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死神のお仕事(4)

 その日は絶好の山登り日和と言える快晴であった。

 天気予報じゃ降水確率は三十パーセントで、曇りマークだったが、この青空を見る限りだと、雨より鳥のフンのほうが降ってくる確率が高そうだし、曇りマークじゃなく、晴れマークしか必要ないくらい太陽だけが空に煌々と輝いている。

 これも死神の力かとも考えたが、さすがに天候まで自由に操れるほどの完璧超人じゃないだろうし、単に天気予報がものの見事に外れただけだろう。




 イケメンな死神ゼロが去った後、大至急俺は寡黙な死神、魅栗沙羅から頼まれた、神平山への行き方を調べた。

 調べた。といっても検索サイトに【神平山】と打って、それで解った場所への経路を時刻表と睨めっこして調べた程度だが。

 所要時間は一時間も掛からなかった。

 荒木さんの部屋に、パソコンも時刻表あったしな。

 で、明朝、魅栗さんに結果を伝えると明日行くことに決まった。一週間は命の火が持つみたいだとはいえ、早い方がいいということだろう。突風が吹いて火が消えてしまう可能性がないとも限らない。




 聖沢さんと会ってから二日後の朝。

 つまりは聖沢さんが死ぬ予定の日から三日過ぎた日。

 俺は待ち合わせした駅前に向かっている。

 時刻はまだ十分に余裕がある。人を待たせるような時間にルーズな人間じゃないさ。五分前行動を常に心がけてる。

 今日はとくに、人生日誌に見開き二ページに渡り書き込まれるであろう、記念すべき日だ。何たって美女と美少女と共に紅葉見物だからな。この一大イベントを無碍にするわけがない。もしもしたなら、もったない大魔神でも出てきてしまうだろう。

 念には念を入れて早起きをして、三十分前には着きそうなペースだ。

『すいません待たせてしまって』

『…………』

『いや、俺も今来たとこさ』

 という理想の待ち合わせ会話を実行することができる。


――そう思ってたんだが。


 こちらに気付いたか、控えめに手を振る華奢な人と、傍らに棒立ちする黒い人は、視力にさほど自信がない俺でも誰だか分かる。

 聖沢さんと、魅栗さんである。

「すみません。待たせてしまって」

 と、駅舎前で待っていた二人に駆け寄ってまずは謝る。

「いえ、私達も今来たところですし、まだ待ち合わせ時間より前ですよ」

 病室で会ったときと変わらぬ柔らかな微笑みを浮かべ聖沢さんは言った。

「身体、大丈夫なのか?」

 しっかりと立ってるし、血色も心なしか良くなってる。魅栗さんの力を疑う訳じゃないが、一昨日の今日だし気にはなる。

「はい。全然だいじょぶです! 死神さんのおかげです。ほら、この通り――」

 クルリと聖沢さんはバレリーナみたくその場で回転して見せ……、

「キャ……」

 ふらりとバランスを崩し、倒れそうになった華奢な身体を、魅栗さんが背中に手を差しだして支える。

「すみません。あ、ありがとうございます」

 恥ずかしげに魅栗さんの顔を見上げ聖沢さんは礼を述べた。頬を朱に染めながら。

 ……俺、邪魔じゃないかね?

「まあ、とにかく無理はしないようにな」

「はい。あ、」

 と、聖沢さんは小走りで立ち位置を変え、俺と魅栗さんの目の前から二、三歩距離を取り、こちらに向き直る。

「えっと、その、私のために……って言うとなんか偉そうですけど……あの紅葉の場所を調べてくれて、そしてつれてってまで頂けて……今日はよろしくお願いします」

 深々と頭を下げる聖沢さん。なんていい娘やねん。

「気にしないで」

 いつも通り淡々と言う魅栗さん。俺も頷き、

「ああ。俺も小旅行は好きだしな」

――この二人と行けるとなると俺のほうが頭を下げたいくらいだ。むしろ、そんな特権がないと小旅行なんて行く気にはならないね。俺は根っからのインドア派だし。休日はゲームでもしているに限り。

