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天使と見習い悪魔(1)

 俺がバイトをしている魔界カフェには様々な種族の客がよく訪れる。

 ああ間違ってない。人種でも職種でもなく種族だ。エルフやら妖精やらウサミミが頭にひっついた男やらを他にどう表せばいい? ひっくるめて魔界人でもいいかもしれないが。

 ちなみに妖精といっても手の平にちょこんと乗るような愛くるしい大きさではなく、人間大だった。けれども童顔な可愛らしい少女で、アイドルに対してファンがなんとかの妖精とか呼ぶようなそんな感じにも思えた。

 透き通るような薄手のヒラヒラした服の背中から生える、トンボの羽根に銀の粒子をまぶしたような綺麗な小さな羽根を見なければ、俺も本人が本物の妖精だと言い張ってもアイドル(電波系)なのだと疑ってただろうね。

 ウサミミ男はノーコメント。まあ、その種族は女ならまさしく付け耳ではない本物のバニーガールなのだろうが……生物の繁栄には雌雄が基本不可欠であり、もし女性しかいない夢のような種族だったらそれは夢であり今日まで存在してはないだろう。雌雄があってこその世界なのはどこも変わらないらしい。

 だが、心のどこかでは落胆した気持ちがあったのを今でも覚えている。

 そういう一見しただけで普通ならば人間なのかと首を傾げたくなる連中に対し、おそらくは魔界が実在していることを知らない純日本人である三神さんはどういう反応をしているかというと、

『ここって変な人多いよね』

 と、実にアッサリしたことを言っていただけで特に深くは気にしてないようであった。

 店長が店長でもあるし、多少の容姿のおかしな部分には耐性ができてるかもしれないな。

 というより、『客』じゃなく『人』としたのは俺も変人にカテゴライズされてるのかと不安になるのは、考えすぎだろう。


 そんな前フリを置いて、平日の昼間の店内には現在一組の客しかいない。なので流れる穏やかな癒し系BGMよりも会話の方が嫌でも耳に入ってくる。

「天使をブチノメして、ふんじばって、連れてくことでしょ!?」

「ベシル……少し物騒じゃない…かな? それに、僕は……そういうのはあんまり……」

 語気を荒くして怒鳴るように言うベシルとやらに対し、気の弱そうな少年の方は耳を澄ませなければ聞こえない声量で精一杯の意見を述べている。狭い店内だから聞こえてはいるが。

 いかにも気の強そうな顔立ちをしてるのは年齢十代後半くらいの少女で、テーブルを挟んだその正面でヘビと対峙したカエルのように猫背気味にオドオドとしているのは、少女より一、二歳は若いであろう少年だ。

 二人とも格好こそ年相応なこっちの世界に合う私服だが、双方とも銀髪に紅い目をしており肌も不気味なくらいに白さが際だっている。

 染色したとは到底思えない銀だし、カラーコンタクトの線もないと思わせる見事な真紅。魔界人だろうね九分九厘。

……魔界の存在を認識してから俺の常識はどうにも浸食されつつあるね。一度医者に看てもらおうかな。

『隣人は死神で下の階には魔王と天使が住んでます。あと部屋には幽霊がいまして――』

 ……うん。頭のおかしな人だ。

 ちなみに先ほどの二人の会話を少し戻すと『アタシたちの目的はなに?』と少女が確認するように聞いて、少年がしどろもどろに言いにくそうにしてるのを見て――という流れだ。力関係が垣間見えるやり取りだ。

「なにルシル? アンタ、今更やっぱやめますとでも言う気なわけ? ここまできといて」

「僕は……無理矢理連れてこら……」

 ルシルと呼ばれた少年の言葉を遮るようにテーブルを少女が強く叩く。その音にルシルは臆病な小動物のように体が硬直させる。

「そんな六月みたいなウジウジした考え方しかできないから、アンタはいつまでも見習い悪魔のままなのよ!」

 ルシルの顔を指さしながらベシルは言う。悪魔だったのか。悪いの?

「悪事は特に働きませんがー、悪魔は魔王さんの支配下から離れて、魔界の中で独自の世界を構築している種族ですー」

 と、なつきさんが説明してくれた。榊さんが魔界全土を収めているわけじゃなかったのか。あちらにも色々とあるんだな。

「……でも、わざわざこんなことをしなくても、地道に頑張れば……立派な悪魔に……」

 ルシルは床に呟くように俯き加減で言うが、

「今はそんな時代じゃないのは分かってるでしょ! 実力主義なのよ全ては実力で決まるの。誰もが愕然とする結果を見せないと悪魔のトップクラスどころか、一生見習いのまま! 相撲だったらずっと幕下みたいなもの。アンタはそれでいいわけ?」

