ」

 世辞ではない本音を告げると、なつきさんの耳がピンと立ち笑顔の花が開く。

「ほんとですかー。よかったですー」

「私はどう?」

 三神さんが腰に手をついたポーズをとって聞いてきた。

 確か剣士を選んだであろう三神さんの格好はというと、ヘソ出しのチューブトップに革のジャケット。ジャケットと同じような色をした革素材のショートパンツ。腰には剣を帯びている。

 スタイルのいい三神さんが身に付けると、脚の長さがより際立ち、凛々しさがある。

「いいんじゃないか」

「適当な言い方ね」

 半目で三神さんは俺を見る。別に興味ないというわけではない。可愛さ有り余る癒し系クレリックのなつきさんに対し、格好良い女剣士の三神さんはどちらも甲乙付けがたいし、デザイナーと一杯酌み交わしたくらいだ。

 本当は二人とも思い切りほめちぎりたいのだが、もしヒかれたら心に傷がつくから冷淡な反応を選んだだけだ。

「ま、いいけど。剣士って普通はこういう感じなわけ? 鎧とか着てるイメージあるんだけど」

「色々とゲームによって違いはあるからな。このゲームだとそういうイメージなんじゃないか。流浪の剣士といった感じで。他にも戦士や騎士もあったしな」

「ふぅん。確かに村を出て旅に出るところから始まってたっけ」

「莉子さん、すごくお似合いですよー。素敵ですー」

 なつきさんのその褒め言葉は俺が貰いたかったが……今の俺の格好はとてもじゃないが相応しいとは思えない。普段と変わらんからな。これで褒められたなら既に店で言われてたはずだし。仕方ない、見た目じゃなく行動で頂くとしよう。

「ところで、日野くんは何で変わってないわけ?」

 現実世界で見慣れている服装を見て、三神さんは聞いてきた。なつきさんも気になるという瞳を向けている。

「ほら、まだ体験版だから未完成の部分もあって、衣装のデータがなかったんじゃないか?」

 正直にニートだからという理由を話すのは躊躇われた。別にニートが必ずしも穀潰しの駄目人間だからではないが、ゲームの世界に来たのにニートは恥ずかしかったからだ。

 それに完全に嘘ではない。後でアイツから開発陣に俺が考えたニートの衣装案について伝えてもらおうと考えているし。

「そうなの」

「残念ですー。勇気さんの変わった姿見たかったんですけどー」

 替えの衣装があるなら今すぐにでも脱いで着替えたいのは山々が、あいにく俺の手元には何もない。なつきさんがそこまで望んでくれるのなら、現実世界に戻ってからコスプレ衣装でも探すが。

「別に日野くんの衣装はどうでもいいけど、これからどうすればいいわけ? 魔王はどこにいるの?」

 辺りを見回しながら三神さんは言う。正直な言葉は時には人の心を傷つけると知っているかい?

「こうも広いとどこに向かうべきかも分からないな」

 周囲は三百六十度地平線が広がっていて、目的地となりえるものは見つからない。遠くに見える山の稜線の麓に洞窟でもありそうだが、そこまでたどり着くには日が暮れそうだ。これが普通のRPGならワールドマップで簡単に町の場所とか分かるんだが。せめて高いところから眺められたら何か見つかるかも知れんが――ん、高いところか、

「なつきさん、F○4のサイ○ロかD○シリーズのタカのめみたいな魔法は使えませんか?」

「はいー?」

「えっと、空高く浮き上がるのか、近くにある町の場所が分かるのありませんか?」

「そうですねー。空を飛ぶ魔法はありますけど、しばらく使ってないですしー、ここは魔力も少ないですし上手く行くかは……」

 困ったように苦笑するなつきさん。どうやら魔界の方では空を自由に飛べる魔法があるらしい。タケ○プターいらずだな。

「しばらく?」

 怪訝そうに三神さんが呟く。

 別に魔界のことをバレないようにフォローすることもないだろう。それに大勢に知れ渡らなければいいんだ。

 話したところで、魔界カフェに来る珍客にも動じない三神さんのことだ「ふぅん」とか素っ気ない反応がくるのも想像に難くない。まあ、俺から話す気はないが。

「試しに使ってみますか?」

 この世界なら幾ら魔法を使用してもゲームだからという理由で疑われずに済むだろうし。

「でも、上手く行くかは分かりませんしー」

「その時はその時ですよ。試して見てから次にどうするか決めればいいんです」

「そうですねー。やってみますー。勇気さんに掛けていいですか?」

「はい」

 俺は強く頷いた。なつきさんに魔法を掛けられる俺は世界に類を見ない幸せ者だろう。たとえデスでも俺は受け入れる覚悟だ。

「じゃあ、行きますよー」

 キリリと表情を引き締め、なつきさんは胸の前で長杖を構えると目を瞑り、ブツブツと呟いた。日本語でも英語でもないことは確かだ。

 すると僅か三秒くらいで杖の先端の水晶が淡く光りを放ち、なつきさんは杖を左から右に振るう。

 すぐに効果は現れた。

「お!」

 俺は不思議な感覚に包まれた。足が地面から離れ浮き始める。妙な浮遊感。無重力とはこんな感覚なのかもしれない。

「あ、浮いた」

 見たままのことを三神さんが淡々と言う。

 しかし、宇宙遊泳のように体を動かそうとしたが自由が利かない。これも魔法の効果なのか。ただただその場で浮き上がっていくのは、ヘリウムガスで膨らませた風船の気分だ。このまま風に身を委ねて飛んでいかないか不安だ。

