勇気の幸せな一日(2)
俺はクリスタル伊佐木のやけにピンポイントな占いによって、日本一幸運な男になったと思う。
それは偶然か、必然か。
現実的な考えならば前者かもしれない。だが、俺は運命というディスティニーを信じたい。同じ意味だ。
「コーヒーと……あと、何かオススメはあります?」
うおお。アニメやゲームで聴くのと変わらない綺麗な声。それはまさしく、音の芸術品。あなたの声を今ここで聴ける幸せに乾杯だ。
「そうですねー、ショートケーキとー、それに合うコーヒーはどうですかー。ニャー」
なつきさん、なんですかその『ニャー』は。坂野美里さんの前で失礼じゃないスか。この店が変な印象を与えてしまうじゃないか。
「じゃあ、それにしてください」
注文するその姿も可愛い。
「どしたの? 日野くん。ボーッとして」
「いや、ちょっと……」
ああ、三神さんが声を掛けたから、坂野さんがこっち見てるじゃないか。いや、声優に見られてるなんて、中々経験できることではないが、うはー。つぶらな瞳が可愛い。
「ちょっと?」
小鳥のように首を傾げなくていいから、さっさと離れてくれ。俺は坂野さんを少し離れた位置から観ていたいんだから。話しかけるなんてできやしない。宙に舞い上がって何言ってしまうか分からない。
「あのー?」
ああああ。坂野さんがこちらに向かって声を掛けている。どーしよ。なつきさんはカウンターで背中向けて用意してるし、ここは三神さんに、
「私、ちょっとトイレ」
耳元で小さく言って、三神さんはトイレに向かっていく。何故このタイミングなの。我慢できなかったのか。いや、我慢大会じゃないんだからさ、せめて客の入りとか見つつ余裕もって行っときなよ。
「あ、は、はい。なんですか?」
自覚できるくらい上擦った声を発し、坂野美里に歩み寄る。近い、近いよ。裸眼じゃ眩しすぎて見てらんねー。誰かサングラスをくれ。
「ここって、どうして魔界カフェって名前なんですか?」
俺は坂野美里に質問されたるとは。だが、しかし、その質問の答えは、なつきさんのみぞ知ることだ。一バイトの俺が知るわけ無い。一つ分かったのは坂野美里の天然はキャラじゃなく、本物かもしれないということだ。
「えっと、なつきさん」
と、店主にこの質問の答えを言って貰うことにする。
「店名ですかニャー。それはワタシが魔界――」
「――が、好きだからでしたよね! 前に聞いたことありました」
危ねえ。なつきさんの天然っぷりを考えてなかった。今、ハッキリと『魔界から来たから』みたいな答え方をしようとしてたな。いくら、信じてもらえないとはいえ、言い広げすぎると、いずれ本当に信じる輩が出てくるぞ。
「そうなんですか。実は私、声優をしてまして、魔界が関係したアニメのキャラの声とかしたことがあるんですよー」
あら。別に声優を隠したりはしないんだな。アキバじゃないんだし騒ぎになるとかはないからか。じゃあ、
「咲乃ですよね」
南沢咲乃ぐらいしか、美里さんが担当したことがある、魔界に関係するアニメキャラは知らん。
「あ、はい。私の事知ってるんですか?」
目をまん丸くして、美里さんが訊く。
「はい。ファンの一人ですよ」
いまにも発狂したいが、平静を装いつつ出来うる限りの爽やかさを纏って俺は答えた。
「そうなんですか。嬉しいなー」
女神のような笑みを美里さんは浮かべた。うがぁー、目の前でこの笑顔は……目が、目がぁ! 眩しすぎる。
「お待たせしましたー」
美里さんの前に、ショートケーキとコーヒーが置かれ、美里さんはそれをジーッと見てから、
「写真取ってもいいですか?」
と、なつきさんに訊ねた。
「はいー。いいですよー」
なつきさん、ニャーを忘れたか。
了承を得て、美里さんは携帯電話を取り出し、ケーキセットをカメラ機能で取り始めた。
