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入学前日

鉱石学校に入学する前日、リリーは孤児院で共有しているボロのお下がりの服を1着貰って行くことになった。孤児院に引き取られた時に何か身元が分かる物とか預けられているのかな…と少し期待していたが、特に何もなかった。


セオドアの話を聞く限りでは、私は貴族の子の可能性が高いのではないかと思ったが、出生について探れるヒントはないらしい。そこまでは現実は甘くないようだ。


リリーは肩よりは長く腰までは届かない黒髪をドラ紐ではない普通の髪紐でひとつに束ね、貴族の迎えを待った。


やってきた馬車は思いのほか簡素なものだった。セオドアによると、どうやら商いを主に取り扱っている商人あがりの新興貴族らしい。


鉱石学校に入学している唯一の女性学生であるプリシラは、男爵家当主の一人娘だそうだ。


「この馬車は乗り心地があまり良くないの。あまり派手だと賊に狙われてしまうから…ごめんなさいね。でも用心棒がいるからそこは安心して」


「いえ、ありがとうございます」


「こんな小さな女の子が大人の男に混じって働くなんて…大丈夫なのかしら。心配だわ」


新天地へ向かう事に緊張していたリリーは、その言葉にふと我に返った。


「すみません、何か…髪を切るものありますか?」


唐突なお願いに困惑しながら、プリシラは護身用と思しき短剣を渡してくれた。柄には宝石が散りばめられている。売ったらしばらく遊んで暮らせそうな代物だ。いや、この世界では宝石は魔法の触媒だから、どちらかというとかなり実用的なのだろうか。


髪紐の少し上で思い切りよく髪を切り落とす。


「ありがとうございます」


短剣をプリシラに返し、手のひらにあるひとかたまりの髪を見つめた。なぜ私はこの長い髪をそのままに向かうつもりだったのか。


「え、えぇ…」


プリシラはやや強ばった顔で短剣を受け取った。


いきなり剣を振り回したらそりゃあ嫌な気持ちになるだろう。


「ごめんなさい、男の子に見えた方がいいかなと思って…。それに湯浴みも余りできないと思うと短い方が楽かな、と。」


「湯浴みの事ね。私の使用人の部屋を1つ貴方に貸す形になるから、使用人用の湯であれば一応毎日使えるわ。説明が遅くなってごめんなさい。でも、確かに男の子だと思われる方がいいかも知れないわね」


「やっぱり女性だと危険ですか?」


「うーん、女性というか、貴族は誘拐されるから基本的に鉱山での労働をしないの。」


物騒なワードに度肝を抜かれる。


「えっ」


「そのかわり、労働免除費を支払うの。それが平民達の給金にプラスされている形ね。鉱石学校では採掘課程の給金が1番高いのよ」


「そうなんですね。プリシラ様は今はどこの課程なんですか?」


「様はいらないわ。今年から加工課程1年目よ。ようやく実習ができるの。楽しみだわ」


嬉しそうに微笑む。


「女学生はプリシラさんと私だけなんですよね」


「そうね。少し嫌味を言われるけれど、使用人を連れているから実害は余り無いわ…」


プリシラの表情が曇る。紅一点で学ぶのは苦労が多いのだろう。使用人のいないリリーは男の子と思われた方が良さそうだ。性差がでない6歳児で良かった。リリーは少しホッとした。


「プリシラさんはどうして鉱石学校に入学したんですか」


「今は武器だと思われてしまうけど、いつか宝石を使ったアクセサリーを装身具として作ることが私の夢なの」


そう言ってリリーに貸してくれた短剣を撫でた。


リリーが綺麗だなと思った宝剣も、この世界の人にとっては物騒な武器なのだろう。


そういえば日本の母やその知り合いが、嬉しそうに宝石を身につけていた。辛い仕事に寄り添ってくれる相棒なのだと話していた。自身も幼い頃、鉱物図鑑を楽しく眺めていた事や、パワーストーンを身につけていた事を思い出した。


「素敵な夢だと思います」


プリシラは目をみはり、泣きそうな顔で笑った。


「ありがとう」


「いつか、私が一人前になれたら、プリシラさんの夢をお手伝いしたいです。」


働いて、魔法学校に入って、貴族になって、官僚として仕事をある程度したら。この世界の宝飾界に革命を起こすのだ。そんな想像をしてリリーはわくわくした。


生きることに精一杯だったこの1ヶ月でこわばった心は、将来を夢想する事で息を吹き返すようだった。


宝石についてプリシラと熱く語りあっていたら、鉱石学校の寮に到着した。平民寮と貴族寮に分かれ、貴族寮では使用人の部屋も用意されている。築年数はかなり経っていそうだ。平民寮は民宿、貴族寮はビジネスホテルみたいな印象だ。築プリシラの使用人部屋の1つに案内される。こぢんまりしたワンルームだ。想像したより綺麗な設備にホッとする。


「ここが使用人の湯浴み場よ。20時から年功序列で使えるようになっているの。」


一度湯を沸かしたらその後は放置されるようだ。高齢なものほど温かい湯を、若者は冷めた湯…ほぼ水で何とか頑張れという事なのだろう。


「1人30分ずつ使えるようにしてるの。私の使用人は6人いるから、リリーが使うのは夜中になっちゃうわね」


「使わせて貰えてありがたいです」

6歳児の自分が23時まで起きていられるとは思えないが、使わせて貰う事もあるかもしれない。髪を切って良かったと心から思った。


荷物を片付けたあと、食堂を案内してもらった。割とリーズナブル、との事だが1食500リッツはしそうである。3食食べたら1500リッツ、食費だけで9年間で50万かかる。一応給料天引き制になっているので、入学してすぐでも問題なく食べられるのは助かるが...

不安も空腹も寝るに限る。明日に備え早く寝ることにした。

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