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妹・登場(妹編)

 六畳の部屋は空っぽになっていた。

 カーテンは閉め切られ薄暗い。それは居た頃からそうだったけど、乱雑にあった物まで何もかもなくなっていた。

 昔から好きだったテレビゲームも、それを映し出す小さなブラウン管も、いつも寝ている姿しか見ていなかった気がするベッドも、その下に隠してあったエッチな本も。サイテー。……風呂の間に見つけたアタシも悪いけどさ。

 引っ越したみたいに何にも無くなっていた。寂しいと感じてしまった。ロクでもない兄だと思ったりはしてたけど、居なくなって、父と母に追い出されたと聞いたら、自然と涙が頬を伝っていた。

 確かに駄目をいくつ連ねても足りないくらい駄目な兄だったけど、追い出すなんて……アタシに何も言わないで。せめて一言あれば、アタシの部屋に住まわせてあげたりなんか、考えなくもなかったり。でも、狭い部屋だし、いっしょに寝ることになって……それで、って違う違う。

 今は探さなきゃ。どこに行ったかも分からないけど、もう会えないかもしれないから、だって駄目×∞な兄が放り出されて生きていける筈がない。確定してる。アタシがなんとかしなきゃ野垂れ死んでるに決まっている。




「……ハァ」

 と、家を飛び出して一週間。未だ兄の手掛かりすらなし。もうバイト代も底を尽きそう。

 お母さんから聞いた話だと、適当に衣類詰めたバッグしか持たせてないらしいから、遠くには行けない筈だし。順番に町を廻れば……なんて考えだったけど。浅はかだったかな。追い出されたのはまだ寒い頃だったらしいし、そう簡単に宿無しで過ごせるわけないか……。

「……ダメダメ!」

 頭を振って最悪な考えを飛ばす。

 絶対生きてる。駄目な兄だったけど、運はよかったから。P○3懸賞で当ててたし。きっと大丈夫。運良く住む家見つかったりして、運良く働けたりしている。確証はないけど。

 でも、この町で駄目だったら、一端家に帰らないと。アタシが宿無しにでもなったら、探す所じゃないし。大学の夏期休暇も僅かだったっけ。うー。こうなるんだったら、もっと早く帰省しておけばよかった。

 駅から出て、目的地もなく歩く。行き交う人の顔は注視しては見てるけど、兄らしき人は見あたらない。目立たない容姿だけど、アタシなら見逃したりはしない……ハズ。

 でも、全てを見れるわけでもない。改めて無謀な事をしてるとは思う。一日中一つの町を歩き回ったって、見つかる確率は限りなく低い。こういう人捜しって探偵にでも頼めばいいのかな。

 あ、何か今探偵っぽい人がいた。眠そうな眼に、手入れしてないような髪。顔も無精髭が見えるけど、割とカッコいいかも。ミステリー小説にでも出てくるような寂れた探偵事務所でもやっていそう。

 でも、その人の隣を歩く小柄な娘のほうが目を引く。桃色のショートヘアーで、頭頂部に髪がピョコンと跳ねていて歩く度にピコピコと揺れている。なんだっけ、アホ毛っていったっけ。前に兄に力説された気がする。

 その娘は隣を歩く寝ぼけ眼の男を見上げながら、喋りかけてるみたいだけど、男の方は面倒くさそうに頭を掻いている。その様子がなんだか可笑しくてアタシは笑みを作っていた。

 それにしても、なんで髪がピンクなんだろう。流行ってるのかな。似合ってるとは思うけど。

 って。何でアタシはあの人達を目で追ってたんだか。お兄ち――兄を捜してるのに。

「あつー」

 真夏の炎天下。この暑さを目の当たりにすると、温暖化が進んでるのを実感する。既に汗だく。早くシャワーでも浴びたい。

 何処かで涼んだ方が効率的にもいいかもしれない。このままだと脳まで解けて、人の顔が判断できそうになくなる。丁度ランチタイムでもあるし。

 アタシは辺りを見回しながら歩く。人の顔じゃなく、お店を。店が並ぶ通りだし、美味しいランチを出しそうな店がないかと。店先の雰囲気から判断する。あとは直感。

「……魔界カフェ?」

 思わず首を傾げたくなる店名が目を引いた。外見は至って普通の喫茶店。だけど、店名は一種のメイドカフェを連想させる。魔界ってあれだよね。ゲームとかファンタジーでよく出てくる世界。でも、悪くはないかもしれない。ここにしよう。


