プロローグ:正しさの代償
はじめまして。
社畜スレイヤーです。
この作品は、合理主義の社長が“魔王”として転生し、世界を最適化していく物語です。
剣と魔法の世界で、感情ではなく「効率」と「構造」で支配していく主人公と、そんな彼に振り回されながらも惹かれていく配下たちを描いていきます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
会議室は、異様なほど静かだった。
空調の音だけが天井から降ってきて、長机に並べられた資料の端をかすかに揺らしている。スクリーンには赤字のグラフが映し出されていた。売上は落ち続け、利益率は悪化し、将来予測の線は回復どころか、さらに深い谷へと沈んでいる。
誰も、その数字を直視しようとはしなかった。
見れば、結論が分かってしまうからだ。
ただ一人、黒崎レオだけが違った。
彼は資料に目を落としたまま、ページの端を整える。その指先の動きには迷いがなく、すでに出ている答えを確認するだけの作業のように見えた。
「この部門は、即時解体だ」
その一言が落ちた瞬間、空気がわずかに軋んだ。
向かいに座る部長が、喉の奥で息を詰まらせるような音を立てる。隣にいた若い社員は何かを言おうとして口を開いたが、言葉が出る前に視線を落とした。
誰もが分かっている。
この判断が“正しい”ことを。
それでも、納得はできない。
「……社長、それでは」
部長がようやく声を絞り出した。
「百名以上が職を失います」
黒崎はゆっくりと顔を上げる。その視線は、感情ではなく“確認”のためのものだった。
「だから何だ」
短い言葉だったが、その場にいた全員の表情を固めるには十分だった。
「赤字部門を維持する理由にはならない」
黒崎は続ける。
「現状維持は損失の拡大だ。ならば切る。それだけの話だ」
若い社員が、堪えきれずに口を開いた。
「ですが、再建の可能性も——」
「ない」
言葉を被せるように否定する。
黒崎は資料を軽く叩いた。その乾いた音が、やけに大きく響く。
「回復曲線が存在しない以上、継続は非合理だ」
反論は出ない。
出せないのではなく、出せない。
それが事実だからだ。
それでも、誰かが小さく言った。
「……人がいるんですよ」
声は震えていた。
「家族も、生活も……全部かかってるんです」
黒崎はその言葉を聞いても、眉一つ動かさなかった。
「関係ない」
静かに、断言する。
「会社は慈善事業ではない。生き残るためには、切り捨てが必要だ」
その一言で、会議は終わった。
会議室を出た瞬間、空気の質が変わった。
廊下を歩く社員たちは、どこかぎこちない動きをしている。視線を逸らす者、必要以上に距離を取る者、足早にその場を離れる者。
黒崎はそれを、ただの現象として受け止めた。
(無駄が減る)
雑談や感情のやり取りは、業務効率を下げる要因に過ぎない。それが排除されるなら、むしろ好ましい変化だと判断する。
夜になり、地下駐車場に降りると、ひんやりとした空気が体を包んだ。足音がコンクリートに反響し、やけに大きく響く。
その音に混じるように、背後から声がした。
「……社長」
振り返る。
そこにいたのは、今日切り捨てた部署の社員だった。ネクタイは緩み、目は赤く腫れ、手にはナイフが握られている。
黒崎は一歩も動かなかった。
(予測可能な行動)
そう判断する。
「どうした」
感情のない声で問いかける。
男は一歩、近づいた。
「俺……あの部署に全部賭けてたんです」
「そうか」
短く返す。
「家も買ったばっかで……子供も……」
「それでも、切るしかない」
言葉を遮る。
迷いはない。
それが最適だからだ。
男の手が震える。
「……あんたは、正しいんでしょうね」
「当然だ」
黒崎は即答する。
「俺の判断は、最善だ」
その瞬間、男の顔が崩れた。
怒りでも、狂気でもない。ただの絶望だった。
「でも——俺にとっては全部終わりなんだよ!!」
ナイフが振り下ろされる。
黒崎は動かなかった。
避けることはできた。
だが——
(ここで避けても、本質は変わらない)
刃が腹に突き刺さる。
鈍い衝撃と共に、熱が広がる。
血が床に滴り落ちる音が、やけに鮮明に聞こえた。
それでも黒崎は、男から目を逸らさなかった。
「……非効率だな」
「……え?」
男の動きが止まる。
「俺を殺しても、お前の状況は改善しない」
事実を述べる。
それだけだった。
男の目から涙がこぼれ落ちる。
「……なんで……そんな……」
黒崎は静かに答える。
「当然のことを言っているだけだ」
そして、最後まで変わらない言葉を口にする。
「俺は、正しい」
膝の力が抜け、体がそのまま床へ崩れ落ちる。視界が揺れ、天井の蛍光灯がにじんで見えた。耳に入っていた音も、まるで水の中に沈んだように遠ざかっていく。
(問題ない)
意識の奥で、黒崎はそう判断していた。
会社は守られる。それでいい。
あの判断は、最適だった。
そう思う。
思うはずだった。
だが、その結論にわずかな“ズレ”が生まれる。
頭に浮かんだのは、あの男の顔だった。怒りではなく、ただ絶望に歪んでいた表情。
(……他の選択は)
一瞬だけ考える。
だが、すぐに切り捨てる。
不要だ。非合理だ。
それでも、その違和感は完全には消えなかった。
「——お前は正しい」
声が響く。
どこからともなく。
「だが、不完全だ」
黒崎は問い返す。
(……何が違う)
「合理だけでは、人は従わない」
わずかな沈黙の後、その答えは落ちてきた。
「支配せよ」
その言葉は、不思議と納得できた。
「今度は、“王”としてな」
世界が歪む。
視界が反転する。
意識が引き裂かれる。
そして。
次に目を開けた時。
黒崎レオは——
魔王アザゼル=ヴァル=ノクスとして、玉座に座っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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今後は四天王やヒロイン、そして強敵との戦いなど、さらに物語を広げていく予定です。
次話もできるだけ早く更新しますので、ぜひよろしくお願いします。
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