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ゲームの世界へようこそ(2)

 気付いたら真っ暗闇の中に俺は立っていた。

 頭からすっぽり黒い布でも被されたような黒の世界。

 どこに壁があるのか、床がどんな色でどんな模様をしてるのか全く分からない。もしかしたら、ないという可能性もある。地に足を着いて立っているという感覚はあるが、一歩踏み出した瞬間落ちていくとも限らない。

 ところで、ついさっきまで店にいたはずなのに――という疑問は必要だろうか。

 そんなことよりも俺は不安で致し方ない。ここから戻って来られないかもというのを知ってしまったからだ。

 最悪、俺はゲームの世界の住人になりかねないのだ。毎日同じ行動パターンを繰り返し、勇者にタンスを荒らされ壷を割られようと略奪行為を黙認しなければならないのだ。想像するだけで恐ろしい。

――ま、それはそれで面白いそうだが。

 実際の所そこまで不安視はしていないしな。後でゲームの終了方法を聞けば済むことだし。雑魚モンスターでも一匹倒したらさっさとやめよ。

『言い忘れてたが』

 どこからともなく店の常連のエルフ野郎の声がした。俺は何となく上を向いた。もっともこの暗闇じゃどこを向こうが黒しか見えないが。

『これは体験版なんでな。セーブ機能がなくて、クリアまでは終わることはできない』

「うおぉい! 最初に言っておけそんな大事なこと!」

 俺は上に向かって叫んだ。狭い空間にいるのかよく反響するな……って、クリアまで戻れないってその間に現実で何かあったらどうすんだ。

『だから忘れていたと言っただろう』

 開き直るとかじゃなく、元々悪いとか感じていない口調だな。

 まあ、クリアすればいいんだ。体験版だからそんなに掛からないだろうし、ちゃっちゃっと終わらせよう。文句は戻ったらすればいいか。

『お客さんが来たらどうしましょうー』

 なつきさんの声が聞こえた。声のした方向は分からないが、近くにいるのか?

『安心しろ。裏返してきておいた』

 店のドアに掛けてあるオープンの札をクローズにしてきたのか。これは気の利くことで。勝手に閉店してくれるなんて。

『ありがとうございますー』

 素直にお礼を言うとは器が大きいのか天然なのか。冷静に考えてみれば店員も店長もいない状態で営業はできないから正しい判断ではあるのか。全く、それを予測できずにゲームに誘ったのは誰なんだか。

『早く終わるといいけど』

 三神さんの声だ。

「デートでもあるのか?」

『別に。観たいドラマあるだけ』

 実にあっさりと答えだな。俺の理想としては『バカッ! そんなんじゃないわよ!』と顔を赤くして否定してくれたら、ご飯三杯はいけたのだが。

 しかし、こんな不思議空間に飛ばされても戸惑いも疑念も持ってないのかね三神さんは。俺は不思議耐性みたいのが付き始めてるから大丈夫だが。何が起きても驚かない自信はある。


