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ゲーム日和

 日曜の午後。俺は魔界荘の二階に続く鉄製の階段をリズムよく鳴らして駆け上がり、部屋前へと戻ってきた。ノブを握る前に乱れる呼吸を整える。

 気分が高揚しているのは、秋晴れでも、赤信号に引っかからなかったからでも、百円を拾ったからでもない。まあ、それも少しは今の気分の一旦にはなっているが、もっとも俺の気分を盛り上げてくれてるのは、手に持っているレジ袋の中にある。


「ただいま」

 適当に靴を脱ぎ捨てて、言いながら部屋へと入る。

「あ、おかえりー」

「……お邪魔してます」

「うぅ、ここでこうして……」

 三者三様の反応が帰ってきた。

 畳の上でうつ伏せで遊んでいる携帯ゲーム機から顔を上げて、脳天気な表情と声で言ったのは麻衣。居候の幽霊。

 壁際で突っ立ったまま、弱々しい声でペコリと頭を下げたのはルシル。見習い悪魔の少年。

 ちゃぶ台に置かれた紙に向かい、鉛筆片手に唸っているのはベシル。見習い悪魔の少女。

 余計な奴が二人(できたら三人にしたい)いるが、もう慣れた。

 天使さんのストレスの捌け口……いや、天使さんを倒して出世を企てる二人組はまだ諦め悪く、未だ天使さんに挑んでは返り討ちに合うのを繰り返している。

 その討伐作戦の会議の場として俺の部屋を勝手に利用している。なんでも、金に余裕があまりなく、魔界カフェを何度も利用できないから、天使さんの部屋にも近いここにしたと、ベシル談。

 遠慮という言葉が辞書にあるか分からないベシルはともかく、それに下僕がごとく付き従うことしかできないルシルは申し訳なさげに謝ってくれてるが、俺はあんまり迷惑ではない。

 俺は日中は部屋にいないし、その間部屋に一人きりの麻衣のいい話し相手になっているようだしな。

 ルシルに関しては、部屋の掃除やらの家事までこなしてくれ、帰宅すると見違えるように綺麗になっている。片づけという言葉を教えても馬の耳に念仏な麻衣とは偉い違いで、日当をあげたいくらいの働きをしてくれている。