 ほら、見上げている二人の姿がどんどん遠くなっていって――ん、あれ? 浮遊感がなくなったような……嫌な予感。

「あ、落ちた」

 重力が戻り俺はそのまま落下。高さからしたら一階建ての家の屋根くらいだろうか。俺に運動神経があったなら見事に着地を決めてポーズをとれただろうが、体勢悪く、尻を強打して着地した。かなり痛いが、小石がなかっただけよしとしよう。うん、ポジティブだな俺。

「勇気さん!? 大丈夫ですかー?」

 なつきさんが慌てて俺へと駆け寄り、心配そうに手を貸してくれ起こしてくれる。

「全然平気ですよ。尻を打っただけですから」

「本当にすみませんー」

 なつきさんはペコペコと何度も頭を下げる。上手く行かない可能性を知っていて頼んだこちらが申し訳ない気持ちになってくる。

「ホント気にしないでください」

「でもー、お尻を痛くしたようですしー」

 潤んだ瞳を、なつきさんは俺の尻に視線向ける。

「いや、大丈夫ですよ。少し痛むだけですぐによくなりますから」

 尻をさすりながら言うと、なつきさんはなおも心配そうに、

「あの、でしたら、私が痛くなくなるまでさすります、さすらせてくださいー」

「え……」

「駄目、ですか?」

 上目遣いで憂わしげな表情で俺を見る。思わず俺は生唾を飲む。なつきさんが俺の尻を――ヤバい。これはヤバい。

 いや、痴漢とかではなく、俺の精神がヤバい。尻をさすってほしいという欲求と、そんなことをさせては駄目だという理性がしのぎを削っている。

 でも、なつきさんからしたいと言ってくれたんだし、看護精神を無碍にするのも悪い気がする。

 俺の脳内には幾つかの選択肢が浮かんだ。


 1、そこまでしなくても大丈夫ですから。その気持ちだけで嬉しいです。と爽やかに言う。

 2、お願いします。と尻を差し出す。

 3、尻じゃなく別のところをさすってくれませんか?

 4、俺じゃなくなつきさんのお尻をさすらせてください。


 我ながら変態なことを思っているなと呆れてくるが、思い浮かべるだけでそういうことを実行に移したことはないのでご容赦願いたい。

 2、3、4、どれも捨てがたいが選ぶつもりは更々ない。選んだ時点で良好な関係は崩れさるのは考えるまでもない。それに三神さんが睨むような視線くれているし、素直に尻を向けたりしたら侮蔑されるか、最悪蹴り上げられるかもしれない。

 幾ら俺でも痛みを快感に変えれるほどの境地にはいないし、ここは円滑な関係を維持することにしよう。

 セーブとロードがあるなら俺は全ての結果を試すが生憎現実にはそんな便利なものはない。ここはゲームの中ではあるが、そう都合良く時間を巻き戻せはしないだろうし。


「そこまでしてくれなくても大丈夫ですよ。なつきさんのその優しい気持ちだけで十分です。それだけで尻の痛みはなくなりましたよ」

 と、俺は爽やかに微笑んで尻を叩いて平気アピールをする。

 三神さんが呆れたように息を吐いてるが何故だろうね。

「本当ですかー?」

 尚もなつきさんは心配そうに上目遣いで見てくる。どこまでも優しいな。それだけで世界を救えるくらいに。

「はい。今はもう全く気にならない痛みになりましたから」

 心配を晴らすように俺は強く頷く。

「痛くなったらすぐに言ってくださいねー」

 なつきさんはようやくやんわりといつもの癒しスマイルを浮かべる。これが俺には一番の痛み止めだ。回復魔法なんていらなかったかもしれないな。

「で、結局どうするわけ? 歩き回る?」

「それしかなさそうだな。多分、あの道を行けばいずれ町には着くと思う」

 俺は遠くに見える、土がむき出しになって左右に伸びている場所を指して言った。一般的なRPGだと道を辿れば大抵は町に繋がってる。このゲームもその例に倣っていると願うしかない。


「どっちに行くの?」

 土が固められた道まで着いた。

 どちらを向いても道の先は地平線しか見えない。二択である。町と町を結ぶ道なのが理想だが、片方がダンジョンである可能性もある。俺としてはこの世界の住人というのも見てみたいし町に行きたい。

「俺に聞かれても困る。なつきさんはどっちに行くべきだと思いますか?」

 ここは一応は年長者のなつきさんの意見に従うべきか。

「私に聞かれてもー……」

 耳をパタリと伏せてなつきさんは困惑する。頼りない年長者だが、なつきさんだから仕方ない。

「ま、こうしていても時間の無駄だし、さっさと決めましょ。一斉に行きたい方向指して、多数決で」

「わかった」

「わかりましたー」

「じゃ、いっせーの!」

 三神さんの掛け声と同時に俺はビシッと右を指さした。

 そして、二人は俺とは反対側を指している。

「あっちね」

 三神さんはさっさと歩きだしなつきさんもそれに続く。

「…………行くか」

 俺は虚しく地平線を指した手を下ろして後を追った。



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