生徒会長は連絡も揺るがない
白鷺雪乃は冷静である。
少なくとも、
生徒会長としては。
「……」
だが今は違った。
スマートフォンの画面が、
恐ろしい。
通知:
『生徒会共有連絡:明日の資料について』
送信者:
白峰 悠
「……」
個人連絡だった。
共有連絡ではない。
個人連絡だった。
(どうして個人なの)
意味があるのか。
ないのか。
いやある。
あるに決まっている。
なぜなら――
(私に送ってきている)
当然だ。
宛先が自分だから。
だが問題はそこではない。
問題は。
(返信しないと)
しないといけない。
生徒会長だから。
仕事だから。
義務だから。
つまりこれは。
業務連絡だ。
業務連絡。
業務連絡。
業務連絡。
「……」
深呼吸した。
画面を開く。
⸻
『明日の会議資料、前回の議事録の修正版を使う予定ですが問題ありませんか?』
⸻
丁寧だった。
いつも通りだった。
完璧だった。
だからこそ。
(返信が重い)
これは重要な返信になる。
たぶん人生で一番重要な返信になる。
間違えてはいけない。
誤字は許されない。
軽さはもっと許されない。
距離感も重要だ。
(近すぎてもだめ)
(遠すぎてもだめ)
まず入力する。
『問題ありません』
削除した。
冷たい。
冷たすぎる。
業務的すぎる。
生徒会長としては正解だが、
人としてどうなのか。
もう一度入力する。
『問題ありません。ありがとうございます』
止まる。
ありがとうございます?
距離が遠い。
他人すぎる。
三年間隣に座っているのに。
他人はない。
削除した。
「……」
時間が経過した。
五分。
十分。
十五分。
まだ送れていない。
「姉ちゃん」
ドアが開いた。
蒼だった。
「……入らないでください」
「まだ返信してないの」
「していません」
「なんで」
「慎重に検討しています」
「業務連絡だよね」
「そうです」
「じゃあ“問題ありません”でいいじゃん」
「よくありません」
「なんで」
「よくありません」
「好きだから?」
「違います」
即答だった。
だが目が泳いだ。
「じゃあ見せて」
「見せません」
「絶対“ありがとうございます”って書いてたでしょ」
「書いてません」
「消したでしょ」
「消してません」
「姉ちゃん」
「何ですか」
「もう三十分経ってるよ」
「……」
スマホを見る。
本当だった。
三十分だった。
「既読ついてる?」
「ついています」
「終わったね」
「終わってません」
「終わったね」
「終わってません」
「終わったね」
「終わってません!!」
勢いで送った。
しまった。
送信された。
画面を見る。
⸻
『問題ありません』
⸻
「……」
短い。
冷たい。
硬い。
最低だった。
「終わったね」
「終わってません」
そのときだった。
通知が来た。
⸻
『ありがとうございます。助かります』
⸻
止まる。
呼吸が止まる。
心臓が跳ねる。
「……」
短い返信だった。
普通の返信だった。
だが。
「……助かります」
小さく復唱した。
「助かったって」
蒼が言う。
「助かりましたね」
「嬉しそうだね」
「嬉しくありません」
「口角上がってるよ」
「上がってません」
「姉ちゃん」
「何ですか」
「もう一通送れば?」
「送る理由がありません」
「あるじゃん」
「ありません」
「“何か他にもありますか?”とか」
「……」
止まった。
その発想はなかった。
「……」
入力欄を開く。
閉じる。
開く。
閉じる。
開く。
閉じる。
「無理でしょう……」
小さく呟いた。
そして画面を見つめながら、
さらに小さく言った。
「……悠くん」
送信は、
できなかった。