「いらっしゃいませ」

 内装も普通だ。店員さんも普通。可愛い人だ。高校生かな。窓際の席(といってもカウンター以外はほぼそう)に案内され、メニューを見る。これも普通の喫茶店と同じ。コーヒーには拘りがあるのが窺える。

 アタシはパスタを注文し、店内を眺めた。昼時だが空いている。アタシを除いて一人だけしか客はいない。ブロンドの髪が艶やかな美女だ。この暑さからか、水色のキャミソールにホットパンツの薄着。スタイルがアタシなんかとは比べるのもはばかられるナイスバディ。外国人……だよね。

 カウンター奥に立つ人は、愛くるしい外見をしている。猫耳がある。なんで? なんで猫耳なの? 似合っているけど。

 少しして運ばれてきたパスタの味は絶品だった。あの猫耳さんが作ってるみたいだ。店長らしい。

「いらっしゃいませー」

 新たなお客。スーツと眼鏡姿のカッコいい青年。会社員だろう。茶色の鞄を脇に抱えている。ここは美男美女御用達のお店なのかな。アタシは場違いな気がしてきた。

「日野はいないのか……」

 その青年の言葉にピクリと反応する。アタシの名字、もちろん兄も同じ。青年はカウンター席に座る。常連らしい。

「買い出しに行ってもらってますー」

 ニコニコと柔和な笑みを絶やさず、猫耳さんは答えた。“日野”はここで働いてるらしい。アタシはまさか兄かもという考えが巡った。

「でも、行ってから結構経ってません?」

「そうですねー」

「電話してみますね」

 と、店員さんは携帯電話を取り出す。アタシはパスタをフォークで絡めながら、聞き耳を立てる。別に、立てなくても聞こえちゃうけど。

「あ、日野くん。今何処? ――は? じゃあ何で遅いわけ? ――まあ、どうでもいいけど買い出しは終わってるの? ――そ、じゃ、さっさと戻ってくること。いい?」

 と、ため息を吐いて店員さんは電話を切った。寄り道でもしてたらしい。でも、この人は見たところ高校生だし、仮に兄だとしたら、年上だし、あんな風に言わないと思う。もし、兄なら情けなさすぎる。