『魔王クエストの世界へようこそ!』


「うおっ! なんだ?」

 女性の声が響いた。デパートとかにある子供向けのゲームから流れる説明のような声質だ。もしくはヒーローショーのお姉さんの方が適切か。

 あと、俺は本気で驚いたわけではない。なつきさんに三神さんの反応が薄かったら困るから、率先して唐突の声にびっくりしたリアクションをしただけだ。

 ツンデレ風に言うと『別に、驚いたわけじゃないんだからねっ!』


『最初に貴方のクラスを選んでね』


 対象年齢いくつくらいだろうかこのゲームは。

『クラス?』

 疑問系のなつきさんの声。可愛く小首をでも傾いでいると想像する。

「ジョブ……いや、職業……何というか剣士や魔法使いとかのことですよ、多分」

 俺はRPGをしているうちに自然とそういうもんだと分かるようになっているが、ゲームに疎い人に説明するとなると難しいな。

『……そうですかー。ありがとうございますー』

「まあ、すぐに分かるかと……ほら」

 と、目の前に画面が現れた。

 立体映像のタッチパネルとでもいえばいいのだろうか、青白い光でチカチカと明滅する半透明の四角い画面がある。

 その中には『剣士』『魔法使い』などRPGじゃお馴染みの名称が並ぶ。結構種類があるな。


『なりたいクラスをタッチしてね』


 見れば分かる。

 とりあえず『狩人』と書かれた文字に触れてみた。万が一にも押しただけで選択を取りやめることができなかった時のことも考えてだ。『山賊』になったりしたら嫌だし。

 すると別の画面が宙に現れた。

『弓の扱いに長けたクラス。各種族に効果的なスキルを覚え。倒したモンスターを食料にすることができる』

 狩人の説明文の下には『このクラスにしますか』とあり、『はい』『いいえ』と大きな文字が出ている。

 説明を見てから決めることができるわけか。説明文の右側にはその職の服装が表示されている。

 俺は『いいえ』をタッチすると、説明画面は消える。

 弓で後方から安全に戦えるのは魅力的で、食料にできるとかあるし、長いダンジョンでいると便利そうだが、体験版だしそういうダンジョンは出ないだろうという判断で狩人は選択肢から外した。

「二人はもう決めました?」

『まだですー』

『私は剣士にしたわよ』

 三神さんは剣士か。わりとピッタリかもしれないな。頼りになって凛々しい印象あるし。それにセミロングの黒髪女剣士というのは良いものだ。

「何故、それにしたんだ?」

『慣れてるから。これって自分で動いて戦うんでしょ?』

「慣れてる?」

 剣の扱いに慣れてるって、まさか三神さんは身の丈はある大剣を振るい、日夜街にはびこる異形の怪物と戦ってたりしているのか?

『剣道やってるから。ウチ道場だし』

「なるほど。なつきさんは何にするつもりですか?」

『いっぱいあってー、どれを選んでいいのかー』

「俺が決めましょうか?」

『そうしてくれると、助かりますー』

 それを聞いて俺はギロリと目の前の画面を睨む。真っ先に『メイド』を探したがなかった。

 まず前衛職は却下だ。なつきさんを前線に立たすわけにはいかない。

 となると後衛職だが、ガンナー、魔法使い、鞭使い……ん? 鞭使い……。なつきさんは優しいしな、モンスターであろうとも傷つけるのは心が痛むだろう。却下。

 支援職が妥当か。アイテム使い、踊り子、アイドル……どれも捨てがたいが俺の目に止まったのは、

「クレリックはどうですか?」

『クレリック?』

 確認のためタッチする。

「回復と支援の専門職みたいです。回復役はゲームじゃかかせませんから」

『そうなんですかー。では、それにしようかと思いますー』

 なつきさんのクレリック姿が今から楽しみだ。画面にはクレリックの服装が映っているが、聖書片手に布教する神父が着るような黒いローブを鮮やかな水色にした服に、食パンに似た形をした帽子。ハッキリ言って俺は着たくない。

 恐らくは性別で衣装も違うのだと推測する。『騎士』が女も変わらずフルフェイスの兜に全身鎧に包まれていたらユーザーから不満が届きそうだし。俺も送る。

 よって、女性版のクレリック衣装は期待できる。なつきさんがそれを着たらどんな些細な罪でも毎日懺悔にしに行くだろう。

「さて、と」

 俺も選ぶとするか。

 それにしても結構な数のクラスがある。『剣士』『魔法剣士』の違いは分かるが、『魔法騎士』『魔法戦士』は被ってないか? 水増し感がするというか、そこまでするなら少なくてもいいと思うが。

「……企業戦士」

 場違い過ぎるだろ。説明は……

『靴の踵をすり減らし日々家族のために戦う戦士。ストレスに強い。リストラ候補だと知り最近うつ気味』

 サラリーマンだな。というよりどうやって戦うんだよ。うつ気味だし。ちなみに衣装はグレーのスーツに革靴。

『開発スタッフがお遊びで加えたらしい』

 そうすか。絶対に選ばんからいいや。

 剣士とクレリックに混ざるスーツ姿はシュールすぎる。

 企業戦士の説明画面を消して、再び一覧から選ぼうとすると『選択時間終了』と画面に浮かび上がった。

 俺まだ選んでないんですけど?

