表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/59

妹・登場(兄編)

 季節は真夏。どこかの組織が日本ハワイか計画を着々と進行中かと思うような暑さ、いや、熱気。

 そもそも湿度が高いこの国じゃ、常夏の楽園なんて無理だろ。ただ体力と気力と水分を無駄に失わせるだけだ。

 それで、外に出る気力も削がれ、喫茶店に出向くような人もいない、と。

 魔界カフェは絶賛空席多数である。こんなに冷房利いて快適だろうが、一歩外に出たら地獄だからな。客足も途絶えるってものだ。

 だから、客がほぼいない時間は雑務をこなしながら、テレビでもチラチラと観つつ過ごしている。

 現在、朝の情報番組が流れ、今話題のバンド『ジェミニ』の特集をしている。

 四人組のバンドでアニメのテーマとかになったりしてるから、割と知っている。女三人に男一人の構成だが、ギターと、ボーカルが双子なのだ。それも一卵性でそっくりの妙齢の美女。メディアだと、曲よりこちらの話題性が強く、今も双子に音楽とは関係ない質問をしている。

「ねえ、日野くんって兄弟とかいるの?」

 高校は夏休みということで、最近は三神さんは早くから来ている。といっても、閑古鳥が泣きわめいてるのは変わりない。こんな風に、適当な話題を振ったりしながら、来客を待つのがいつもの光景だ。テレビで双子の姉妹が出てるから、振ってきたんだろう。

「まあ、一応は。妹が一人」

「へえ。仲良いの?」

「……昔はな。……年頃になったら次第に距離が開いていってさ、そりゃそうだ。所詮ひきこもりだしさ。離れて当たり前さ。仕方ないよ。ま、辛辣な言葉を浴びせられなかっただけマシだよな……ハハ……、今は大学生でさ、一人暮らししてるらしい。もう、何年も顔見たことないな……。結構、可愛くてさ、兄目線じゃなくともさ。大人になってんだろうな……」

「……なつきさんは兄弟とかいるんですか?」

 おい、反応なしかよ。しかし、久方ぶりに思い出しちまったよ。実家のことなんざ記憶からなくなりそうだったし。

「いませんよー」

 いないのか。姉妹とかいるんなら、お会いしたかったが。猫耳、尻尾、と萌え死にたかったのに。

「三神さんは、姉妹いるのか?」

「姉が一人ね。最近じゃ仕事忙しいらしくて会ってないけど」

 さぞかし美人なのだろう。さて、この流れを利用して、聞いてみたいのがカウンター席の一番奥に一人。夏だからか、露出度の高い服装でグラマラスボディを惜しげもなく披露している、

「天使さんは、どうなんですか?」

 おそらく会話の流れは本を読みながらでも入っていただろう。つか、最近じゃほぼ毎日居座ってるね。魔界荘の部屋にはエアコンないからな。気持ちは分かる。

「妹。ロクでもないのが」

 本に視線を落としたまま、面倒くさそうに天使さんは答えた。どうやら、あまり触れてはいかん話題だったらしい。これ以上はやめよう。

「日野くんは、実家に戻ったりしないの?」

 話題が変わったか。そういや、そろそろお盆か。

「実家なんて俺にはないし、戻りようがないな」

 肩をすくめ自虐的に言ってやった。なつきさんと三神さんには、断片的にだが追い出された話はしてあるから、俺の答えに少し表情が曇る。まずかった。

「そ。でも、妹さんとか会いたがってたりしてたりして。あまり嫌われてるんじゃないみたいだし」

 いや、何年も口を聞いてないのに嫌われてるも好かれてるもないだろう。案外最初から俺なんかいなかった風に上手く大学生活を送ってるさ。

「まさか。ま、そうだと嬉しいけど」

 ありえんよ。望みとしては涙でも流して抱きついてくれりゃ最高だがな。義妹だともっと良い展開もできそうだが、残念ながら血はしっかりと繋がっている。




 いやね、そりゃ普段から買い出しは俺の仕事になってるよ。暗黙の了解ってね。三神さんがいても、なつきさんから『勇気さん買い出しお願いしますー』なんて言われたさ。まあ、なつきさんの頼みなら断りはしないさ。客にとっても、三神さんがいたほうが嬉しいんだろうしな。だからってさ、こんな日にさ……せめて、ジャンケンでいいから行く人を決めてほしいよ。それなら納得はできる。ともかく、

