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追放されたくて「無能」のフリをしていたのに、調律ミスで「神の御業」に変換されて聖女として崇められてしまうのですが!? ~今さら戻ってこいと言われても、もう手遅れ(物理)です~

作者: 月影の書記
掲載日:2025/12/31

本作は、有能すぎるがゆえに怠けられない悲劇のヒロイン(?)を描いた勘違いコメディです。

シルヴィアの絶望(読者の笑い)を、どうぞ最後までお楽しみください。

 これさえ終われば、私の輝かしい「全自動・寝たきりスローライフ」が始まる。王立魔法アカデミーの卒業記念、魔力適性測定試験。豪華絢爛ごうかけんらんな大講堂の壇上、私は目の前に鎮座する巨大な魔導水晶を見つめ、内心で不敵な笑みを浮かべていました。


 私の名前はシルヴィア。代々、王宮の裏方としてあらゆる魔導具の保守点検を担ってきた「工作員」の家系の末娘です。しかし、私には国家への忠誠心も、歴史に名を残す野望も一ミリグラムもありません。


 私の唯一にして究極の欲望は、一分一秒でも長く布団の中で芋虫のように丸まり、誰にも邪魔されずに微睡まどろむこと。そのためには、この「適性試験」で完膚なきまでの無能をさらし、王都から遠く離れた、何もない、つまり「何もしなくていい」辺境の地へ追放される必要がありました。


「シルヴィア様、顔に出ておりますよ。今、ものすごく不純なことを考えておいでですね?」


 背後から、冷ややかな、しかし聞き慣れた声がしました。私の専属従者であり、唯一の理解者(という名の監視役)であるエルモです。彼は整った顔立ちを眼鏡の奥で厳しく歪め、私の影に控えていました。


「エルモ、失礼ね。私は今、国家の未来と、自分の無力さに打ち震えている最中よ」


「嘘をおっしゃい。昨日、徹夜で『魔力測定器を物理的にバグらせて、見た目上の数値をゼロに固定する魔導回路』を自作していたのを、私は知っているんですよ」


「それは……効率的な退職活動と呼んでほしいわ」


「努力の方向が常に斜め上なのが、あなたの最大の欠点です。いいですか、普通にしていれば、あなたは歴代最高の魔導師として王宮に軟禁される。それが嫌だからといって、測定器を改造するなど言語道断。見つかれば不敬罪ですよ」


 エルモのツッコミを華麗にスルーし、私は壇上の中央へと進み出ました。観客席には、期待の眼差しを向ける国王陛下や、私を疎ましく思っている第一王子ジュリアンの姿が見えます。よろしい。今日、この瞬間、私は歴史上類を見ない「ゴミ・オブ・無能」として、この都を去るのです。


 私は水晶に両手をかざしました。私の真のスキルは、万物の魔力波形を自在に組み替える【精密調律】。昨夜の徹夜の成果が、今、火を噴く時です。


 私の本来の強大な魔力を、この水晶が「認識できないほど極小のゴミ」として処理するように、内部の魔力回路をリアルタイムで書き換えていきます。(完璧だわ……。私の魔力は、今やこの測定器にとっては『存在しないも同然』のノイズにまで調律された。さあ、出なさい!驚異の魔力値ゼロ!)


 私は全魔力を解放しました。本来なら、一国の軍隊を蒸発させるほどの膨大なエネルギーが、私の「調律」というフィルターを通って水晶へと流れ込みます。しかし。メキ、メキメキ……という、嫌な音が静まり返った講堂に響きました。


(あれ?何か変ね)


 私の計算では、水晶は「しん」と静まり返ったまま、針一つ動かさないはずでした。ところが、目の前の巨大な水晶は、見たこともないような不気味な七色の光を放ち、激しく振動し始めたのです。


「おい、シルヴィア!何をした!水晶が悲鳴を上げているぞ!」


 エルモが叫びながら駆け寄ってきますが、もう遅い。私の調律が完璧すぎたせいで、測定器の「上限」と「下限」が完全にクラッシュしてしまったのです。マイナス一万とプラス一億を同時に叩き出した計算機がどうなるか。答えは一つ。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォン!


