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妹・登場(2)

 俺には妹がいる。

 名を優梨という。

 世間では妹はアニメキャラ以外は可愛くないもんだとか、リアルに妹がいると妹キャラは幻想でしかないとか言われたりするが、俺は実妹に今思うと萌えていたと言える。

 俺比だけでなく、他人比から見ても妹は可愛いと最大ボリュームの声で言える。俺の妹はこんなにも可愛いに決まっている。と。

 優梨は幼い頃、まるで人懐こい子猫のように俺にすり寄ってきては、『お兄ちゃんあそぼ?』と、水晶玉のようなつぶらな瞳で俺に訴え掛けていた。俺は大抵はニコリと兄スマイルを浮かべて遊んであげるが、たまに断りたいときもあり、そう告げると『遊んでくれないの?』と、瞳を潤ませるもんだから結局は遊ぶことになる。

 俺がひきこもってからも、妹と俺との仲は変わらなかった。ように思えたのはたかが数年。妹が中学に上がり、俺に制服萌えというのを理解させてくれた妹は、次第に距離を置くようになった。

 目を合わすと、不良娘のような鋭い目で『なに?』だの、『こっち見んな』だの、冷たく言われるようになった。

 妹が風呂に入ってるときに、小説を借りようと部屋に無断で侵入し、シャンプーの残り香漂う妹とはち合わせた時は、まるで変態でも見るような目をされ、しばらく口を聞いてもくれなかった。

 これで『お兄ちゃんの下着といっしょに洗わないで』なんて言われてたら、俺の心は木っ端微塵に砕けていただろう。

 妹の進学先は女子高で、寮生活を初めてからは、徒歩でフォーミュラーカーと競争したかのごとく瞬く間に距離が開いてしまった。

 帰省しても、指折り数えるほどしか会話がなく、俺の脳内で幾度も冷淡な妹の言葉が繰り返されていた。

 そんな妹との距離も縮まらぬまま時が過ぎ、俺は両親から家を追い出される形となり、今に至る。

 もう妹とは会えないだろうとも思っていた(実家には戻りたくないし)のだが、何の因果か、俺が居を構える魔界荘にその妹がいた。




「で、優梨、何でここにいるんだ?」

 とりあえず、何故だか涙目な優梨を落ち着かせ、魔界荘の庭に設けられた、ウッドテーブルの椅子に座らせ、経緯を問う。

 ちなみに隣には三神さん、斜め前にはなつきさんが座っている。向かいには優梨が。……それにしても可愛さが何倍にも増している。

「……お兄ちゃんこそ、どうしてここに来てるの?」

 質問返しか。

「そりゃ、ここに住んでるから当たり前だ。どっちかというと優梨がここにいる方がおかしいぞ。町外れだし」

 うはー。優梨と会話をしたのは久方ぶりすぎる。喜びで顔が笑みを浮かべようとヒクつくが、三神さんとなつきさんの手前、兄として振る舞わねば。

「えっと、」

 と、優梨はバーベキューの準備をしている榊さんに目をやってから、

「榊さんの手伝いをして、それで……助けて貰ったから」

 うん。助けてもらった恩返しに手伝いをしたわけだな。さすが我が妹偉い。

「榊さん、キレたりはしなかったか?」

「え? それはなかったけど。なんで?」

 よかった。沸点の低さがなければいい人だからな。もし、キレて優梨に何かしたら俺がキレるとこだ。

「つか、そもそも何故この町に来たんだよ。大して見るものないし」

 優梨は、見る見るうちに顔がリンゴのように朱くなり、『えっと』とか『その』とか『どうしよ』とか、しばし狼狽えた後、意を決したかのように俺を真剣な眼差しで見つめ言った。


「お兄ちゃんを捜しに来たの」


 俺は固まった。なにやら喜びや喜びなどの感情が沸々と湧きだし、自然と涙が頬を濡らしていた。うれし涙とはこの事を言うらしい。


 優梨はこれまでの経緯を話してくれた。話の端々に『別に仕方なく』とか、『暇だったし』とか、『見つからなくてもよかった』とか、混ぜていたのが気に掛かるが、とにかく兄妹がまた出会えた奇跡には感謝しよう。榊さんに。

