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魔界荘の温泉旅行(4)

 湖に映る空のような水色のセミロングの髪。二次元世界の美少女キャラのように奇抜な色だが、実に良く似合っていた。

 キリッとつり上がった気の強そうな瞳は、サファイアのように青く澄んでいる。その見た目通り、気の強そうな空気を身体から醸し出しており、服装は水色のミニスカートに白のチューブトップと大胆な格好である。水風船のような胸だから破壊力は抜群だ。これでデレがあれば完璧なのだが、残念なことに未だそんな面は窺えることはなく、そのチャンスも自らのウッカリした発言により水泡のように無くなってしまった。


「お邪魔しましたー」

 水の精霊の家、玄関先。雪乃さんが代表して辞去の挨拶を述べている。

 ちなみに、俺がこの家にいた時間は体感的に数十分もない。実際の時はその何倍も経過していたらしい。何故俺と現実の時間の齟齬が発生したかというと、気を失っていたからである。水の精霊の怒りを買って。この旅行で三回目の気絶だ。

「実に楽しい時間でしたね」

 誰に対しての台詞かは分からないが、或いは独り言を荒木さんは漏らす。これは俺への嫌みのつもりともとれるな。

「では、旅館に戻りましょうか」

 雪乃さんが言って、皆が歩き出すが俺だけは足取りが重く感じているようだ。気絶した後遺症ではなく、帰り道のことを考えると誰しもそうなる。人間ならな。




「あの」

「なに」

「ここは何処なんでしょう?」

「森」

「他のみんなはどこにいるんでしょうね」

「解らない」

「これって遭難ですかね?」

「そう」

「そうなんです」

「…………」

 ここで黙んないでくれ魅栗さん。俺だって必死で場の空気を盛り上げたかったんだから。

 さて問題だ、既に陽が落ち闇に包まれた深い森の中。出口も判らない。装備もなく非常食もない人間はこれからどうなるでしょう。

 答えは考えたくもない。死神は隣に居てくれてるが休暇の身だし、仕事はさせらんないからな。

「とりあえず歩きましょうか」

 小さく魅栗さんは頷き、歩き出した。黒い衣服だから見失わないようについて行かなければな。ここではぐれたら本当に命が危ない。いや、今も十分に危ういが不思議とそう感じないのは、魅栗さんがちっとも危機的なオーラを発していないからだろうか。

 考えてみたら、方角も定かじゃない状況で闇雲に歩き続けるのは、沼地でもがくのと同じではないかとは思う。雪乃さん達が探しにくるのを待つ方が生存率は高いだろう。だが、そんな冷静を保った思考なんざいざ遭難に陥れば働かないもんだな。


「み、魅栗さーん! どこですかー!」

 俺の叫びを返してくれる声はない。

 あと、冷静な思考を取り戻したのはいいが、考えに浸りすぎて視認する精度を弱めるのはお勧めしない。それもパートナーが闇に紛れるかのように黒一色の服や髪の場合は特に。

 そうだ。魅栗さんともはぐれた。

 いや、ここは魅栗さんと二人きりで遭難を乗り切るシナリオだろうに。俺一人じゃどうにもならんだろ。

 風もこうも闇といっしょになると不気味だな。木々の葉が揺れる音もホラーに相応しいBGMと化している。

 いやはや。日光の有無でこうも森は変わるかね。

 まあ、はぐれたといっても魅栗さんはまだ近くにはいるだろう。人間の能力を超えた空間移動してない限りは……。




 悪い予感的中。あれから体感時間で一時間は探しただろうが、魅栗さんの姿は影も形も見えやしない。つか、死亡フラグが立ったんじゃないかこの状況。俺が雪乃さんに会いたいと願ったら、変わりに死神が現れんじゃ無かろうか。それが魅栗さんだと嬉しいが……と。