「暑いんじゃクソー……」

 駄目だ叫んだら余計に暑くなるから、叫べない。買い物は済んだし早く冷房利いた店内に戻らないと溶けちまう。俺が。

「ファイティングスピリット5入ったらしいぜー」

「ホント!? 見たい見たい!」

 おー、子供は元気だねえ。商店街端に位置するゲーセンに入ってたよ。んー、エフスピ5かー。さすがだなー。こじんまりした店の割に最新鋭の機種が早く入荷するからな。俺もよく行く店だ。

「…………」

 エフスピ5か。気になってたんだよ。確か店内も冷房利いてたな。買った物もすぐに腐るモンでもない。寧ろ、俺がこのままだと熱中症の危険性がある。これは必要な休息だ。店に無事に届けるためにな。仕方ないことだ。そのついでに、エフスピを覗くのも仕方ない。そもそも、急いで戻れとは言われてないし。……まいいか。なつきさんなら謝ればなんとか……。

「よし!」




 新入荷したエフスピに群がるゲーマーの中に紛れ、他人が動かす画面を観賞すること三十分。撒き餌に群がる魚のような人垣から離されたのは、ズボンのポケットから伝わる震動だった。

 とりあえず携帯を取り出し、開くと『三神莉子』との表示。買ってから数ヶ月経つが登録件数なんかたかが知れてるしな。天使さんは掛けてくる訳ないし、黒木さんも同様だ。

 さすがにここだと色々なゲームの音がやかましく、所在がバレる恐れがある。俺は炎天下に身を晒してから、通話ボタンを押した。

「もしもし――」

「――商店街」

「――その、まあ、色々とさ」

「――終わってます」

「――はい。分かりました」

 そしてプツリと電話が切れる音。

 あまりの電話越しに伝わる迫力に思わず敬語になっちまった。しかし、俺は年上なのにな。バイト初日からタメ口だったな。普段からそうなのか。いや、なつきさんには敬語だったし、俺が下に見られてるか。