 凄まじい爆音と共に、王国の至宝である魔力測定水晶が粉々に砕け散りました。爆風で吹き飛ばされそうになるスカートを押さえながら、私は呆然と立ち尽くしました。辺りには、水晶の破片がキラキラとダイヤモンドのように降り注いでいます。


「……やっちゃった」


 私は冷や汗を流しながら、エルモの方を振り返りました。


「ねえエルモ。これって、器物損壊で追放どころか、即刻処刑のコースじゃないかしら?」


「……いえ。シルヴィア様、周囲をよく見てください」


 エルモが指差す先では、国王陛下をはじめとする全貴族が、総立ちになってこちらを凝視していました。その瞳には怒りでも、落胆でもなく――見たこともないような「畏怖いふ」と「狂信」の色が浮かんでいます。


「おお……おおお!なんという、なんという奇跡だ!」


 ジュリアン王子が、震える声で叫びました。


「測定器が耐えきれぬほどの膨大な聖なる光!これはもはや魔力ではない!神の御業そのものではないか!かつて世界を創世したという、伝説の『無色の神光』が、今、シルヴィアの手によって顕現したのだ!」


「…………は?」


 私の口から、情けない声が漏れました。ちょっと待って。今、なんて言ったの?


「シルヴィア・フォン・アルメリアよ!お前こそが、建国以来の悲願であった『真の聖女』だ!今日からお前を、我が王国の至高なる守護女神として崇め奉ることをここに宣言する!」


「うおおおおおおおっ!聖女様万歳!聖女シルヴィア様万歳!」


 講堂を埋め尽くす大歓声。ひざまずき、涙を流して私を拝み始める人々。私は、自分が設計した「完璧な退職計画」が、わずか数秒で「終身雇用、しかも責任激増コース」へと調律ミスされたことを悟りました。


「……エルモ」


「はい、シルヴィア様」


「今から死んだふりをして、そのまま担ぎ出されて、墓地に埋められる前に逃亡してもいいかしら?」


「却下です。見てください、あのジュリアン王子のギラついた目を。今逃げたら、間違いなく国を挙げての『聖女捕獲作戦』が始まりますよ」


 こうして、私の「怠惰なスローライフ」への夢は、その第一歩目で粉々に砕け散ったのです。代わりに始まったのは、何をしても「さすがは聖女様!」と絶賛され、寝る間も惜しんで奇跡を強要される、地獄のような勘違い聖女生活でした。


 ◇


 聖女に就任してから一週間。私の生活は、控えめに言って「地獄」へと調律されていました。日の出と共に無理やり叩き起こされ、重厚すぎて肩が凝るどころか脱臼しそうな法衣を着せられ、夜遅くまで「奇跡の安売り」を強要される日々。私の輝かしいスローライフ計画は、今や見る影もありません。


「シルヴィア様、おはようございます。さあ、本日のスケジュールです。午前中は大聖堂での悩み相談三点、午後は干ばつに悩む村への遠隔降雨祈祷、夕方は新築される騎士団宿舎の結界張り、そして夜は国王陛下との晩餐会です。ちなみに、睡眠時間は三時間を確保しました。感謝してくださいね」


「エルモ、お願い。その三時間を三日分まとめて今すぐ私に提供して。そうすれば私は、来世まで続く深い眠りに落ちることができるわ」


「寝言は寝てから……と言いたいところですが、あなたは既に立ったまま寝ていますね。器用なことです」


 エルモは私の目の前で、容赦なく分厚い手帳をバタンと閉じました。私の部屋の隅には、国中から届いた「聖女様への贈り物」という名の、返信が必要な貢ぎ物が山積みになっています。


