鉱石学校採掘課程 1
鉱石学校の初日は入学式など式典も無く、朝9時の講義から始まった。学生は100人ほどだろうか。ざっと4割が貴族、6割が平民のような印象をうける。平民は成人が多く、貴族は比較的若い世代が多い。平民で6歳のリリーは明らかに浮いていた。出席は学生番号で管理されており、リリーは名前を呼ばれないことに安堵した。
午前の講義が終わると、昼食休憩をはさんで午後からは鉱山で実習となる。学校から鉱山まで、約30分ほど歩いて移動する事になっていた。13時に学校を出発し、13時30分から採掘開始、17時30分で終了し寮へ戻るようだ。
プリシラが教えてくれたように、鉱山実習に向かうのは平民だけだった。
初心者である新入生達はまだ採掘の知識が無いため、上級生が掘った鉱石を運ぶ単純作業を命じられた。鉱石を採掘する場所と鉱石を運ぶ馬車を荷車で往復する作業だ。
単純ではあるが、春の日差しはジワジワと体力を奪う。2時間が経過した。2年生、3年生達は飄々と鉱石を掘っていくのに対し、数kmを何度も往復して新入生達は、バテ気味である。リリーは6歳の小さい体は余計に早く限界が来た。まばたきをすると視界がブラックアウトする。それだけならと耐えていたが手足が痺れてきた。このままだと倒れてしまう。
実習担当の教官...という名の現場監督にリリーはふらつきながら近づき話しかけた。
「あの、水って…」
「水?川があるだろ」
面倒くさそうにあしらいながら指さされたのは茶色い川だった。今は誰も川付近にはいないが、おそらくここでも滞留した砂金などをとるのだろう。
2年生以上は皆自分で持ってきたらしい革袋に水を入れてきているようだ。他の新入生はどうしようかと悩んでいるようだ。リリーの体は飲まないと確実に熱中症で倒れる。でも飲んだら別の要因で倒れる可能性がある。背に腹はかえられない。リリーはふらふらと泥川近くにうずくまった。震える手でできるだけ上澄みをすくい、おそるおそる口にした。
ぬるさと独特な匂いで、水を飲めたという喜びはない。ただ体は少し、ほんの少しマシになった。惨めさで頭が割れそうだ。悔しさで涙がこぼれそうだ。でも涙を流して余計な水分を更に失う訳にはいかない。あと、日没まで2時間耐えれば、寮の給水器で水が腹いっぱい飲める。
フラフラとリリーは立ち上がり、なんとか残りの時間の労働を終え、寮に帰った。
寮の食堂にある給水器で喉を潤して部屋に戻った。食事をする気力は無かった。自室の扉を閉めてしゃがみこむと涙が溢れてきた。
自分が毛嫌いしていた水商売も今になれば何が嫌だったのか分からない。母の水商売向きのお化粧や大事に着用するアクセサリー達を思い出すと余計に涙が出てきた。母が私を育てるために頑張ってくれていた事は分かっている。でも私は、一緒にご飯を食べて話をして眠って欲しかった。その寂しさをもたらす水商売が嫌だと思いこもうとしていた。お客さんより自分を見て欲しかった。かまってほしかった。
でも、もう私の現実はここにしかないんだ。ここに母はいない。今まで文句を言いながらも当たり前に享受していた清潔さも快適さもない。
泥臭く地を這いつくばって生きていくしかないんだ。
絶対に、絶対に、ここで金を稼いで爵位と官僚職を手に入れてやる。
しゃがみ込んだ体制から膝を床に付き、なんとか立ちあがろうと、太ももをぐっと握った。すると、固いものの感触があった。ポケットに何か入っている。
取り出すと黒くて小さくて石だった。鉱石だろうか。実習で鉱石を運搬している時に何度か転んでしまった。その時に転がりこんでいたようだ。
明日の労働終わりにこっそり成果に加えておこうか…と考え、いや待てよと思い留まる。リリーは賭けにでてみることにした。