「何か、新作買ってきた?」

 麻衣が目ざとく袋を見つけ聞いてきた。

「ああ」

 俺は袋の中に手を突っ込み、ゲームソフトを掴み勢いよく引き抜くと、黄門様の印籠よろしく突きだした。

「『モモ次郎散歩17』だ! とくと見よ!」

 ドーンと効果音を付けたいくらいの俺の高らかなる叫び。こんなんで気分が高鳴るのは子供っぽいが、新作を購入したこのワクワク感はいつになっても止められない。

「…………なんだソレか」

 ん? 何故麻衣は俺のテンションとは対照的な冷めた瞳をしているんだろう。

 ベシルはウルサいと言わんばかりに睨みつけてくるし、ルシルと視線が合うとアワアワと視線を右往左往。

「えと……何故か温度差があるようなんだが……なあ、モモ次郎散歩だぞ? 略してモモ散だぞ? 人気シリーズの17作目だぞ?」

 と、麻衣にパッケージを見せながら詰め寄る。麻衣は残念そうにため息を吐き、

「私、そのジャンル興味ないし」

 何様だコラ。という怒りたくなった。

 誰の金でゲームができてるんだと。それより、以前はどんなジャンルでも目を爛々と輝かせてたじゃないか。目が肥えてきたのか……だがな、

「まあ、一度でいいからやってみないか? 意外と楽しいかもしれないだろ。ジャンルの選り好みは良くないと思うぞ」

「これやり終わったらね」

 素っ気なく言い放って麻衣はゲームに戻る。

 何様だコラ。という怒りが湧き拳を握り絞めたが、ここは自制心を働かせ抑えつけた。

「ベシルはどうだ? やってみないか」

 次にベシルに狙いを定める。

「何コレ? 対戦?」

 モモ次郎がニッカリと笑うパッケージをまじまじと見てベシルは訊く。ここに来てゲームもやったりしているから知識は付いてきたようだ。

「対戦といやあ対戦だな。いかにトップに立てるかっていう。そういうの好きだろ」

 悪魔界で上へと登り詰めようと日夜、天使さんをやっつけようと考えてるしな。これはノって来てくれるだろ。

「てか、これって前に何作もあるんでしょ? アンタはやったことあんの?」

「ああ。近いのだと12だな。アレは傑作でかなりやり込んだ」

「じゃ、パス」

 あっさりとベシルは誘いを断った。

「何でだよ?」

「だってアタシやったことないし。そしてアンタはやってたんでしょ。ならそっちが有利だし。アタシ負けんの嫌いなのよね」

 負けるからやらない。実に合理的な考えだな。それなのに何故、天使さんに挑むのだろうか。地球人がスーパーサ○ヤ人に挑むくらいに無謀だと思うが。

「いや、だからといって経験者が勝てるとはいえないのがこのゲームの面白いところだし、それに俺は対人戦は初めてだから、そこまで力の差はないと思うぞ」

 ベシルはうつむき加減で悩むような仕草をしてから、

「やっぱ、パス。どうせ陰湿なやり方で勝とうとするに決まってる。前に観た雑誌に書いてあったわ。オタクは空気を読まずに勝ちだけに拘る輩だって」

 いったい何の雑誌の知識だ。

「つか、俺はオタクに見られてるのか?」

「当然でしょ。四六時中妄想に明け暮れている顔してるし、何よりキモいし」

 ……あれ、俺の目から何かしょっぱいものが。否定したいが、多少なりとも自覚している所もあるし押し黙るしかない。

「じゃ、ルシルはどうだ?」

 と、残ったルシルを誘うことにする。四人でプレイ可能なゲームだし、できたら四人でしてみたかったが、仕方ない。二人で我慢しよう。

「……あ、僕も……その……」

「ん?」

 ルシルは俯きがちに言いよどみ、指をもじもじとしている。

「……あまり興味は……」

 囁くような声量でルシルは言った。

 誘いを断らないだろうと最後に残しておいたが、意外と意思は示すタイプだったんだな。少し強く言えばコロリと変わりそうではあるが、

「あー、わかった。悪かったな」

 苦笑して俺は謝った。残念な気持ちもあるが無理強いはしないさ。

 そして、テレビ前に置かれたゲーム機にソフトをセットしスイッチを入れた。

「一人でやるの?」

 麻衣が言った。

「そうだが」

「こういうのって一人だと虚しくなったりするんじゃないの?」

 そりゃまあ、これのコマーシャルでも多人数で賑やかに楽しんでる様子が流れてはいた。

「そういう人もいるだろうが、俺はそうではなかったな。12の頃は他にしてくれる相手もいなかったし。

 だから一人でやり込んでたが、意外に一人でも楽しめるもんだぞ。

 何度も九十九年を繰り返したしな。まあ、対戦相手は最低一人は必要だし、必然的にAIキャラを選ぶんだが、そのキャラが個性的でな、進めていくうちに思い入れが湧いてきて、邪魔されたりすると『そりゃないよ』とか笑いながら言ったりしてたな。