 これら全て、私が「怠けるための効率化」を追求した結果、うっかり魔力測定器を爆破させた報いだと思うと、自分の有能さが呪わしくて仕方がありません。


「聞いてエルモ。私、決めたわ。今日の降雨祈祷で、わざと『黒いすす』を降らせるわ。聖女が呪いの雨を降らせたとなれば、今度こそ不吉の象徴として辺境送りになるはずよ」


「またそんな無駄な努力を……。あなたの【精密調律】で気象魔法をいじるつもりでしょうが、加減を間違えないでくださいよ。前回、わざと聖水を腐らせようとして、なぜか『最高級のヴィンテージ・ワイン』に変えてしまった時の混乱を忘れたのですか?」


「あれは発酵の波形をいじりすぎただけよ!今回は大丈夫。完璧に『不快な黒い雨』をデザインしてみせるわ」


 私は、自分に課せられた「有能すぎる聖女」というレッテルを剥がすため、並々ならぬ情熱を注いでいました。


 午後、王都から馬車で数時間の場所にある、深刻な水不足に苦しむ村。そこには、干上がった大地で祈りを捧げる数百人の村人と、私の「奇跡」を監視(記録)するために付いてきたジュリアン王子の姿がありました。


「聖女シルヴィアよ!さあ、その神の如き力で、この哀れな民に救いの雨を授けるが良い!」


 ジュリアン王子が、相変わらず無駄に良い声で宣言します。私は内心で、「今に見てなさい、王子。あんたの金ピカの服を、二度と落ちない真っ黒な煤で染めてあげるんだから」と毒づきながら、祭壇へと登りました。


 私は銀の音叉おんさを手に取り、空の魔力波形にアクセスします。本来の降雨魔法は、大気中の水分を優雅に集める美しい旋律です。そこに私は、工場の煙突から出るような「煤」の波形と、真夏の生ゴミのような「悪臭」の周波数を、精密に、それはもう国家機密レベルの緻密さで練り込んでいきました。


(完璧だわ……。これぞ、怠惰な未来を勝ち取るための、暗黒の鎮魂歌レクイエム。降れ、真っ黒な絶望の雨!)


 私は精神を集中させ、音叉を力一杯振り抜きました。キィィィィィィィィィィィィィィィィィン!


 空気が震え、青空が一瞬にして重苦しい黒雲に覆われます。村人たちが恐怖に顔を強張こわばらせ、ジュリアン王子も「お、おお、これは……?」と動揺を見せ始めました。(そうよ、怖がりなさい!そして私を、今すぐクビにするのよ!)


 やがて、空からポツリ、ポツリと雫が落ちてきました。しかし。降ってきたのは、黒い煤でも、生ゴミの臭いがする水でもありませんでした。


 それは、太陽の光を反射してキラキラと輝く、見たこともないほど透明で美しい、真珠のような雨粒。しかも、その雨が地面に触れた瞬間、枯れ果てた大地からは一斉に花々が咲き乱れ、空気中には「極上のアロマテラピー」のような、心安らぐ聖なる香りが漂い始めたのです。


「……は?」


 私は本日二度目の、魂が抜けたような声を上げました。どういうこと?私は確かに、不快指数の極致のような波形を入力したはずなのに。


「おおお!奇跡だ!これはただの雨ではない!大地の毒を浄化し、命を芽吹かせる『生命の福音』だ!」


 村人たちが、歓喜の声を上げて雨の中に飛び込んでいきます。


「見てください!長年苦しんでいた神経痛が治りました!」


「うちの牛が、いきなり黄金のミルクを出し始めましたよ!」


 私は震える手でエルモの袖を掴みました。


「……エルモ。私、確かに黒い煤を降らせるように調律したわよね?」


「ええ、見ていましたよ。ただ、あなたの【精密調律】が文字通り『精密すぎた』のが仇となりましたね。あなたが不純物として混ぜようとした『煤』の粒子が、あまりに細かく整列しすぎてしまった結果、光を全反射する『魔法のプリズム』として機能してしまったようです」


「さらに『悪臭』の周波数は、極限まで圧縮された結果、脳の快楽物質を直接刺激する『究極の癒やしフレーバー』へと昇華されました。おめでとうございます、シルヴィア様。またしても伝説を作りましたね」