「……あつー」

 寄り道したのは俺の責任だし、敬われるほど器はデカくないしな。何より三神さんにはあのサバサバした性格が似合ってるし。帰るか。




「遅い」

 砂漠からオアシスに辿り着いたかのような魔界カフェの涼しさ。汗が引いていく。

「すいません」

 とりあえず三神さんに詫びて、買ってきた品々が入った袋をカウンターに置く。

「日野」

「なんです」

 サッとカウンター席に座る客から距離を取り、警戒体勢になり、無愛想に俺は言った。

 この眼鏡とスーツのイケメン青年はこの店の常連で魔界のお方だ。俺は彼の会社製品の実験台として、何度か酷い目にあったことがある。

「何故距離を取る」

「危険だからです」

「そうか」

 と、青年は淡々と言い、鞄を探る。俺は身構えた。何か出したらすぐにはたき落としてやる。

 鞄から出てきたのは、皮の財布。ブランド物のようだ。それを開いて何やらお札を取り出して、俺に差し出してきた。諭吉様が三枚。

「取っておけ。色々と助かってるからな」

 言って、微笑むその姿は女ならず男でも見とれそうだ。俺はならんけど。

「いいんすか?」

「ああ」

「じゃ、ありがたく」

 軽く礼を延べ、実験台手当てを頂戴した。三万円じゃ足りないくらい酷い目にあった気もするが、特に先月は。けど、嬉しい臨時収入だ。

「これからも頼むぞ」

 ……あ。今しがた耳に変な台詞が入ってきましたが。なんか、まるでこれからも実験台にされるみたいな。ま、気のせいだろうきっと。

「あらー。榊さん、いらっしゃいませぇー」

 おや、榊さんが来たか。こちらに戻ってきてから度々訪れるようになった。

「こんにちは。あ、日野さん」

「なんです」

「どうして身構えるんです?」

 つい、だ。さっきまでそうしていたから。榊さんも危険な人物だが、怒らさなければいい人だ。

「今日は天気がいいですから、庭でバーベキューでもやろうと思いまして。日野さんは大丈夫ですか?」

 バーベキューなんて何年ぶりだろうか。

「ええ、楽しみにします」

「それはよかったです。天使さんも今日はお休みでしたよね?」

「そうね。ビールはあるのかしら?」

「今から買いに行くところです」

 天使さんまだ居たのか。

「よかったら、なつきさんに、三神さんもいかがですか?」

「いいんですか?」

「はい。人数が多い方が楽しいですし」

「そうですねー。行かせてもらいますー」

 俺は心の中で『ヨッシャ!』と、完封勝ちした瞬間のピッチャーのようにガッツポーズした。美女、美少女が集うバーベキューに今から心が盆踊り状態だ。

 榊さんは一礼し、買い物に出かけていった。大層な荷物になるのだろうが、おそらくは百キロのバーベルすら軽々持てそうだし、問題はないか。




 魔界カフェのある通りは、元々古き良き商店街な風情が漂うが、夕陽のオレンジが加わると、まるで映画のワンシーンにも使えそうなノスタルジックさがある。

 普段はまだ開店中の時間だが、バーベキューパーティということもあり、今日は早めの店じまいだ。以降の客入りも少ないだろうしな。

 日が傾きかけ、外は真昼よりは幾分か涼しくなっている。だが、寝苦しさは覚悟しとかなきゃならない暑さだ。

「魔界荘の人達で、私が知らない人とかってまだいるの?」

 隣を歩く三神さんの問いに、俺は魔界荘の顔ぶれを脳裏に浮かべる。うん、麻衣以外は大抵カフェによく顔を見せている。

「多分いないな」

「あそこに住んでる人達ってさ、なんか個性的な人多いよね。天使さんとか美人だけど独特な雰囲気あるってゆーか」

 それは俺も個性的な連中に入れられているという事か。勘弁願いたい。俺は森の中で緑の全身タイツを着るように目立たない人生を過ごしているつもりなんだが。

「そうですねー。でも、皆さんいい方だと思いますー」

 そのいい方達に荒木さん(凶暴)は省いた方がいいかもしんない。つか、なつきさんの個性もランク高いですよ。

 しかし、右手に三神さん、左手になつきさん。両手に華だねえ。俺は幸せもんだ。

 魔界荘に住んで、もう半年になるのか。濃い半年だな。今までの俺の二十余年なんざ、薄めすぎたカルピスだ。味が全くしない。改めて親に礼を言っておくべきだ。

 追い出してくれてありがとう。

 妹の優梨にも――兄は幸せです、と。今度手紙でも書こう。


 俺の人生を変えてくれた愛すべき魔界荘に着いた。塀を曲がり、榊さんの姿があった。まだ雪乃さん他の姿はない。

 ん。榊さんの部屋前に一人居た。小柄な女性。どこか見覚えのあるその人はこちらにゆっくりと歩み寄ってくる。夕陽の加減ではっきりとは顔を見えない中、はて誰だったかと考える暇も与えず、

「お兄ちゃん!」

 と、叫びながら。全速力で。

「な……」

 俺に抱きついてきた。押し倒されそうになったがなんとか踏ん張り、そして分かった。やや古い記憶から探り出した……それは、

「…………優梨?」

 抱きついて胸に顔を埋める黒髪に声を掛ける。パッと涙目な顔を上げたそいつはやはり――


 マイシスターだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