 と、本音が口からでかかったがゴクリと飲み込んだ。

 顔を上げた聖沢さんは、

「ありがとうございます」

 潤ませた瞳で綺麗に笑ってみせた。




 心地よい揺れと、リズムを奏でながら進む電車。

 人も疎らな電車内で聖沢さんは、実に嬉しそうに語った。

 今朝方、魅栗さんが病室に来て鎌を一振りすると異変は起こった。

 パァーと光って、フワーンって体が軽くなって、ドドーンってなって、そしたら体が十七歳の健康な少女になっていたと。(聖沢優談)

……ドドーンって爆発でもしたのか? 或いは太鼓とか。

 それから、着替えさせられると、突然魅栗さんにお姫様抱っこをされ、窓から飛び降りて病院を抜け出したと。(ちなみに病室は三階)

 その経験を聖沢さんは、まるでヒーローのようでしたと魅栗さんのことを、白馬の王子様に出会ったように、頬をリンゴ色に染めながら言っていた。

 どうせなら、俺がその役をやりたかったが……いや、やめとこう。三階の窓から飛び降りは無理だ。

 で、お姫様と白馬の王子様ならぬ黒衣の死神は、二人仲良く駅へと向かいながら、聖沢さんは思い出の景色を見に行く旨を聞いたそうだ。

 そんな話を喜々として聖沢さんが語り終えたタイミングで駅へと停車し、乗り換えて更に目的地へと向かう。


 車窓から見える景色からは徐々に人工物の割合が減っていき、秋色に染まった芝生と、遠くに見える赤や黄色に色づいた山々が、見事な田舎風景を創っている。

 そんな景色の中を真っ直ぐに、時には緩やかに曲がりながら、ガタゴトと振動を尻に響かせながら、急ぐことを知らない鈍行列車は走る。

 ボックス席で対面に座る聖沢さんはその景色を、もの珍しそうに息で窓が曇るくらいに顔を近づけて眺めている。

 病室から見えるのは、敷地内に造られた手入れが行き届いた僅かな緑と、遠くには町並みが見えるくらいだろうしな。

 聖沢さんの隣に座る魅栗さんも、何を思って見てるかは読みとれはしないが、首だけを窓側に向けている。

 俺はその二人を眺めている。景色をみるよりは有意義だ。

「あ、日野さん」

 そう言って聖沢さんはこちらを向き直り、

「これから行く山ですけど、どんな場所なんですか?」

「覚えてないのか?」

 聖沢さんの表情が僅かに陰る。

「……はい。ほとんどよく覚えてないんです。昔の事ですし…。写真の場所のことは今でも鮮明に思い出せるんですけど……」

 仕方ない話だな。あの写真に写っていた幼い聖沢さんは、見たところ五、六歳といった可愛い妖精みたいな姿だったし。その光景にたどり着くまでの記憶が薄れているのも無理はない。

「私、あの……高い山だったりしたら、ちゃんと行けるかどうか……」

 聖沢さんは実に不安げな瞳を俺に向ける。

「それなら大丈夫だ」

 と、俺は安心させるよう強く言った。

 神平山は、その町にある小学校低学年での遠足コースになるくらいの、手頃な山である。と、一昨日調べて分かった。

 今の時期になると紅葉見物の穴場らしく、観光客もちらほら訪れたりするスポットとのことだ。

「そうなんですか。あ、……けど、ちゃんと用意したほうがよかったんじゃないですか?」

「そんな不安にならなくていいって。散歩みたいなものだと思ってくれればいいさ」

 ちなみに聖沢さんの服装は、良家のお嬢様が、紅葉を眺めにいくような(実際眺めにいくようなものだが)秋ファッションといった装いだ。ついでに伝えておくと魅栗さんはいつもの黒のワンピースである。