 AI相手も飽きた頃には四人分を一人で操作したりもしたな。想像力で他三人のキャラ設定を作ったりして中々楽しめた。

 まあ、まずはAIとガチ対戦するか。ロース(AIキャラ名)め、今回は負けないぜ」

 と、俺が懐かしい思い出を振り返っている間にテレビはタイトル画面になっていた。スタートボタンを押し、モード選択画面になる。

「ユウくん……ごめん。やったげるから」

 ゲーム機にコントローラーを差し込みながら麻衣は言った。一体何を謝っているんだろう。何故、涙目になっているのだろう。

「仕方ないわね。やればいいんでしょ」

 面倒くさそうにため息を吐きつつ、ベシルが麻衣の隣に座る。何故、俺に哀れむような眼を向けているのだろう。

「……僕もします」

 ルシルが俺の隣座る。何故、悲しげな表情をしているのだろう。

「じゃあ、四人でするか。コントローラーは二つしかないから、割り当ては俺(1P)とルシル(3P)、ベシル(2P)と麻衣(4P)でいいな」

 かくして賑やかな四人対戦が始まった。



 モモ次郎散歩とは、モモ肉に目と口と手と足が付けられたキャラクター『モモ次郎』が主役のボードゲームである。

 このモモ次郎というキャラ、割とリアルなモモ肉を擬人化した感じのどこが可愛いのか俺の感性じゃ理解できない見た目なのだが、人気があるらしく、他にも幾つかシリーズ作品になったりしている名キャラクターになっている。

 モモ次郎散歩シリーズ。通称『モモ散』とは、モモ次郎や他にも幾つかのキャラが各地を巡り、名物などを買ったりしてポイントの合計を競うゲーム内容になっている。

 その単純明快なゲーム性に加え、運の要素が多分に絡んだりする様々なシステムがあり、老若男女、ゲーム初心者から上級者まで分け隔てなく楽しめる国民的ボードゲームの一つである。


 かくして始まった四人での対戦は、序盤は俺がルールを細かく説明しながらプレイし、和やかなムードが流れた。

 三人とも飲み込み早く、ゲーム内の季節が三回りする頃には慣れたようで、サポートアイテムを上手く使い目的地に入ったりしたが、過去の作品で培った知識で勝る俺が一歩リードする展開で中盤を迎える。

「お」

 ルシルがアイテムマスで手に入れたものを見て、

「いいアイテム出たな。それ使えば結構なダメージ与えれるぞ。誰か一人だけだが」

 俺は簡潔に説明した。だが、今すぐには使わないと状況から見て取れた。ルシルのキャラは目的地に近く、サイコロで四以上出れば着ける状態だからだ。ここでアイテム使うとサイコロが触れずにその場に留まることになる。

「よくやったわ! ルシル、早く使いなさい!」

 隣で喜々とした声でベシルの命令が飛ぶ。

「……え? でも……」

 迷うルシル。別に協力プレイでもないから自分の利益を優先しても構わないのだが、もし命令に背いた場合リアルでベシルに何をされるか分からないからだろう、カーソルが『サイコロ』と『アイテム』を何度も行き来している。

 ここは一押ししてやろう。アイテムで狙われるのは俺だろうし。

「振った方がいいんじゃないか? 目的地には二分の一の数で入れるし、出なくてもプラスマスだ。リスクはない」

 カーソルが『サイコロ』で数秒止まる。早く押せ。

「ポイントマイナスのアンタがポイント得たところで意味ないんだから。ここはトップを潰しとくべきでしょ。というか、何を迷う必要があるわけ?」

 ベシルがルシルを睨みつけて脅しを掛ける。だが、的確な指示でもある。今のルシルのポイントなら、目的地を目指すのは一度、アイテムでプラマイゼロにしてからのほうがいいだろう。急ぐ必要はない。