「い、いらない!そんな奇跡、一ミリも求めてない!」


 ジュリアン王子が興奮冷めやらぬ様子で駆け寄ってきて、私の両手をがっしりと握りしめました。


「シルヴィア!君はやはり、この国にとっての宝だ!この『薬膳アロマ・フラワー・レイン』があれば、我が国の医療費は半分になるだろう!さあ、次は隣の州の砂漠化を止めてもらいたい。今すぐ出発だ!」


「休ませてぇぇぇぇぇぇぇ!」


 私の絶叫は、降り注ぐ祝福の雨と村人たちの万歳三唱にかき消されました。馬車に押し込められる私を見送りながら、エルモが深く、深いため息をつきました。


「シルヴィア様。怠けるために全力を出すのは勝手ですが、その努力を少しでも『普通の聖女』として振る舞うことに使っていれば、今頃、お昼寝くらいはできていたと思いますよ」


 こうして、私の「有能隠し計画」は、出す策すべてが裏目に出るという、最悪の黄金ループに突入したのです。しかし、私は諦めません。


 ◇


「もう無理。限界。私のライフはもうゼロよ、エルモ。今すぐ私を土に還して。できれば日当たりの良い、静かな墓地がいいわ」


 私は王宮の自室に帰るなり、ふかふかのベッドにダイブしました。豪華な刺繍が施された天蓋付きのベッドは、今の私にとっては唯一のシェルターです。


「シルヴィア様、土に還る前に、隣国から届いた親書に目を通してください。あなたの『アロマ・レイン』が国境を越えて隣国の枯れ木まで開花させたらしく、あちらの国王が『これは宣戦布告か、それとも求婚か』と大混乱に陥っています」


「何なのよ、その究極の二択は!ただの調律ミスよ!ただの不祥事未遂よ!」


 私は枕に顔を埋めて絶叫しました。聖女として祭り上げられてからというもの、私の「怠けたい情熱」は、皮肉にも「国家規模の奇跡」へと変換され続けていました。


 私が「今日は体調が悪いから寝る」と言えば、「聖女様が民の病を一身に引き受けておられる!」と感動され、私が「面倒だから食事はパンだけでいい」と言えば、「聖女様の清貧な暮らしぶりに涙が止まらない!」と国中で断食ブームが起きる始末。


 このままでは、私は「一生働かなくていいスローライフ」どころか、「一生働き続けなければならない聖人」として教科書に載ってしまいます。


「いいわ、エルモ。こうなったら最後の手段よ。王宮の地下深く、初代国王が封印したとされる『始祖魔王の残滓ざんし』を開放するわ」


「……本気ですか?あれは触れるだけで精神が汚染され、存在そのものが消滅すると言われている禁忌中の禁忌ですよ」


 エルモが珍しく真剣な表情で眼鏡を押し上げました。


「分かってるわ。でも、私がその封印を『うっかり』解いて、ちょっとした騒動を起こせばいいの。世界を滅ぼすほどじゃない、王都の地下がちょっと黒いモヤで覆われるくらいの小規模な不祥事よ。そうすれば、私は『危険な力を制御できなかった偽聖女』として、即座に国外追放。エルモ、私を信じて。私は怠けるためなら、魔王の封印を解く努力だって惜しまない女よ!」


「その情熱を少しでも……いえ、もう何も言いません。勝手になさってください。私は出口で逃走用の馬車の準備をしておきますから」


「さすがエルモ、話が早いわね!」


 深夜。私たちは衛兵の目を盗み、王宮の最下層にある「開かずの間」へと侵入しました。そこには、幾重もの魔法鎖で縛られた、不気味な黒い石碑が鎮座していました。石碑からは、ドロリとした負のエネルギーが溢れ出し、周囲の空気を凍らせています。


「……うわあ。旋律がひどいことになってるわね。不協和音どころか、デスボイスの合唱みたいだわ」


 私は耳を塞ぎたくなりましたが、計画のために銀の音叉を構えました。計画はこうです。この石碑に施された「浄化の旋律」を、私の【精密調律】で「ちょびっとだけ」逆転させる。


 すると、封印が緩んで魔王の影が漏れ出し、私はパニックを起こしたフリをして逃げ出す。完璧です。


調律チューニング開始……。負の波動、増幅。混沌の周波数、入力……」


 私は全神経を集中させ、音叉を叩きました。キィィィィィィィィィィィィィィィィィン!


