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生徒会長は睡眠でも揺るがない

白鷺雪乃は規則正しい生活を送っている。


 毎日同じ時間に寝て、


 同じ時間に起きて、


 同じ時間に家を出る。


 それが習慣だった。


 例外はない。


 少なくとも、


 昨日までは。


「……」


 眠れなかった。


 一睡もできなかった。


 原因は明確だった。


「……助かります」


 スマートフォンの画面を見つめる。


 既読のまま止まっているメッセージ。


 短い。


 ただの業務連絡。


 だが。


「……」


 何度も読んだ。


 十回。


 二十回。


 三十回。


 もう数えていない。


(助かったって)


 誰にでも言う言葉だ。


 特別ではない。


 意味はない。


 わかっている。


 理解している。


 理解しているのに。


(助かったって言われた)


 嬉しかった。


 異常なほど嬉しかった。


「……」


 時計を見る。


 午前三時だった。


「……」


 もう一度見る。


 午前四時だった。


「……」


 もう一度見る。


 午前五時だった。


「……」


 諦めた。


 起きた。


 制服に着替えた。


 髪を整えた。


 鏡を見る。


「……」


 顔が少し赤い気がした。


 気のせいではない気がした。


「姉ちゃん」


 背後から声がした。


 蒼だった。


「寝てないでしょ」


「寝ました」


「嘘だ」


「寝ました」


「白峰先輩のこと考えてたでしょ」


「違います」


「顔見ればわかる」


「違います」


「クマできてるよ」


「違います」


「姉ちゃん」


「何ですか」


「終わってるね」


「終わってません」


 だが少しだけ、


 声が弱かった。



 登校中。


 歩きながら考える。


 考えないようにしているのに、


 考えてしまう。


(今日会う)


 当たり前だ。


 同じ学校なのだから。


(生徒会室で会う)


 当たり前だ。


 書記なのだから。


(隣に座る)


 当たり前だ。


 三年間ずっとそうだったのだから。


 なのに。


(どうすればいい)


 わからない。


 距離が、


 昨日より近い気がする。


 何も変わっていないのに。


 何も変わっていないはずなのに。


(……悠くん)


 立ち止まった。


 危なかった。


 声に出ていたかもしれない。


「……」


 深呼吸する。


 落ち着く。


 冷静になる。


 私は生徒会長だ。


 問題ない。


 平常通りだ。


 完璧だ。


 いつも通りだ。


 何も問題はない。


「おはようございます」


 声がした。


 すぐ近くで。


 知っている声だった。


 一番知っている声だった。


「……」


 ゆっくり振り向く。


 そこにいたのは、


 白峰悠だった。


「おはようございます、会長」


 いつも通りだった。


 距離も。


 声も。


 表情も。


 全部いつも通りだった。


 なのに。


「……おはようございます」


 それだけ言うのに、


 少し時間がかかった。


「昨日はありがとうございました」


 白峰が言う。


「資料の件、助かりました」


「……いえ」


 また言われた。


 助かったって。


 また言われた。


「……問題ありません」


 視線を合わせられない。


 いつもは合わせていたのに。


 昨日までは普通だったのに。


「会長?」


「……何ですか」


「体調悪いですか?」


 気づかれた。


 一瞬で。


「悪くありません」


「寝不足ですか?」


「問題ありません」


「本当に?」


「問題ありません」


 三回言った。


 三回とも説得力がなかった。


 白峰は少しだけ首を傾げた。


「無理しないでくださいね」


「……はい」


 その一言で、


 また心臓が跳ねた。


(優しい)


 知っていた。


 三年間知っていた。


 でも。


 今日の優しさは、


 少し違った。


「では先に行きますね」


「……はい」


 白峰が歩き出す。


 その背中を見送る。


 そして。


 誰にも聞こえない声で、


 小さく呟いた。


「……悠くん」


 呼べた。


 今度は自然に呼べた。


 本人には聞こえていなかったけれど。


 それだけで、


 少しだけ嬉しかった。


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