 何故、国技で例えたんだろうか。悪魔の流行りなのか。というか昨今を見てると国技と呼んでいいのかは疑問だが。

「僕は別にこのままでも……」

 ベシルはため息を吐き、冷めた瞳を向け、

「バカルシル。アンタには出世欲がないの?」

「…………」

 僅かにだがルシルは頷いたように見えた。元々俯き加減だったからわかりにくいが。

「ま、いいわ。今日は根暗なアンタにも手柄を分けてあげようと思って連れてきたわけだし。幼なじみとして特別よ。……特別」

 最後に付け加えるように小声で特別といいながら顔を背けるベシルの仕草に、俺の萌えセンサーが反応を示した。

 これはツンデレだ。気弱な幼なじみに素直になれずついキツい言葉を浴びせてしまう。さらには弟を心配する姉的な要素も入ってるなコレは。

 ツンデレ幼なじみ。オーソドックスではあるがそれ故にポイントは安定している。いいね。グッジョブ。

 ちなみに俺の萌え得点でトップに君臨して未だ落ちないのは無論なつきさんに決まっている。萌えの宝物庫で未だに俺は萌えまくっている。そこに慣れなんて言葉はない。いつか、なつきさんの萌え要素を書物にして後生に伝えようと考えている。

「? 勇気さん? どうしました?」

 くっ……キョトンとしながらウグイスのように小首を傾げる仕草を完璧にかつ自然にやってのけるとは。頭の二対の猫耳のピクリとした動きもパーフェクト。

 なつきさんには幼なじみツンデレなぞ足下にも及ばない。殿堂入りも視野に入れとく必要があるな。他が可哀想だ。

「……でも、やっぱり天使を捕らえるのはマズいんじゃ……それに見習い程度の僕らじゃ力不足だと思うし」

「それはあくまでも階級の話。実力はアンタはともかくアタシは中級悪魔くらいはあるわよ……多分。それにアタシたちが狙う天使ってのはね、来る前に言ったけど」

 あくまでも――というのが悪魔に掛かってるのかという疑問はさておき、ベシルは黒い羽根の絵が散りばめられた柄のポシェットから一枚の写真を取りだした。

「コイツ、天使だけどこっちで暮らしてることは言ったわよね」

 ルシルはコクンと頷く。

「天界の方から役目放っぽりだしてこっちに来たことも覚えてる?」

「うん。両親が天界じゃ高貴な家系……だったよね」

 天使と聞いて、思い当たるツンとした顔が浮かんでいたがボヤケてきた。高貴なイメージとはほど遠い中身だし。というか天界とは何ですか? なつきさん。

「天使も悪魔と同じように、魔界の中で独立した世界を築いているんですー。空の上にあるので天界と呼ばれてるんですよー。結界が張ってあって天使しか行き来できない世界なんですよ」

 なるほど。魔界には天使の暮らす天界と悪魔の暮らす悪魔界(仮)があるということか。

 ベシルは写真をテーブルに置き、

「そ。で、コイツねどうやら家出してて天界の方じゃ困ってるみたい。何度か連れ戻しに来たみたいだけど返り討ちにしてるんだってさ」

「……うん」

「だから、ひっ捕らえるわけ」

「……けど、難しいんじゃ……」

「返り討ちしてるってことは結構な強さってことだけど、考えても見なさい。つまりはコイツを捕らえればアタシの強さの証明になるわけ。実力を示せば昇進間違いなしってわけよ!」

 輝かしい笑顔でベシルはルシルにグッと立てた親指を突きつける。二人のテンションに差が開きすぎてるんだが。

「それに天使をブッ倒せるいい機会だし」

 そう言ってクリームソーダを手に取りストローを使わずにベシルは豪快に飲み干し、

「おかわり!」

 と、空のグラスを呼び鈴のように揺らしながらこっちを向いて要求してきた。ちなみにベシルは既にランチを食べ終わり、ルシルの方はパスタをゆっくりと口に運んでいて、まだ残っている。

「どうぞ」

 自画自賛したくなるくらい手慣れた優雅な動作でクリームソーダを置き、ついでにテーブルの写真を見る。

 俺の頭に浮かんでいた通りの人物がそこに写っていた。まるで免許証の写真のような仏頂面。だが、それでも一瞬で男のハートを貫いてしまうであろう美貌がありありと伝わってくる。

 俺は何食わぬ動きでテーブルから離れ、イメージする。うーん、高貴と言われたらそうなのかもしれない。俺の高貴イメージは語尾に“〜〜ですわ”なキャラを真っ先に想像するが、いつも他者を見下すような冷めた瞳をして近寄りがたい雰囲気を醸しだしてるのも高貴かもしれないか。