 その瞬間、石碑が真っ赤に発光し、地響きと共に亀裂が入りました。中から溢れ出すのは、千年前の怨念、絶望、そして純粋な暴力。(来た来た来た!これで私はクビよ!さよなら聖女、こんにちは冬眠生活!)


 しかし、想定外のことが起きました。あまりにも膨大で、あまりにも乱雑な魔王のエネルギーが、私の放った「調律の音」に反応し、驚くべき速度で「再構築」され始めたのです。


 私の【精密調律】は、対象が強大であればあるほど、その性質を根本から書き換えてしまう特性がありました。私が「不吉な影」として放出したはずの魔力は、音叉の振動に導かれ、何やら「知的で洗練された形」へと凝縮されていきます。


「……え?」


 煙が晴れた後、そこに立っていたのは、世界を滅ぼす異形の怪物ではありませんでした。それは、漆黒の燕尾服を完璧に着こなし、銀髪を後ろに流した、恐ろしく整った顔立ちの中年男性でした。彼は優雅に一礼し、私の前に膝をつきました。


「……永き眠りより目覚めさせし、我が新たなるあるじよ。この始祖魔王ゼノス、貴女様の深淵なる『調律』に心打たれました。これからは一介の執事として、貴女様のあらゆる望みを叶えることを誓いましょう」


「………………は?」


 私は本日何度目か分からない、魂の抜けた声を上げました。背後でエルモが、信じられないものを見る目で呟きました。


「……シルヴィア様。あなた、魔王の『殺戮本能』の波形を、こともあろうに『究極の奉仕精神』へと調律し直してしまいましたね。しかもこれ、魔力密度がエルモ十万人分くらいありますよ。これ一人がいれば、この国どころか大陸中の雑務が消滅します」


「い、いらない!魔王の執事なんて怖すぎるし、絶対に目立つじゃない!」


 その時です。


「何事だ!地下で凄まじい神聖な光が……っ!」


 異変を察知したジュリアン王子と騎士団が、部屋になだれ込んできました。彼らが見たのは、粉々に砕け散った「最悪の封印石」と、その前で伝説の魔王を跪かせ、平然と立っている私の姿でした。


「な……何ということだ……。封印されていた魔王の魂を、その慈悲深い調律で屈服させ、配下にしてしまうとは……!」


 ジュリアン王子の瞳に、これまで以上の狂信的な光が宿ります。


「シルヴィア!君は聖女を超えた……もはや、降臨せし女神だ!この奇跡を今すぐ全土に布告せねばならん!そして魔王よ、お前は聖女様のしもべとして、まずは王都の魔導インフラの全面改修を手伝うのだ!」


「御意。主の平穏を守るため、まずはこの国の汚れた排水溝からすべて『浄化(調律)』して差し上げましょう」


 魔王(執事)が、爽やかな笑顔で恐ろしいことを言い出しました。


「待って!話を聞いて!それは魔王なのよ!不祥事なの!私は世界を危機に晒した大罪人なのよぉぉぉ!」


 私の叫びは、またしても「謙虚すぎる女神の慈悲」として解釈されました。翌朝、新聞の一面には「聖女シルヴィア、魔王を改心させ、全自動掃除機へと調律する」という、もはや何が何だか分からない見出しが躍ることになります。


 私のスローライフへの扉は、魔王という名の「超高性能・過保護エンジン」が加わったことで、宇宙の彼方まで吹き飛んでいきました。


「シルヴィア様、諦めてください。あなたの『怠けるための努力』は、もはや人類の進化を数百年先取りしてしまっています」


 エルモの乾いた声が、地下室に虚しく響きました。


 ◇


「見てください、シルヴィア様。あなたの『不祥事未遂』のおかげで、この国のGDPが昨対比で三百パーセントを記録しましたよ。これもう、王国っていうよりは『シルヴィア教楽園州』ですね」