 ん。何か聞こえる。

 木々のざわめきじゃない。

 水音と。

「……お湯……す……」

 これが雪乃さんの声だと俺の地獄耳(雪乃さん限定)が断定した。方角はあっちからだな。

 旅館に戻れたという喜びは後にしておこう。目の前は天国があった。正確にはそびえ立つ木の板を越えた先にだが。

 雪乃さんの声を道しるべに出た先は、旅館の露天風呂に面した場所。山の景色を楽しめる造りのため少しズレてたら、雪乃さん(裸)と鉢合わせになるトコだったが、運良く木の板が目隠しになってくれている位置に出てよかった。

 つまりは、この先に広がるのはユートピアというわけだ。

 だが、覗くなんて野暮な真似はしない。何故なら、ここの露天風呂は混浴だからである。覗き魔という汚名を被る必要もなく、堂々と雪乃さんとの裸の付き合いをできるわけだ。早速決行だ。


「おう、日野。遅かったなあ! 心配したんだぞお!」

 入り口で黒木さんとエンカウントした。バシバシと頭を叩いてきた。痛い。おまけに酒臭い。

「すいません。疲れたんでひとっ風呂入ってきます」

「おう」

 俺は黒木さんを適当にやり過ごし、桃源郷へ急ぐ。今更ながらこの宿の名前に嘘偽りがないことを実感する。女将さん疑ってすまなかった。

 ラスト十メートルを走るランナーの気分で雪乃さん達が待つ栄光の露天風呂への扉の前に来た俺の目には、一位でゴールしたと思ったら周回遅れという事実を知ったランナーのように落胆を知らせてくれる木札が掛けられていた。

『只今女性専用』

 墨で書かれた達筆な字だな。女将さんが書いたのかね。

「あ、すいません。露天風呂の方は今女性貸し切り中になってます」

 ん。それは見れば分かる。と、心の内で言いながら、声の方を向くといつぞやの布団メガネっ娘がいた。

「ここって混浴じゃ……?」

 訊ねて後悔する。これだと混浴目当ての下心丸出しの客だと思われるじゃないか。否定はする。俺は断じて裸体が見たいわけじゃない。雪乃さんとのんびり湯に浸かりたいだけだ。やましくはない。

「普段はそうなんですけど、お客様の要望があればこういったサービスもしてるんです」

 この山奥の旅館でそんなサービスしなくてもいいじゃないか。

「そうなんですか」

「こんな山奥でお客さんもあまり来ませんし、必要ないとも思ったんですけど、お婆ちゃんが提案したんです。実はこのサービス使われたの今日が初めてなんです」

 クッ……よりによって今日か。

「ああ、あの女将さんですか」

 はい。とメガネ娘は頷く。やっぱり孫だったんだな。

「正確には曾々お婆ちゃんなんですけどね」

「……いくつなんです?」

「確か、百五十は越えたと言ってました。昔に」

 おい。ギネス審議委員よ、ここに長寿世界記録が存在するぞ。何歳かは定かじゃないがな。しかし、驚きはしないのは魔界関係の免疫なんだろうな。

「じゃあ、仕事が残ってるんで。ごゆっくりどうぞ」

 ペコリとお辞儀をし、小走りのメガネ娘を見送る。あ、ここで働いてるのか、或いは黄金週間だから助っ人に来てるのか訊いとけば良かったな。年齢は分からないが学生なら、ここから通うのは難しいだろうし。ただの興味本位だが。




『敗北!』

 液晶モニターには負けを告げる熟語がデカく映っている。そしてコンティニューをするか否かのカウントが始まっている。ちなみに俺はステージ背景の歌舞伎風な絵が敗北と告げる演出が好きだ。

 旅館の遊戯室。

 そこに設置されているゲーム『サムライ大戦ZZダブルゼータ』は対戦格闘ゲームだ。シリーズ五作目になる今作はネット対戦も可能になり、今もゲーセンでは猛者達が腕を競っているのだろう。

