第二話・魔界荘へようこそ(2)
よく思い出してみよう。
俺は雪乃さんに言われたとおり空き部屋であるはずの隣の部屋に入ったわけだが……何故か少女がいた。
で、俺はとりあえず一目散に部屋から出た。部屋を間違えたかと思い、考えを巡らすが、雪乃さん家は二階の端の部屋。もちろん隣の部屋は、今俺がドアの前に立っているこの部屋しかない。
もしくは俺が聞き間違えたか、もう一つ隣だったりする可能性もあるが、ここは、
「あら、どうしたんですか? 鍵開いてませんでしたか?」
ナイスなタイミングで雪乃さんが布団一式を抱えて現れた。
「あの……どの部屋ですか?」
雪乃さんから布団を受け取りながら俺は聞いた。もし、この部屋が正解だったらどうしようかね。
「この部屋ですよ、今勇気さんが立ってる二〇三号室です」
と、今さっき入った部屋を指さした。
これはご丁寧にありがとう雪乃さん。どうやらこの部屋にはすでに先客がいるようでして……正直に言おう。
「この部屋、誰か住んでるみたいなんですけど」
「あー、見えたんですね」
え、何すかその発言は。俺、見えてはいけないものが見えてるんですか?
「大丈夫ですよ。害はありませんから。寧ろ明るい子ですし、寂しくないと思いますよ」
いや、何ですか、そのフォローは。というか、あの子がいったい何物なのかの説明を聞きたいんですが。
「明日の朝食はこちらで用意しときますね。それでは、おやすみなさい」
雪乃さんはニコリと笑顔を浮かべ、丁寧なお辞儀をして、家へと戻っていった。
そして、取り残される俺。
どうしよ。入るかな……でも、雪乃さんの話から察するに明らかに霊的な類だよな。俺昔から霊感とかないと思ってたのにな。
ひゅーっと風に吹かれ枯れ葉が一枚風に舞うのが見えた。
体が寒さに震えた。
やはりここに突っ立っていてもしょうがない。大丈夫だろ、害はないって言ってたし。それに結構可愛かったしなあの子。
「あ、おかえりー」
部屋に戻った俺を玄関で少女は笑顔で迎えた。確かに可愛い。
黒髪と表すには少し色素が薄く茶色に近い髪が肩下まで伸びており、それが縁取る顔は少し垂れた目が印象的で幼い感じがする。見た目は中学生くらいだと俺は推測する。が、着ている服が昭和初期を思い出させる――本で見た写真だが――赤い花柄模様の和服を来ている。
「で、君は何者ですか?」
六畳一間の何もない畳に座り、少女に訊ねた。少女は布団の一式の上に正座し、姫様のように偉そうに見える。つか、俺もそこに座りたい。畳から冷たさが伝わってきて寒い。座布団が欲しい。
「幽霊だよ」
考える間もなく即答する少女。俺って霊感あったんだねえ。見えちゃってるよ。しかし、幽霊といっても、いたって普通だ。体は透けてないし、足もある。言われなければ幽霊だとは思わなかっただろう姿だ。
「で、俺はここに住んでもいいのか?」
細かいことはあえて聞かないことにした。今はとても疲れてるからな。色々あったし。
「うん! いいよー」
「そうか、ありがとう」
「あ、私は麻衣っていいます! 永遠の十六歳です!」
元気よく名乗る麻衣。
そりゃ死んでるからな。十六だったのか。だとしたら少し幼く見える。
俺も名乗り、永遠ではない歳をついでに教え、
「お前、できればここから出ていって欲しいのだが、駄目か?」
幽霊とはいえ、年頃の少女と一つ屋根の下で暮らすのは、困る。ほら、男には色々とあるし……。
「あー、ごめん無理」
拒否られた。
「私、この部屋からでられないの」
「何故だ?」
「わかんない。何ていうかね、この部屋から出ようとすると、バーンって壁にぶつかって出られないの」
言って、麻衣は両手を目一杯広げた。バーンっと壁にぶつかるのを伝えたいらしい。
壁ね、もしかしたらあれだ、
「地縛霊って奴か」
「まあ、そんな感じかな」
あっけらかんと言う麻衣。つか、部屋からでれないってことは強制的に同居生活じゃないか。幽霊だが。
「まあ、そんなわけだから、これからよろしくねユウくん」
いきなりあだ名とは馴れ馴れしい奴だ。けど悪くはない。
「ああ、よろしく」
と、何となく手を出してみる。麻衣も手を出し、握手しようとするが……俺の手をすり抜けた。麻衣はケラケラと笑い、
「ま、霊だからねー」
幽霊だということが実感できたな。カメラには映るのか気になってきた。
「じゃ、俺寝るから。そこどいてくれ」
だが俺は今、睡魔と戦闘中だ。ここ数日間まともに寝てないからな。おまけに満腹だ。睡魔も元気を取り戻したらしい。
「えー! もっとお話しようよー!」
不満顔で麻衣はフワリと周りを飛びながらブーブー言うが、俺は無視して布団をひく。
「これから長い付き合いになるんだからさー、お互いのこと色々知りたいでしょ?」
いや、対して知りたくない……訳でもないが、今は眠い。快適な睡眠をしたいんだ。つい数時間前までは睡眠が死の淵に直結していたし。