 しかし、私生活のだらしなさを垣間見たことがあるし高貴と言われるとやはり首を傾げたくならざるをえない。ボロアパートに住んでるしな。

 家出してるとか言ってたが、それはあり得るかもしれない。高貴な家の厳しいしきたりが嫌になって――なら納得できる。誰かに縛られたりとか嫌いそうだし。俺の見る天使さんは自由奔放なイメージだ。

「じゃ、さっさと行って待ち伏せするわよ」

 ベシルはソーダを一気に流し込み、空のグラスを置くと、立ち上がりながらルシルに言った。

「え、まだ残ってるし……それに待ち伏せって?」

「言葉通りの意味に決まってるでしょ。予め隠れて帰りを待って、油断してるスキを突くわけ」

「……それって卑怯じゃ……」

「は? 別に正々堂々の果たし合いってわけじゃないのよ? どんな方法だろうと勝てばいいの。勝てば。じゃ、いくわよ」

 と、ベシルは強引にルシルの腕を引っ張って店を後にしようとする。

「いや、ちょっと待て」

 俺は静止の声を掛けた。

「なに?」

 ベシルは入り口近くで足を止めて振り向き、俺に睨むような視線をくれる。首をホールドされてるルシルが助けを求めるような瞳で見ているが無視。

「このまま出て行くつもりじゃないだ…ですよね?」

 危うく敬語を忘れる所だった。お客様には丁寧な言葉遣いを――だ。守らなかったらなつきさんに優しく注意されるからな。それも悪くないが。

「それがなに?」

 あれだけ注目させるように大声で話していて、このまま出て行かせるほど俺の目は曇っちゃいない。

 だが、まだ店から出てないなら客だ。雪乃さんには全く及ばないが、俺はできるかぎりのやんわりとした微笑を作り言った。

「お会計がまだですよ」


「忘れていたわ」

 ベシルはあっけらかんと言って、ルシルを背を小突いてこちらに差し出す。

 なんだ? 金がないからそいつをこき使ってくれとかか。悪いが人手は足りているし、それに、ルシルの容姿からしていわゆるジャ○ーズ好きな方々から人気が出そうだし、俺の影が薄くなる。よって不要だ。

「……あの、おいくらですか?」

 なるほど。こいつが払うのか。

 将来的に尻に敷かれる映像しか見えない。

 俺は淡々と飲食代を告げた。




 茜空を背景に赤トンボが横切った。

 そんな風情ある情景を見上げながらの帰り道。俺はいつものように今日の夕食を予想する。

 秋だからサンマとかかな。鮭は三日前にあったしな。 脂の乗った焼きサンマに大根おろしをのせて醤油を垂らす……想像しただけで涎が出てきた。地面に垂れた。

 だがまあ、雪乃さんの作る料理に外れはないどころか全て大当たりだから何が出てきても涎ダラダラだ。

 そんな雪乃さんが隣人という俺は何という幸せ者だろうか。望んでも易々と手に入らない環境を俺は手にしてしまっている。

 この幸せを誰かに分けてあげたいが、生憎俺は引っ越す予定はない。もし、そうなることがあるならば、それは雪乃さんが引っ越す時かもしれない。無論、俺も隣に引っ越す。ストーカー? いや、許可は得るつもりだ。問題はない。

 もしくは雪乃さんの部屋に引っ越す可能性も待っていなくはないか。今も半ば同棲ともいえなくもないような気がしないでもないし。寝る場所もいっしょになってもいい頃合いじゃなかろうか……

「……ないな」

 今の所の関係性はいっしょに食事をする隣人でしかないし、進展は期待できないさ。いや、隣人というより家族に近いとは思うのだが、雪乃さんからしたら手の掛かる子供と思われてそうだ。見た目はともかく実年齢はそれなりのようだしな。

 以前、テレビ昔のアイドルの曲が流れて懐かしいと言っていたのを聞いて、年齢を訊ねたところ、ニッコリと微笑んだだけで冷めた殺気のようなものを発したから分からなかったが。

 ま、年齢なんて関係ないね。

 そんな妄想をしてるうちに魔界荘はもうすぐになっていた。

 さて、答え合わせだ。漂ってくる匂いから夕食が何か分かるという便利能力が俺にはある。基本的に他の住人は基本的に外食で済ましている人が多く、匂いの発信源は大抵雪乃さんの部屋からだ。

 俺は鼻をヒクつかせる。

 ……焦げ臭い。いやまて、雪乃さんに限ってそんなミスをやらかしはしない。……まさか。

 俺は不安を胸に魔界荘へと駆け寄ると、庭に人の形をした黒こげたものが二体地面に横たわっていた。すすだらけのように黒くなった顔はバイト先に来ていた悪魔に似ている。

 焦げた匂いの元はこれかと俺は一安心し、

「今日はカレーか」

 スパイスの香ばしい匂いに鼻孔をくすぐられながら、俺は気持ちを弾ませ、自室へと帰った。




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