「ん、どうしたの?」
今、トイレより戻った三神さんが不思議そうにその姿を眺め、俺に訊いてきた。ありがとう。おかげで俺は美里さんと会話ができたよ。
「写真、もしかしてブログに載せたりするんですか?」
もしやと思い俺は訊いた。三神さんは訝しげに首を傾げている。
「そうですけど、ブログまで読んでくれてるんですか?」
はい、と頷くと美里さんは「恥ずかしいなー」と言って頬を染める。俺は今この瞬間を写真に収めたいが、なんたること。今より携帯電話を持ってないことを恨んだ時はない。
「そのブログで、旅行に行くってありましたけど、それでこちらに?」
俺は半ば自暴自棄で、電車で気の向くままこちらに来たが、俺からしたら大した名物もない街だがな。いや、分かる人には魔界人がそれなりに存在するし、一種の名物やもしれんが。そんな人間は俺以外は知らん。
「そうです。とりあえず電車に乗って、目的地もなく気ままに」
ぶらーり途中下車の旅か。
「へえ。楽しそうですね」
三神さんが食いついたか。俺の台詞だぞそれは。
「ええ。色んな出会いとかあって、面白いですよ。休みが取れたら、よく行きますよ」
それから、美里さんから旅の思い出話を聞いたりして、一時間ほど俺は幸せな一時を楽しむことができた。
占いは信じるべきだと思う。
「フフ……」
「ユウくん、気持ち悪いよ」
そこはせめて“キモい”と言ってくれたほうが表現が軟らかい気がする。ふん。まあいい。今の俺はどんな心の傷を瞬時に治す特効薬を入手した。
さて、この坂野美里直筆サインを飾るための額縁を買ってこなければならないな。家宝にしよう。
「勇気さん、何か良いことでもあったんですか?」
自然と美里さんが声を当てたアニメの鼻歌を奏でたくなるな。
「あ、分かりますか?」
「はい」
「何あったの、ユーキお兄ちゃん」
フフン。それは秘密にしておこうか。他人には美里さんの良さは分からんのさ。
「まあ、占いは信じるべきモノだと言うのがよく分かりましたよ。雪香はどうだった? 飴が降ってきたか?」
雪香は満面の笑みを咲かせ、
「うん! 学校で飴撒き大会やって、たくさん飴拾ったー」
豆じゃなく、飴をバラマくのか。最近の学校行事はよく分からん。だが、雪香も当たってるとは、クリスタル伊佐木……侮れんな。
『クリスタル伊佐木が逮捕されました』
と、TVのニュースから流れた。どういうことかと、注目する。
『自称占い師のクリスタル伊佐木。本名佐々木伊佐木(42)が、昼頃、事務所に警察の家宅捜索が入り、色々な容疑で逮捕されました。クリスタル伊佐木は、朝の占いコーナーで人気を博していましたが、近日の占いは、ふざけすぎてる、当たらない、など苦情が殺到し、クリスタル伊佐木が以前より販売していた壷に関しても、色々あり色々とあって、逮捕に至ったようです』
うん。色々あったみたいだね。やはり胡散臭い奴だったということか。だが、俺への占いは見事すぎるくらい当たったがな……。
坂野美里のブログが更新されていた。
『こんばんはー
休暇中で只今旅先から書いてます(^O^)
今日一つ嬉しい出来事がありました
旅先で店名が面白いなと思って立ち寄った喫茶店の店員さんなんですが
ワタシのファンだったんです(≧∇≦)
このブログも見てくれてるとも言ってくれました。見てますかー?
その喫茶店のマスターさんがとても可愛いな人で思わず見取れてしまいました(照)
また機会があれば行ってみたいと思う
良い雰囲気の喫茶店でした(^O^)
では皆さんおやすみなさい』
見てますよー! と、叫びたい。
あと、カフェで撮っていたメニューの写真が載せてある。実によく撮れてるな。
今日は俺の人生で一番幸せな一日と行っても過言ではないだろう。