 かく言う俺も、前作の家庭版を購入し、一人で黙々とプレイし続けた結果、腕には自信があった。だが、今の対戦は惨敗となった。

 そりゃそうだよな。対人戦とCOMとの戦いじゃ動きが違うさ。井の中の蛙とはまさにこのことだろう。言い訳になるが家庭用のコントローラーとこの機台のスティックじゃ操作感覚も違うからな。思った動きができなかったし。負けても仕方ないさ。

「ユーキおにいちゃん!」

 と、雪香ちゃんの声と共に首に鉄アレイが連なった首飾りを掛けられたような衝撃が走る。つまりは雪香ちゃんが思い切り俺の首に飛びついてきたわけだね。

「いい景色でしたよー。勇気さんも露天風呂に入ってきたらどうですか?」

 髪を湿らせた湯上がり美女の雪乃さんがいない露天風呂なんざ、葉の散った紅葉スポットのように意味のない場所ですが、勧められたら入るしかないでしょう。つか、俺の遭難未遂事件は無視ですか。

「コレやってたの。中々面白かったわ」

 湯上がり美女その二こと天使さん。うん、目の保養……いや毒なナイスバディだな。浴衣からこぼれそうだな。

「対戦します?」

「いいわよ」

 掛かった。俺は脳内でガッツポーズをした。天使さんはおそらく今日が初プレイだろう。腕も大したことはないとみる。悪いが快勝して先ほど負けた鬱憤を晴らさせてもらうぜ。雪乃さんに格好いい姿を見せれるしな。まあ、手加減はするけど。ギリギリで勝つぐらい素人相手には容易いさ。

 さて、始まったこの対戦。

 天使さんはジューベエか。扱いが難しい玄人向きキャラだな。素人はロクに使いこなせるわけがないな。

 一方俺のキャラはムサシだ。誰にでも扱いやすく、能力も高い良キャラだ。キャラ選択から勝敗は決したようなもンだな。

 台の向こう側で悔しがる天使さんの表情が見れないのが残念だ。もしかしたら泣くかもしれん。プライドが高そうな人だし。想像しただけで萌える。




「……クッ……ヒック……」

「雑魚ね」

「おねーちゃんつよーい!」

 あれ。何で俺が泣いてんだ……。画面には土下座するムサシの姿が流れている。つまりは敗北を意味する。

「天使さん、コレやったことあるんですか?」

「今日が初めてだけど」

 初めての人に負けたのか……俺は。しかもジューベエに。あんなに攻撃の激しいジューベエみたことねー。

 まあ、仕方ない。天使さんをみくびってたのは事実だ。ここは他の人と対戦して俺が強いというのを認識させねば。

 雪香ちゃん……はないか。子供をイジメる趣味はないさ。

 雪乃さんは危険な気がする。初めてだろうが、俺の敗北するビジョンが見える。ならば、

「魅栗さん、対戦しませんか?」

 やや遅れてやってきた湯上がり美女その三は小さく頷いて、対面の台に座した。悪いが悔し(以下略)やるぜ。

 ここはもう手加減とかいってられんからな。俺は最強キャラであるコジローを使わしてもらうか。魅栗さんはミツルギか。そいつは上級者でも使い難く、下手に使ったら初心者にも負ける超玄人向けキャラだぞ。何故多数いる中からそいつを選ぶのか。

 俺の勝ちは既に決定されたようなもんだな。魅栗さんは負けても気にせず無表情だとは思うが、万が一悔しがる意外な一面見れたりしたらラッキーだな。




「…………」

「大丈夫ですか、勇気さん」

 オチは既に分かっていたと思う。

 俺はまた負けた。

 あんな強いミツルギはみたことがない。

 雪乃さんに慰められてしまった。

 もしかしたら俺は井の中ですらなく、コップの中のオタマジャクシなのかもしれないな。


 俺は目の前が真っ暗になった。


 今回の旅行は気絶ばっかりであった。



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