 恐らく、ここで働く“日野”は店員さんと同年代か下なのだろう。聞くのが手っ取り早いのだろうけど……、実家に帰る時間になっても見つからなかったらにしておこう。


 冷房が利いてた店内から外へ出ることは、南極からサハラ砂漠にワープしたかのような感覚になった。引いてた汗がすぐに頬をつたり始めた。

「ねえ、可愛い彼女ォ。もしかして一人ぃ?」

 余計に暑苦しくなる連中が現れた。

「俺たちと遊ばない?」

「暇なんでしょ?」

 見るからに軟派なオトコ三人組。アタシの最も嫌いな人種だ。ニタニタと君の悪い笑顔を浮かべている。

「忙しいです」

 穏便に済ますために、それだけ伝えてあげた。半ば睨みつけるように。

「ハァ? いいじゃんちょっとぐらいさ」

 言いながら肩に伸ばそうとした手を払いのけてやると、急に気味悪い笑顔が消える。

「アンダァ? いい気になるなよ?」

「やっちまうかァ?」

「おうよ」

 馬鹿オトコ達は互いに目配せして、アタシを取り囲む。

 アタシはやれやれとため息を吐いた。それが杓に触ったのか、正面の一人が拳を振り上げる。それを去なそうと待ち構える。その時、耳に聞こえたのは断末魔だった。

「イデェェェ!」

「女性に拳を向けるのは感心しませんね」

 振り上げたオトコの手を捻り上げ、柔らかな笑みを浮かべてるのは、肌が異様に白い男性。片手にはネギなどが顔を覗かせたエコバッグを下げている。

「テメェ……」

 別のオトコがその男性に殴りかかる。だが、拳が届く前に蹴りが腹部に入れられ、アタシの脇を通り過ぎ、風に舞うレジ袋がごとく軽々しく吹っ飛んで転がった。凄い威力。

「早く逃げた方がいいですよ。僕は怒りっぽくて」

 笑みを絶やさずに男性は残りの一人に言った。

「なんだコイツ……」

 三人目はライオンに睨みつけられたかのように怯えた声を発し、後ずさる。男性は捻り上げていた手を離すと、そいつも逃げるように距離を取り、吹っ飛んだ奴も立ち上がると、

「覚えてやがれ!」

 まさしく雑魚のような捨て台詞を残し、負け犬のように退散していった。滑稽だ。

「怪我はないですか?」

 ドキッとした。目を細め柔和な笑みを浮かべ、優しく声を掛けてくれるその男性に。あ、瞳が紫に見える。

「あ、は、はい」

「そうですか。よかった」

 シドロモドロ。頭の働きが鈍ってる。えと、まずはお礼か。

「あ、ありがとうございました!」

「いえ、お気になさらずに」

 どこまでも良い人。次はどうすればいいか、何か恩返ししなくちゃ駄目だよね。

「何かお礼をさせてください!」

「そんな、気にしなくてもいいですから」

「でも、助けてもらいましたし……、何かしないとアタシの気が収まらないっていうか……」

 もう思考が滅茶苦茶だ。多分アタシの顔はリンゴのように赤く色づいてると思う。

「そうですね、でしたら買い物の手伝いを頼んでもいいですか? 今日は多いんですが」

「はい! 是非やらせてください」




「すみません。助かりました。重くないですか」

「い、いえ。鍛えてましたから」

 助けてくれた、榊さんに付き合い、商店街を闊歩し、肉屋、八百屋、魚屋、ホームセンターやらを周り、アパートへの道を歩いている。榊さんはそこで大家をしているらしい。

 それにしても大層な荷物。榊さんは木炭が詰まった箱、ジュース、ビールの箱を右手に担いで、左手には、様々な肉が数キロ分の袋と、同じような重量だろう野菜の袋を持っている。大人一人分の重さはあるだろう。それでも涼しげな表情をしている。

 それに対しアタシは、それよりは軽い、魚が入った袋と、様々な花火が詰まった袋しか持ってない。凄く紳士な人だけど、悪い気がしてくる。

「ここです」

 風景がどんどん寂しくなる中、ようやく着いたのは、……お世辞にも綺麗とか言えないアパート。

「……魔界荘」

 塀に付けられた木のプレートに彫られていた文字を見て、呟く。今日の魔界は二つ目だ。庭には変な植物があった。

「狭い部屋ですが、お茶でも如何です?」

 柔らかい笑みで榊さんは部屋に招く。

「あ、はい。ありがとうございます」

 アタシは素直に好意を受け取ることにし、部屋に入った。六畳一間の部屋は、やはり外見からのイメージと一致する。あ、この部屋、タンスがない。

「どうぞ」

 と、ちゃぶ台に紅茶が置かれ、アタシはその前に座した。一言礼を述べ、口をつける。おいしい。

「今日はこれからご予定はありますか」

「え、いえ。大したことはない、ですけど……」

 確か、あることにはあった気もしたけど、森から一本の木を探すような途方もないような。

「これから、庭でここの皆さんとバーベキューをしようと思ってまして、よかったらどうです?」

「あ、その、いいんですか?」

 榊さんは微笑んで「もちろん」と頷いた。




 それから、榊さんが最近こちらに戻ってきたこと(外国?)や、アタシの大学生活のグチとか聞いてもらい、陽も朱けに染まり、準備をするというのでアタシも手伝いを申し出て、部屋を出た。そして見てしまった。

「…………あ」

 昼頃入ったのカフェの店員さんと、猫耳店長さんに挟まれた、そこにいる人物を見て、懐かしさがこみ上げてきた。気が付けば嬉しさがこみ上げ、瞳が潤んできた。アタシは呆けた声で、


「お兄ちゃん?」


 呟いて、その人に駆け寄った。



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