「はい。安心しました、ありがとうございます」

 聖沢さんは柔らかな笑みを浮かべ、胸をなで下ろして景色を見る。その横顔からは死を告げられた怖さというものを窺い知ることはできない。

 まあ、言った通り散歩みたいなものだろうし、万が一の可能性も万能そうな死神が無くしてくれるだろう。

 そうなると益々、俺は付いてきてよかったのかと疑問に思うが、確か魅栗さんに是非ともいっしょに来てほしいと懇願されたような記憶もあるし、いいのだろう。

 だが、もし聖沢さんが疲れた様子を見せたなら俺がおぶって運ぶ役割を申し出ることにしよう。無理はさせられないからな。あとで、疲れたら我慢するなということを伝えておくか。




 乗り換えてから一時間ほどで、駅に着いて神平山を目指して、歩き出す。

「この辺り……見たことあるような気がします」

 周りの風景を見渡しながら聖沢さんは言う。俺も周囲を見渡す。

 周りは既に稲が刈り取られ、役目を終えたかかしが寂しげに立つ田んぼしかない。その間に一本の道路が真っ直ぐに伸びている。

 駅前の方は、見渡せばまばらながらも人の姿を確認できたが、少し山の方へと向かうと、人の姿は格段に減った。

 遮蔽物がなく遠くまで見渡せるが、人らしき影が全く確認できない。空から見渡したら俺ら三人が歩く姿がすぐに発見できるだろう。

 あくまでも徒歩の人が見えないというだけ、先ほど何台か俺たちの横を、スピード違反気味であろう車が通り過ぎていってはいる。ほとんどが赤く色づく山の方へと向かっているし、俺たちと同じく紅葉を見に来たのだろう。

「聖沢さんは、この辺に住んでいたのか?」

「いえ。この辺りには、」

 と、聖沢さんは思い出すように一度視線を上に向けてから、

「確か、ドライブで来たんです。お父さんが田舎風景が好きで、休みの日にはよく連れてかれました」

 聖沢さんは前を向き、思い出と今見てる風景を重ね合わせてるのだろうか、顔を綻ばせている。そして続ける。

「あの頃は、はっきりいって嫌だと感じてました。

 何もない田舎道をただ走って、お土産店とか見たりしてるだけでしたし、私にはつまらないだけでした。どこに行ったかは覚えてませんけど、つまらなかったことだけは凄く心に残ってます」

 苦笑して、さらに聖沢さんは続ける。

「けど、唯一楽しかった思い出が、あの写真の場所なんです。凄く綺麗な場所で幻想的で……とにかく楽しかったのをよく覚えています」

 思い出語りを終えた聖沢さんは、ふと我に返ってまた苦笑いを浮かべる。

「あ……、すみません。興味ありませんよね」

 心底申し訳なさそうな表情になる聖沢さんに、俺は即座に首を振り、

「いや、全然構わないが。そもそも最初に話振ったの俺だし。魅栗さんも気にしてませんよね?」

 駅から一言も声を聞いていない死神はコクンと頷く。

「ええ」

「……ありがとうございます」

 聖沢さん、涙声になってないか。目を潤ませているかは、前を向いたから分からないが。

「そんな綺麗な場所なら何度か来たりしてたりしたのか?」

 俺はこの何気ない言葉を発したことを後悔した。

「いえ、その時だけです。この数ヶ月後、父が亡くなりましたから」

 時間が止まった気がした。

 一秒あったかくらいの沈黙だったが長く感じた。そして、俺の口からはありきたりな言葉しかでなかった。

「……悪い」

「あ、気にしないでください。こういう時謝られるのが一番困るんですよっ」

 聖沢さんは明るく言いこちらを向いて、にっこりと笑って見せる。

 俺は危うく二度目の『悪い』が出掛かったが、

「そっか。じゃ、今回が二度目なんだな」

「はい。十……二年ぶりになりますね。凄く楽しみです。あ、それと日野さん、私のことは呼び捨てにして構いませんよ」

「じゃ、優、でいいか?」

 ちょっと馴れ馴れしいかと思いつつ冒険してみた。

「じゃあ私は勇気さんって呼びますね」

 クスッと微笑んで、聖沢さんは小走りで山へと駆けだした。


「……強い」


 そんな魅栗さんの呟きを聞きながら、俺も後を追った。



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