 画面の文字が変わり、

『貴方のクラスはニートに決まりました』

「ニート!?」

『ああ、時間内に選ばないと優柔不断だとされ、そうなるらしい。リアルだろう?』

「そんなリアル必要ですか?」

『さあな』

 うわっ。何という他人事な態度だ。

 ファンタジー世界でニートなんて悲しすぎるだろ。ん、ニートの説明文が。

『働いたら負けかな』

 適当だな。しかも、この文は某掲示板で悪いイメージを広めるために頻繁に使われてた言葉だろ。実際のニートは……いや、いいか。長くなる。


『決まりましたね。では、物語の始まりです。準備はいい?』


「…………」

『はい。いつでもいいですよー』


『聞こえないぞー。もう一度聞くよ。準備はいい?』


 やり直し!? ノリが完全にヒーローショーの司会になってるし。

「ああ」

『ええ』

『いいですよー』


『声が小さい! もう一度!』




 五度のやり直しを強要されようやく物語は始まった。

 世界観の説明をされた後、俺の目の前が真っ暗になった。

「――起き――」

 誰かの声が聞こえる。

「――起きな」

 どこかで観たような始まりだな。

「――起きなってんだろうがバカ息子がぁぁぁ!」

 耳元での怒声に俺は跳びはねた。何故かベッドの上で正座になる。顔を上げると恰幅のいいオバサンが仁王立ちしていた。

「毎日、毎日、昼前まで寝てんじゃないよ!」

 性別を勘違いしそうなだみ声だ。

「ごめんよ母ちゃん。でも深夜アニメ観てるから朝早くは起きれないんだよー」

 俺が言った。いや、俺は言ってない。

 勝手に口が動いて勝手に俺が喋っている。まるで操り人形になったかのように。表情筋まで動き、俺はさぞかしナヨナヨとした表情をしているだろう。

「またアンタは屁理屈ばっかり……いい加減働いたらどうなんだい」

 俺はイジイジと指でベッドに“の”の字を書きながら、

「働こうとは思ってるよ。今プレイ中のゲームをクリアしたら働くつもりでいたのに、そんなこと言われるとやる気なくなっちゃうよ」

 俺、最低じゃないか。夏休みの宿題を先延ばししてる小学生みたいな理屈ぬかしやがって。

「そう言い続けて働いた試しがないじゃないの。いい加減にしないと母ちゃんにも考えがあるよ」

「考え?」

「アンタには魔王を倒しに行ってもらうよ。そのくらいして世間様の役にたってきな」

 俺は母ちゃんにすがりついた。弾力のある腹の感触が気持ち悪い。見知らぬオバサンにひっつくことになろうとは。

「それだけは勘弁してよ母ちゃん。俺に魔王を倒せるわけがないじゃないか。俺、働くから……働いて親孝行するから……」

 女々しく懇願する俺。体と声は自分だからなんだか悲しくなってくる。

「アンタ……」

 フッと母親らしい和らいだ表情になる。

「母ちゃん……」

 俺は安堵した表情を浮かべる。

 と、むんずと太い腕で俺の服の襟首が捕まれ、

「……なら」

 母ちゃんが勢いよくそのまま回転し、砲丸投げよろしくぶん回される俺。絶叫マシンより怖い。

「魔王を倒して親孝行せんかぁぁぁい!」

 そして投擲。勢いのついた俺の体は魚雷がごとく頭から窓ガラスを突き破り宙を飛ぶ。母ちゃんの雄叫びを段々と遠くなる。人間投げの世界記録出るね確実に。

「魔王を倒すまで帰ってくんじゃないよ!」


――こうして俺ことニートのユウキは魔王退治の旅に出ることになったのだった。激しくメンドクサい。


 呑気にナレーションしてんじゃねーよ俺。

 このままだと綺麗な放物線描いて地面に頭から突き刺さる未来が待っている、というかジエンドじゃないか? 怖いから目を閉じておくか。


――シュン。




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