 エルモが、もはや感情の死滅したような声で、最新の統計資料を私の前に差し出しました。私の横では、燕尾服を着こなした元・始祖魔王ゼノスが、音もなく究極のハーブティーを淹れています。


「主よ。お疲れのようですので、魔界の最深部にのみ自生する『安眠の雫』を調合しておきました。これを飲めば、三日三晩、魂が宇宙を漂うような深い眠りにつけるでしょう。もちろん、その間の国政は私がすべて、全自動で『調律(片付け)』しておきますので」


「ゼノス……あなた、私のスローライフを応援してくれているのか、それとも私の人間廃人化を促進しているのか、どっちなの?」


「主の望みは私の望み。主が『寝たい』と仰るなら、世界を止めてでもその枕元を静寂で包むのが執事の務めです」


 魔王(執事)の爽やかな笑顔が、今は何よりも恐ろしい。


 あれから、私の人生は加速度的に「理想の正反対」へと突き進んでいました。地下室で解き放たれた魔王は、私の【精密調律】によって、殺戮本能をすべて「家事と事務処理への執着」へと変換されてしまいました。


 その結果、彼は王都のインフラ、行政システム、果ては隣国との外交問題までを、超高速の魔力演算で次々と解決。今や王国は、飢えも争いも、そして「役所での長い待ち時間」すらも存在しない、史上空前のユートピアと化していたのです。


 そしてそのすべての功績は、「魔王を改心させて従えた聖女シルヴィア様」の徳によるものだと、国中で信じ込まれていました。


「もう、こうなったら最終手段よ。エルモ、ゼノス。私、今日行われる『世界平和祈念式典』で、この国から魔力を消し去るわ」


「……はあ。またですか」


「いい、よく聞いて。今のこの異常な繁栄は、すべて魔力(魔法)に依存している。だったら、私が【精密調律】を使って、王都全域の魔力波形を『完全静止フリーズ』させてしまえばいいのよ」


「魔法が使えなくなれば、人々は私を『力を失った役立たず』として見限り、魔王だってただの中年男性に戻るはず。そうすれば、私はただの一般人として、辺境の静かな村で……」


「シルヴィア様、一つだけ確認ですが。その『魔力消失』の際、副作用として何か起きたりはしませんよね?」


「……たぶん、一瞬だけ世界が白く光るくらいじゃないかしら?大丈夫よ、私の計算は完璧だもの!」


 式典当日。王都中央広場には、私の姿を一目見ようと、数万人の群衆が詰めかけていました。「聖女様だ!」「女神様が微笑まれたぞ!」「今日、歴史が変わるんだ!」


 熱狂的な声援。もはや私を見る彼らの目は、アイドルを通り越して宗教的な法悦に浸っています。壇上に立ったジュリアン王子が、感極まった様子で私に跪きました。


「シルヴィア!君がもたらした平和は、もはや人類の枠を超えた。さあ、その聖なる響きで、世界を永遠の安らぎへと導いてくれ!」


「ええ……。ええ、導いてあげますわ。……地獄の底(失職)までね!」


 私は、手にした銀の音叉を、己の全魔力を込めて振り下ろしました。ターゲットは、この世界の基盤となっている「マナの根源」。私はその振動を、極限まで「静止」へと調律しました。


 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!


 世界から、音が消えました。視界が真っ白に染まり、物理法則そのものが一瞬だけ停止したかのような感覚。(やった……。これで、この国の魔法文明は終わりよ。私はただの、何もない女の子に戻るんだわ……!)


