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ゲームの世界へようこそ(1)

 まず、俺が気付いたのはここが外だということだった。それも町の中ではない広々とした場所。人工物が発する雑多な音は聞こえない。

 目を瞑っていても分かる、草の匂いと涼やかな風が肌を撫でている。瞼を通して感じる光も、少し前に浴びたフラッシュではなく太陽の温かな光だ。

 足踏みをしてみる。足を着けている場所もフローリングではなく、大地なのだと音が伝えてくれる。

 実に不思議だ。そうとしか言えない。

 期待半分と万が一目の前に凶暴な魔物でもいたらという不安半分に目を開ける。

「うわ……」

 思わず俺は驚嘆した。予想はしていたとはいえ、それの遙か上をいっていたからだ。

 周囲の景色をからすると大草原のようだ。三百六十度の緑が広がり、ゴルフボールが飛び込んだら探すのに苦労を強いられるであろう丈の草がそよ風に靡いている。

 種類としては普通の草としか言いようがなく、ここを綺麗に刈りとったら総天然芝の野球場が幾つもできそうだ。

 草を蹴ってみると、散った草が風に揺られて落ちる。まさしく本物としか思えない。ここに立っている時点で今更な話だが。

 次いで空を仰ぎ見ると、仰天した。

 青い大空を、翼を広げ優雅に飛行するのは鷹か鷲かとも一瞬思えたが、遙か頭上を通り過ぎさろうとしてるソイツは足と手が生えていた。人間のようでもあるが、腕と足には茶色の毛で覆われているように見える。よく見ると足の指が三又に分かれ先が鋭い鉤爪になっている。

 恐らくは鳥人間なのだと俺は一人で結論を出し、感嘆し呟いた。

「これがゲームなのか……」




 時間を少し巻き戻し、舞台はしがない喫茶店へと移る。

 店名と店長と客層が少しおかしいくらい――いや、建物とメニューは普通の喫茶店と言った方が早いか。

 店から見える外の街路樹も秋の装いを越えて寂しげに葉を散らし始めているが、店内に視線戻すと何も変わり映えがない。

 窓際に三組ある白い丸テーブルに白い椅子が二つ挟むように置かれた席に、木製の椅子が並ぶカウンター席は、働き始めたころと全く変化はない。今はカウンター席に客が一人いるだけだ。

 なつきさんなりの拘りがあるのかもしれないし進言はしないが、少しは季節感を取り入れたりはしないのだろうか。冬だとクリスマスツリー飾ったりとか……

 たった今、俺はナイスアイデアを閃いた。古典的な表現ならば電球が頭上でピカーンと輝いた。

 店内ではなく、店長自信が季節やイベントに合わせた格好すればいいんじゃなかろうか。

 夏なら浴衣、クリスマスならサンタといった風にだ。これなら季節感もあって集客に繋がるかもしれない。言わずもがなサンタはミニスカじゃないと駄目だ。ほら、なつきさんは尻尾があるからな、スカートのほうがゆとりがあっていいだろ。

 普段もスカートが多いしな。今日も秋らしい色合いのロングスカートだし。尻尾が見えないのは残念だが。夏はミニが多くて最高だったが。

 機会があれば提案してみるか。それと高性能のデジタルカメラの購入も検討も視野に入れとくか。

「日野」

 と、俺の名を呼びかけてきたのは客の一人だ。モデルのような体型でスーツを着こなし、眼鏡を掛けた知的な印象を与える青年は店の常連だ。

 耳がやや鋭角な以外は人生で挫折なんてなかったエリートサラリーマンにしか見えないが、魔界ではエルフと呼ばれる種族らしい。

 ファンタジーな世界観のRPGだと弓の扱いに長けている印象が強い。ちなみにエルフと聞くと、俺は金髪にツリ目の気の強い少女が浮かぶ。ツンデレで、ふとした時に見せる柔らかい表情が強烈に可愛い。俺の脳内美少女名鑑十八頁より。

「なんですか?」

 俺は警戒気味に歩み寄った。いつも世間話を弾ませるほどの仲でもないし、何かあると勘ぐる。

 以前にも、こいつの勤めている会社の胡散臭い不思議商品で嫌な思いをしたことがちらほらある。それらは、現代科学を超越して未来の猫型ロボットの便利アイテム並の凄さなのだが、着眼点がどこかズレており、役に立つかと言われたら微妙と答えざるを得ない。