 カーソルが『アイテム』で止まる。

 このままだと俺のトップが危うくなるし、麻衣にもルシルの説得を頼もうと視線を向けると――携帯ゲーム機で遊んでいた。

「おぃ……何をやってんだお前は」

「だって、待ち時間暇なんだもん」

「画面見とかないと、他プレイヤーの情報が分からなくなるだろ。致命的だぞそれは」

「ちゃんとそっちも見てるから大丈夫だよ」

「本当か?」

 怪訝に思いながら俺は言った。携帯ゲーム機の方はRPGとはいえ、目を離せる時間も多いとは思えんし。

「本当だってば。ユウくんのポイントは――」

 と、麻衣は各プレイヤーのポイントを一桁も間違えずに言った。

「お前……無駄に凄いスキルを……」

 その記憶力を他に活かせばいいのに。

 他というと何があるのかと考えていると、デロデロデーンと不吉なメロディが鳴った。

「あ!」

 俺は驚愕した。なんということだろう。俺のキャラのポイントが見るも無惨な有様になっているじゃないか。非道い。

「よくやったわ。ルシル」

 指をパチリと鳴らしてベシルはしてやったりと笑みを浮かべている。

 ルシルを見ると「すみません」と言うように申し訳ないという視線を俺にくれる。

「やられた……」

 俺は悔しさに顔を歪めた。だが、このピンチ、燃えてきた。絶対に返り咲いてやるぜ。





 あれからベシルは妨害アイテムに味を占めたのか、ルシルにアイテムを集めるよう命令し、否応なしに従わさられたルシルとの協力体制になった。

 高圧的なベシルの指示に逆らえず俺だけを執拗に狙うルシルに、妨害で足止めをくらう間に目的地を狙うベシル。その絶妙なコンビネーションで俺のポイントは見る見るうちに減っていった。

 俺は逆転を目指し、ルシルに反旗を翻すよう言葉巧みに説得するも、ベシルには逆らえず、謝りながらも俺の妨害を続け、結局俺の逆転は適わなかった。

 順位はアイテムを集めるだけで稼げなかったルシルが四位。

 俺は三位。

 ベシルは二位……で、一位は、

「なんでお前なんだよ!?」

「さあ。普通にやってただけだよ?」

 けろりと麻衣は言う。

 確かに麻衣は妨害の対象になっていなかったし、地道に稼いでいたからな。というよりもっと喜べ。携帯ゲームをするな。

「もう! 何で一位じゃないわけ!?」

 ベシルは怒鳴り散らし、コントローラーを叩きつけた。

「おい、投げるなら床じゃなくクッションにしてくれ」

 怒りでコントローラーに当たりたくなるのは分かる。投げやすいからな。だが冷静になって、壊れてた時の自責の念は並のものではないぞ。

「こんな時間掛かって二位とか、ホント時間の無駄だったわ。そもそも、戦いにもならないしつまらないったらないわね」

 ベシルはグチグチとこぼす。

「順位とかは気にしなくていいだろ。そりゃ一位を目指すゲームではあるが、そこまでのいろんなイベントやハプニングを楽しむもんだと思うぞ」

「アタシは一位にならないと楽しくないわ。アンタ一人でやってればいいじゃない。……悪いけど」

「私も、大して楽しくなかったしもういいや」

 ベシルは言い放って横になり、麻衣もテレビに背を向けて携帯ゲームをする。

 二人とも冷たいなおい。いや、最初は乗り気じゃなかったんだし、一度参加してくれただけでよしとするか。俺は結構楽しめたからな。

「ルシルはどうだったんだ?」

 俺は寂しげに笑ってルシルに聞いた。ほとんどアイテムマスを回っていただけ、何が楽しいんだと芳しい答えはこないと思ったんだが、

「……面白かったですよ」

「本当か?」

 ルシルの性格からして気を使ってるのだろう。

「本当です。僕自体はあんまり自由ではありませんでしたが、観てるだけでも楽しかったです。……キャラも可愛くて……」

 照れくさそうに頬を染めてルシルは顔を伏せる。男だから可愛いものを公然と良いとか言いにくいのだろうか。

 別にいいと思うし、ルシルの場合なんの違和感もない。というよりルシル自身が可愛いに属す外見だし。

「わかっているじゃないか。モモ散の魅力はキャラの可愛さと、シュールなイベントにあり、だ」

 思わず俺は語り、手を差しだしルシルに握手を求めた。ルシルは唐突のことに戸惑いながらも握り返してくれた。

 モモ散によって一つの友情が芽生えた瞬間だった。

「なにやってんのアンタたち……」

 ベシルの呆れた声が聞こえたが気にはならない。

「よし、次はCPUも交えてプレイするとしようか」

「はい」

 ルシルは頷きコントローラーを手に取った。


 ルシルとのモモ散は実にほのぼのとした雰囲気で楽しめた。



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