 やがて、光が収まりました。私は期待に胸を膨らませて、目を開けました。そこには、魔法が使えなくなって混乱する群衆と、無能を晒して震える私の姿があるはずでした。


 しかし。


「……な、なにこれ」


 目の前に広がっていたのは、以前にも増して輝きを放つ、もはや「神界」と見紛うばかりの王都の景色でした。崩れかけていた建物は白磁のような美しさを取り戻し、人々の体からは黄金のオーラが立ち上っています。


 さらには、広場の池から飛び出した魚たちが空を泳ぎ、道端の石ころが宝石へと変わり、全市民の顔から「疲れ」という概念が完全に消滅していました。


「お、おおおおおっ!神だ!本当に神が降臨された!」


 ジュリアン王子が、もはや言葉にならない絶叫を上げ、その場で五体投地を始めました。


「シルヴィア様は、有限の『魔力』という概念を終わらせ、無限の『神気』をこの地に定着させたのだ!これでもう、我々は食事も睡眠も必要とせず、ただ幸福の中だけで永遠に生きることができるのだ!」


「………………は?」


 私は、本日何度目か分からない、魂の断末魔を上げました。何が起きたの?私は確かに、魔力を止めたはずなのに。


「……シルヴィア様。あなたの【精密調律】が、ついに世界のことわりそのものを『バグらせ』ましたね」


 隣でエルモが、悟りを開いたような顔で呟きました。


「あなたが放った『静止』の波動は、あまりにも純粋すぎた。その結果、マナの劣化エントロピーまでもが停止してしまったんです。つまり、この世界は今後、一切のエネルギーを消費することなく、無限に繁栄し続ける『永久機関』へと昇華されました」


「当然、あなたの功績は神話として確定。おめでとうございます。あなたは今日から『終身雇用』を卒業し、『永遠雇用』の女神となりました」


「やだぁぁぁぁぁぁぁぁ!私はただ、一日中お布団の中でゴロゴロしたいだけなのよぉぉぉ!」


 私の絶叫は、天から降り注ぐ天使の合唱と、人類史上最大の歓喜の叫びにかき消されました。


 それから一ヶ月後。私は、王都の中央にそびえ立つ「シルヴィア大神殿」の奥深く、最上級のシルクで作られたベッドに横たわっていました。


 私の周りには、執事となった魔王ゼノスが完璧な温度で管理した空気と、エルモが全自動化させたスケジュール管理魔法が浮遊しています。


「主よ。本日の『全人類の幸福維持活動』ですが、主がそこで寝返りを打つだけで、すべての波動が調律されるようにシステムを組んでおきました。どうぞ、安心してお休みください」


「シルヴィア様、あなたの寝顔こそが世界平和の象徴だと、ジュリアン陛下(王子は昇格しました)が全世界にライブ配信することを決定しました。あなたの睡眠は、今や公共の福祉です。一秒たりとも無駄にはできませんよ」


 私は、涙を流しながら枕を濡らしました。確かに、私は今、何もしなくていい環境にいます。魔王がすべてを片付け、エルモがすべてを管理し、私はただベッドにいるだけでいい。


 けれど……けれど違うの!私が求めていたのは、こういう「監視された上での義務的な睡眠」じゃない!もっとこう、誰にも期待されず、昼過ぎまで寝過ごして「あー、今日一日無駄にしちゃったなー」と自分を甘やかす、あの自堕落な快楽だったのよ!


「聖女様、次の寝返りの時間です。角度は右に三十度。さあ、世界のために優雅に回転してください」


「…………もう、好きにして」


 私は諦めて、目を閉じました。私の「怠けたい」という不純な情熱が、世界を救いすぎてしまった。


 皮肉にも、世界で最も「自由」を求めた少女は、世界で最も「替えの利かない」存在として、永遠にそのベッドから出られなくなったのでした。


 キィーン……。


 どこからか、私の音叉が鳴ったような気がしました。それは、私の怠惰な夢が完璧に打ち砕かれた、美しすぎる敗北の旋律でした。

「有能な人が、その能力を全否定するために全力で働く」という矛盾した姿は、どこか滑稽で、けれど少しだけ格好いいのかもしれません。シルヴィアは今日も、豪華なベッドの上で「こんなはずじゃなかった」と嘆いていることでしょう。 また別の物語でお会いしましょう。

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