 それに、そんな商品を販売してるのを見たことがない。裏社会で出回ってるのか、そもそもこっちの世界で売られてないのか。

 市販されてたら悪用されそうな品もあるし、それでいいとは思う。今回は何が出てくるのやら。何故か人ん家の風呂場に繋がることが多い不思議ドアだといいな。通勤時間を有意義に使えるし。

「お前はゲーム好きだな」

「いや、何ですか唐突に」

 否定は出来ないがお前に趣味をバラした覚えはないぞ。何で決めつけたような言い方をするんだ。

「そう見えたんでな」

「……そうすか」

 ベシルといい俺は他人にそういう印象を与えてるのか。イメージの脱却を図るべきか。

「丁度いいものがある」

 常連の眼鏡男子はそう言い、隣の席に立て掛けた鞄を探り、取り出した物をカウンターに置いた。

 俺は更に近寄ってそれを見た。

 サイコロを何十倍にも大きくしたようなキューブ状の物体。全体が水色のそれの表面には『○○の話』とも書かれてはおらず、突起も窪みもない。見た所プラスティックのような材質で光沢がある。単なる四角い立方体という以外の感想はない。素晴らしいフォルムとでも褒めればいいのか?

「何ですかコレ?」

 あれこれ詮索するより、答えを知ってるであろう当人に率直に聞いてみる。

「ゲーム機だ」

 実に簡潔な返答だが、これがゲーム機とは思いがたい。

 確かに大きさとキューブの形状は某大手ゲーム会社が販売していた家庭用ゲーム機を彷彿とさせるが、コントローラーを差し込む穴もゲームソフトをセットする蓋も見当たりはしない。というか、もしあったなら裁判沙汰にならないだろうか。

「コントローラーはどこに挿すんです?」

 もっともな疑問を伝えてみた。

「必要はない」

「なるほど。センサーで動きを感知するとかそんな感じですか」

 昨今のゲームの進化には甚だ感心せざる得ない。

「何を言っているんだ?」

 呆れたような冷めた口調で言われてしまった。

「じゃあ、いったいどうやってプレイするんです?」

「直接動けばいい。何と言ったか……そうだ、バーチャルリアルゲームというやつだそうだ」

 この人は何を言ってるんだろうか。

 直訳だと仮想現実。CGの世界にあたかも自分が居るかのように感じるゲームだと考えればいいのか?

 ありえな……くもないか、現代からしたらオーバーテクノロジーだが、魔界の技術ならありえるかもしれない。もしかしたらこっちと魔界を行き来できるのも凄い技術力の賜物かもしれんし。

 それに今ならヘッドマウントディスプレーを用いれば視覚だけなら仮想空間にいるように錯覚もできるだろう。もしや、それか?

「ゴーグルみたいなのを装着したりするんですか?」

 困った生徒の的外れな質問を聞いたかのように眼鏡の客は嘆息する。

 一言怒鳴っていいすか? と、カウンターの奥に立つなつきさんを見ると暗号会話でも聞いているかのように首を傾げている。

「起動してみれば自ずと分かるだろう」

「ソフトは?」

「ああ、忘れていた」

 淡々と言って、鞄を探ってゲームソフトを取り出し、カウンターに置いた。

「まんまファミ○ンですね」

 赤い長方形のロムカセットである。しかも正面に張られたラベルの周りには豆電球が囲んでいる。そのラベルには、

「魔王クエスト……」

 ああ、俺の長年のゲーマーの感覚が告げる。これは駄作だと。それに魔王ってあんたらの世界治めてる人じゃん。このラベルの絵(どことなく鳥○明風)を見る限りだと勇者一行が魔王(榊さんとは似つかない不気味さ)に対峙していてどうみても敵にしか見えないし。