「じゃ、店に来た時も日野くん捜してた途中だったんだ」

「はい」

 優梨は俺がいない間に店に訪れていたらしい。先ほど三神さん達と顔を合わせると、互いに驚いていた。

「丁度、入れ違う形になってたんだ。日野くんが寄り道してなければね……」

 クッ……ゲーセンにさえ寄らなければ店で運命的再会を果たしていたのか。俺の馬鹿。

「寄り道ぃ?」

 優梨は細めた目を俺に向ける。

「もう! ちゃんと働きなさいよね」

 優梨は呆れたようにふぅと息を吐く。何かが心にグサリときた。

「いや、暑かったから……」

「言い訳しない!」

「……すいません」

 そんな兄妹の上下関係を垣間見せてしまい、なつきさんと三神さんは柔らかに微笑んでクスクスと上品に笑っている。優梨は、ハッとした表情を浮かべ、頬を朱く染めている。

「あ、日野くんの部屋でも見に行ってみたらどう? まだ準備中みたいだしさ」

 三神さん余計なことを。部屋片づけてないんだが、更に麻衣によって酷くなってる可能性も否定できんし。

「いい?」

 妹よ、そんな上目遣いで見つめてくれるな。それは未だ克服できてない俺の弱点だぞ。

「ああ、もちろん」

「同棲相手、紹介できるといいね」

 三神さん、あなた余計な事いいすぎですよ。

「同棲ぃ?」

 ほら、優梨がジトーっとした座った目つきで俺を見ているじゃないか。

 ……はたしてどうなるやら。




 さて、麻衣の姿を俺が見えるのはよしとしよう。三神さんが見えるのもよしとしよう。優梨が見えるのもよしとしよ――

「って、誰にでも見えるんじゃないのか……お前は」

 幽霊が誰もかしこも見えてたんじゃ、霊能力者なんざいらねえ。胡散臭いのも消えて結構なことだが。

「そんなことないってば。前と前々に住んでた人見えてなかったし」

 どうだか。見えなかったフリしてんじゃないのかね。それで気味悪がるんじゃなくて、騒がしいから出て行っただけじゃないのか。

「ね、お兄ちゃん。どうゆうことなの?」

 ああ。優梨が麻衣を視認できたことを確認してすぐツッコんじまったから、優梨に怪訝な目で見られとる。ともかく同棲の誤解を解かねば。

「えっとだな、こいつは麻衣といって、この部屋に住む地縛霊だ」

 あれ? 何か沈黙したぞ。マズいこと言ったか。

「ね、ユウくん。この人誰なの? 彼女?」

 興味津々と言った様子で麻衣が訊ねてきた。普段部屋から出られないからか、たまの客人にはいつもこんな反応を見せる。

「……え、あ、アタシはその……」

 黙り込んで目が点になってた優梨が、急にスイッチが入ったかのように慌てたように手をヒラヒラと動かす。

「俺の妹だ」

 ……あれ? また沈黙したぞ。

「ウソォー!? 全く全然これっぽっちもユウくんに似てないじゃん」

 ああ。失礼な物言いだが、似てなくてよかったよ本当に。

「妹だ」

「義理?」

「殴るぞ(ハリセンで)」

 麻衣め……義理だとか最近毒されてきてないか。……まあ、今は巧妙に隠してあるが、ギャルゲーの影響かね。ちなみに18禁ではない。

「うん、とりあえずは理解した……かな」

 まだ多少戸惑いが残る表情ながらも、優梨はフヨフヨと浮かんで携帯ゲーム機で遊ぶ麻衣を見ている。

「まあ、単なるやかましい幸福を呼ばない座敷わらしみたいなモンだ」

 本当にこちらに富をもたらすどころか、娯楽に金が掛かるからな。趣味が合ってるからいいが。

「そっか。で、その……お兄ちゃんは家出てから……どうだったの?」

 ああ、それは語るも長い大冒険活劇が……ないが。実際、俺が家を追い出されて無事にこうして過ごしているという想像は難しいわな。




「……そうなんだ。よかった」

 安心したように優梨は僅かに微笑みを見せる。以前は兄を見るたび眉間に皺をよせて、ゴミを見るように嫌悪感しかない表情しかなかったから、何か新鮮だな。

 優梨には、一日の放浪の挙げ句、ひょんなことからこの魔界荘に行き着いた事、雪乃さんの優しい申し出により住ませて貰えることになった事、これまた雪乃さんの紹介により魔界カフェにてバイトをさせてもらえるようになった事、それらを名称以外は“魔界”のことを伏せて説明してやった。

 まあ、この部屋の幽霊については隠す必要はないな。本人も隠すつもりはないようだし、何より見えてしまってるしな。逆にこの幽霊が見えないという人がいるなら会ってみたいもんだ。

 俺は壁掛け時計を見て、

「そろそろ戻るか」

 と、玄関に向かう。

「あ、お兄ちゃん」

「ん?」

「なんか、変わった……よね」

「……そうか?」

 実感はないが、優梨が言うならそうなんだろう。




 優梨を交えての魔界荘バーベキューパーティはつつがなく終わったといえる。夜も遅いのと久方ぶりの兄妹の再会ということで、優梨は俺の部屋に泊まることとなった。

 まずは銭湯にいっしょに行き、裸の付き合いを高い壁越しにした。優梨の身体の成長が見られないのは残念だった。番台のオッサンのことは『特殊メイク好き』と伝えておいた。

「悪いな。布団これしかなくて」

 卓袱台を退けて、六畳間に布団を敷きながら俺は言った。

 誰か泊まるようなことは想定外だったからな。俺の部屋には必要最低限の布団しかない。俺用と、麻衣のだ。幽霊の癖に贅沢にも布団と枕がないと寝れんらしい。

「あ……これっていっしょに寝るってこと?」

 持参してたパジャマを着て、更に愛くるしさがました優梨が、クリッとした目を更にまん丸くして俺を見る。

「いや、俺は座布団でも枕にしてその辺に寝るよ」

「でも……別にアタシはいっしょに寝てもいいけど」

 空耳か。今、まるでツンデレな義妹から好感度が高い状態で聴けるような台詞が優梨の口から聞こえたぞ。いや、ありえん。優梨が顔を湯上がりのようにほんのり紅く染めて、視線を逸らしてるが、そんな今まで散々雑にあしらわれてきたのに、今更いっしょに寝てもいいとかありえん。孔明の罠だ。

「あ、いや、それは……」

「あのさ、分かってると思うけど変な意味じゃないからね。ただ、アタシだけ布団使うのも悪いと思っただけだから」

 変な意味とはどういうことかな〜? グヘへ。などと変態じみた言葉が浮かんだが、当然言わん。ここにきて取り戻しつつある兄と妹との関係を崩すわけにはいかんさ。

「じゃ、いっしょに寝るか」

 枕は一つしかないから、座布団を二つ折りにし枕代わりにして置く。

「おやすみ。お兄ちゃん」

「おやすみ」

 優梨と一人分の布団を分け合い、俺は横になる。かすかに聞こえる優梨の寝息。……唯一また繋がった家族。また会えた。




 明朝、優梨は大学の夏休み明けが近いと言うことで、早々に町を後にした。

 俺の携帯電話には新しいアドレスが一つ追加された。



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