俺は部屋の真ん中に敷いた布団に潜り、睡魔に白旗を振り降伏を願い出た。
すぐにそれは認められ、俺は深い眠りへと落ちていく。近くで誰かが何か喚いてるのを気にせずに。
次の日。俺は朝日を瞼越しに感じて目を覚ました。そういえば窓は東側にあったし、カーテンもなかったんだよな。今度買うか――って、金がないんだよな……。
「…………あ」
俺が目を開け、眩しさに目を細めた後、隣を見ると、麻衣が寝ていた。一つの布団を分け合ってたためか、体が半分はみ出していて、和服が微妙にはだけて色気が……とか、客観的に見ると羨ましがられるだろう光景だとか……よりも、幽霊って寝るのかってのと、朝でも居るのかというのが気になった。
そいえば、今何時だ? 部屋には時計もないし、荷物にもない。季節と陽の高さから考えるに七時ぐらいか。
「ん……」
眩しさからか麻衣は布団で目を覆う。思い切り引っ張った所為で、頭が完全に布団に覆われたが、その分膝上までが外に出てしまっている。和服もいっしょに引っ張らてれしまい、白く綺麗な足が露わになっている。
布団から生足が出てるという奇妙な状態だ。これを夜中に見たならばまさに恐怖しただろう。
「勇気さん、起きてますか?」
ノックから一拍置いて、聞こえたのは雪乃さんの声か。確か朝食を用意してくれると言ってたから、わざわざ呼びにきてくれたのか。
「んー……」
その音と声に反応したか、布団から声が漏れ聞こえた。
俺は立ち上がり、ノソノソと歩きドアを開けた。
「おはようございます」
互いに朝の挨拶を交わす。
「朝ご飯の用意できてますよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、雪乃さんの部屋におじゃまする。
「あ、ユーキおにーちゃん。おはよー」
「おはよう」
まだパジャマ姿の雪香が食卓の前に座っていた。待っていてくれていたんだな。食卓の上には、ご飯に味噌汁、焼き魚、漬け物と理想的な朝の食事(和風)がそこにはあった。実に美味そうだ。
人数分敷かれた座布団に座り、偶然にも雪乃さんが隣に座った。それだけで味が何倍も美味く感じるだろう。もっとも雪乃さんの料理が美味しいのは昨日の鍋で証明済みだ。鍋なんて具材をぶち込むだけかと思っていたが、出汁が一番重要なのだと昨日わかった。
「あ、勇気さん。後でこれを各部屋に持っていってくれませんか?」
雪乃さんの手料理を美味しく食した後。そのまま図々しくもくつろいでテレビを見ていると、雪乃さんがA4サイズの紙を渡してそう言った。受け取った紙には、町内で起きた事件らしきことなどの近況が書かれている。広報のような物だろう。この辺りに、他に人が生活してそうな場所はなかった気もする。文字だらけだし、詳しくは読んでないが。
「大家さんがいない間は私が代わりに配っているんですが、挨拶にもなりますし、勇気さんが配ってはどうかと」
まあ、近所付き合いは大事だな。何より雪乃さんの頼みを無碍にするわけにはいかんのですよ。
渡された紙を持って早速訪れたのは、二〇二号室。俺の隣人だな。近所付き合いの上で最も重要なポジションだろう。ここでしっかりと挨拶しとかなければ、最悪殺人事件になるかもしれん。考えすぎだとは思うが。
「ユーキおにいちゃんどうしたの? 入らないの?」
視線を下に移すと雪香がいた。純朴な瞳で俺を見ている。勝手についてきたんだが正直助かる。
多分ここの住人と知り合いの雪香がいれば、話しやすくなるからな。雪香がいなかったら、話題に詰まり、気まずい空気になりそうだ。そして何よりも重要なのは、
「雪香ちゃん、この部屋の、みくり……さんってどんな人なんだ?」
部屋番号の下のネームプレートに書かれた魅栗という名前を読んで、雪香に聞いた。多分読み方は合ってるだろう。
雪香にあらかじめどのような人物か聞いておけば、心の準備ができる。昨日は黒木とかいうオッサンがでてきて、怖い思いをしたからな。
「えっとね、髪の毛がこんな風に長く伸びてて、たまに鎌もってたりしてる人かな」
聞かなきゃよかった。
鎌持ってるって明らかに危ない人じゃん。万が一草狩りが趣味だったりするのかもしれないが、今の季節だと草はあまり生えんし。そして、雪香ちゃんのジェスチャーによると髪は顔全体を覆い隠すように伸びてるらしい。某ホラー映画の幽霊をイメージした。
人の首を狩ってます。って感じの人じゃないだろうな? 血走った目とかしててさ嫌だよ、そんな隣人。
「でもいい人だよ」
鎌持ってる人にいい人がいるのか。イメージが沸かないな。でも、雪香がそう言うんなら信じるしか……だがしかし、鎌がな……この部屋は後回しにしようかな。
「黒いお姉ちゃーん、いるー?」
「あ……」
何してんの雪香ちゃん。ノックしないでくれ。出てきちゃうから。
逃げようか考える間にドアが開き、
「おはよう雪香ちゃん……誰?」
「…………」
まさに絶句したね。