「何コレ?」

 店の奥から現れた三神さんがカウンターに置かれた物を指して聞いてきた。

「ゲームらしい」

「これが?」

 疑う目つきでキューブを見る。さすがにゲームをしない三神さんでもゲーム機には見えないらしい。

「なんでも、バーチャルリアルゲームだとからしい」

 意味が分からないと首を傾げられても俺にはそれ以上の説明のしようがない。

 詳細はマイペースにモンブランを食べてるそこの甘党な客に聞いてくれ。んー、だがしかし、

「やってみれば分かる……ってこれって二人プレイできるのか?」

「四人まで同時参加可能だ」

 眼鏡青年が答えた。

「というわけで、いっしょにどうだろう?」

 腕を組んでどうしようか考えているのか、ゲーム機に視線をやりながら、

「早く終わるならいいけど」

 どうなんだろう。数分では終わることはないと思うが。

「これは体験版だ。そう時間は掛からない」

「そなんだ。じゃ、別にやってみてもいいけど」

 グッ、と俺は心中で拳を握りしめた。しかし、まだそれを天に掲げるのは尚早。これで布石は整った、俺はなつきさんに顔を向ける。

「なつきさんもどうですかいっしょに?」

「わ、私もですかー?」

 なつきさんは明らかに戸惑っている。機械音痴だし不安なのだろう。その反応は折り込み済みだ。

「そう不安にならなくても大丈夫ですよ。ただのゲームですから」

「ですけどー、よく分かりませんし……迷惑掛けてしまうかもしれませんしー」

「そんなこと気にしないでいいですよ。俺も分かりませんし。ゲームは皆で遊んだ方が楽しいですし、やってみません?」

「そうですねー。でしたら、やってみますー」

 遠慮がちな笑みを作り参加表明してくれたなつきさん。俺の心中では穏やかな電子音が流れ“なつきさんが仲間に加わった”とテロップが出現し、握った拳を持ち上げてガッツポーズをした。

 俺のテンションは最高潮で小躍りでもしたくなったが、抑えて平常心を装う。

 恐らくはファンタジーRPGみたいな内容だろうし、バーチャルリアルだ。その世界では迫り来るモンスターからなつきさんを護る騎士になれるのだろう。

 今にも襲いかからんとするモンスターを斬り伏せたりしたら、なつきさんはどう思うだろうか……考えただけで今から楽しみだ。


「じゃ、始めていいか?」

「ああ」

「ええ」

「どうぞー」

 俺たちはゲーム機の前に並び頷く。

 四人参加可能らしいがプレイするのは俺たち三人だけだ。青年はアドバイスなどで手助けしてくれるとのことだ。万が一にも備えるとか言っていたが深くは訊かなかった。後悔する気がして。

 青年が手にしたロムカセットをキューブ状のゲーム機の上に近づけると、溶けるように窪みができ、一旦端子に息を吹きかけてからソフトを差し込んだ。

 あのロムカセットにどれだけのデータが詰まっているのか気になる。バーチャルリアルとはかけ離れたドット絵の世界だったりしないだろうな。

 次に青年は正面の一部分を指で押した。

 ムニュ。

 擬音にしたらこんな感じか。突起もない滑らかな表面が指の圧力で緩やかに凹で、放すとゆっくりと元の形に戻った。

「あ、光った」

 感嘆もなく淡々と見たことを三神さんは言った。

 俺も驚きはしない。ただソフトに付いてある豆電球が青白く光っただけだ。むしろ、驚くべきはコンセントに差してもないのに点いたことだが、俺は『まあ、あってもおかしくないか』と問うことはしない。

 驚くことはそんなことを思っていた瞬間に起きた。

――シュン。

 風を切ったような音が横から聞こえ、顔を向けると三神さんが消えていた。

 凄いな。いつの間に瞬間移動を身に着けたんだという感心は当然なく、バーチャルの世界に飛んだんだろう。


「あらー、消えてしまいま――」

 まるでマジックでも見たような驚き方をしていたなつきさんの姿も消えた。まさしくあっという間だ。

「ところで、あの電球に何の意味が?」

 俺も消える前にちょっとした疑問を訊ねてみた。

「起動しているのを知らせるためだ」

「だとしても数が多すぎると思いますが」

 一個で十分だろうし、というか起動を知らせる意味は? 昔のファミ○ンソフトにもそういうのがあったという話を聞いたことはあるが。

「気付かずにリセットを押すか抜いたら戻れない可能性もあるからな」

 今、さらりと衝撃的な発言がなかったか?

「……あー、俺、やめても――」


――シュン。



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