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昼の交渉

翌昼、リリーは食堂でレイモンドを探す。

坊主の20代男性の横に華やかな美丈夫、レイモンドが座っていた。坊主は件の奢ってくれる先輩なのだろうか。それにしてもレイモンドはどこに居ても目立つ。探している身にはありがたい事だが。そろそろと近づいていく。


「お、リロじゃねえか。俺になんか用か?」


レイモンドは人好きのする笑顔を浮かべながら、こちらを値踏みするような眼でみてくる。


話しかけて貰えるとは好都合だ。それだけレイモンドはリリーの持つコネクションを求めているのだろう。


「食事中にすみません。レイモンド兄さんと話したい事があるんですが...2人になれる時間はありますか?」


「なんだデートのお誘いか。俺との時間は高いぞ?」

レイモンドの眼がギラリと光る。


武者震いを抑えながらリリーはまっすぐにその眼を見つめる。

「損はさせません」


レイモンドはチラリと食堂の時計を見た。実習開始まではまだ時間がある。口の端についていたソースをペロリと舐めとった。


「いいぜ、10分やるよ。ついてこい」


レイモンドと向かった先は空き教室だった。

「ここは俺が借りてるんだ」

鍵をチャリ、と鳴らしながらレイモンドは言った。入学して一年で、教官から空き部屋の鍵まで貸して貰えるほどの信頼関係を築いている。想像以上にレイモンドは人心掌握が上手いのだろう。

レイモンドに対して、”油断ならない隙を見せたらとって食われそうな相手”という印象を持っているリリーでさえ、彼に認められたいという気持ちが湧いてくる。華やかな見た目、ざっくらばんとした話し方、低くてよく通る声、立派な体格。


この人に褒められたい

この人に認められたい

この人に頼られたい


圧倒的強者の人間的魅力というべきだろうか。リリーは頭を振って雑念を追い出す。この男に屈服している場合ではない。この男と対等に取引ができる有能な弟分として認められなければならない。

ハッタリでも何でもいい、この魅力的すぎる男に2年間、傍に置いてもいいと思わせる価値を見せつけなくては。


「弟分として、兄さんに提供できるものを考えてきました」

「へぇ...殊勝な心がけだな」

「そして兄さんに可愛い弟を応援してほしい事があるんです」

「内容次第だ」


それはそうだ。でも多分興味は持っているはず。


「兄さんは僕に”別の仕事を頼まれる”と教えてくれましたよね。兄さんなら、その仕事の価値を僕より理解されていると思います」


「まぁ、そうだな」


「残念ながら僕は入学したばかりで、ここの実習の賃金を知りません」


「可哀想な事だ」


「僕は僕にだけ頼まれる仕事のリスクについては分かっているのに、その価値を知らない。それさえ知っていれば交渉のしがいもあるんですが...」


「お前の交渉が上手くいったところで、俺に何の得があるんだ?」

レイモンドが鼻で笑う


「僕は兄さんの欲しいものが分かっているつもりなんですが...」

「どうかな」

レイモンドか顎をあげて続きを促してくる


「これは今年の新入生の名簿です」


平民の名前が書かれた紙を差し出す。

「この俺が今年の入学者を知らないとでも?」

舐められたもんだな、とため息をつかれた。


「僕はこの通り幼いこどもです。こどもの前では多くの人が油断する。兄さんの望む情報を引き出す事も可能です」


「話にならないな」


それはそうだろう。この人がその気になれば陥落しない平民はいない。平民の名簿を左手に持ち替える。


「ではこれは?」


右ポケットからもう1枚の本命を取り出した。もちろんドラ紐から取り出す時と同じようにいきなり右手の中に登場させる。


レイモンドは何の仕掛けだ、とでも言わんばかりに訝しげにこちらを睨む。そしてリリーの右手の紙に記載された内容を見て、目を見開いた。


「貴族名簿か...!」


レイモンドが数歩こちらに近づいたため、貴族名簿を急いで右ポケットへしまう。レイモンドが字を読めるのかは分からないが念の為だ。


「僕はこの通り幼いこどもです。こどもの前では多くの人が油断する。兄さんの望む情報を引き出す事も可能です」


レイモンドの目が細められる。

「貴族は採掘過程の授業にも実習にも来ないぞ」


「僕は貴族寮で寝起きしているので」


レイモンドが一瞬悔しそうな顔をする。会話の初手に貴族寮の話をしたのはレイモンドだ。

”多くの人が油断する”

例にもれず自分もだと気づいたようだ。


「兄さんとの関係が良好であり続けるなら、こどもの無邪気さで”お世話になっている人を紹介したいんです”と言う事もできるでしょうね」


レイモンドは暫し考えて、笑いだした。


「ははは、これはお前の勝ちだな」

右手で長めの髪をかきあげる。

「お前の欲しい情報はなんだ」


「鉱石学校の課程毎の賃金、もし仮に兄さんが”ゴードンが僕に望む労働”をするならゴードンに求める報酬、兄さんから見たゴードンの人間性・趣味嗜好」


レイモンドは意外そうに瞬きをした。

「ゴードンの弱みはいらないのか?」


リリーは首を振った。

「それはゴードンと兄さんだけが扱うべきものです。僕の手には余ります。」


レイモンドは愛される人だ。彼だからこそ、弱点を握られても交渉すればいいか、と思われている可能性がある。変な情報を握ってしまえば、逆にこちらが恨まれかねない。レイモンドと違い、こちらはひ弱なこどもだ。命を狙われるリスクは少なければ少ないほどいい。


レイモンドは笑みを深めた。

「俺の考えが知りたいって訳か」


「兄さんの考えが知りたいのは弟として当たり前では?」


気をよくしたレイモンドはサラサラと情報を吐き出す。

「採掘課程25万、加工課程16万、鑑定課程19.5万。あ、採掘過程が高いのは知ってると思うが貴族の分だな。本来は12.5万だが2倍になってる。それと...あの仕事ねぇ、俺なら最低でも50万は貰っておくな。」


給料が思いのほかシビアである。セオドアは本当に私が学費を稼げると思っているのだろうか。あとで予算計画を立て直さねばならない。


「俺から見るとゴードンは分かりやすいやつだ。利益は最大限に、労力は最低限にしたい。分かりやすい利益を見せると食いつく。交渉は俺よりはしやすいと思うが...趣味ねぇ...」


レイモンドは記憶を頼りに情報を捻りだそうとしてくれている。


「あぁ、最近離婚して妻子が出てったらしい。ワインをチビチビやるのが癒しだって言っていたな」


「ありがとうございます兄さん」

情報としては十分だ。


「これからも頼らせてください」

そう言ってリリーは貴族名簿をレイモンドの手に滑り込ませる。

「これは、お兄様からのありがたいお言葉だ、覚えておけよ」

レイモンドがリリーを見る眼が先程とは変わっている。まるで同士を見るようなあたたかい笑顔だ。


「感情を揺さぶれ」


そう言うとリリーの頭にポンと手を置いた。リリーはコクコクと頷いた。レイモンドは懐に入れた人間には皆こうなのか。

(人たらしすぎる...)

高貴な猫が懐いてくれたような喜びが溢れる。猫は猫でも虎とかライオンとかその類だが...


空き教室の時計を確認すると時間はちょうど10分だ。慌ててリリーは退室する。

「じゃあ僕は実習に行ってきます」


「おう、明日からは一緒に飯を食おうぜ」


レイモンドは片手をあげて見送ってくれた。


(レイモンドはひとまず協力してくれそう。上手くいけばお昼ご飯もご馳走してもらえるかも。後はゴードンとの賃金交渉だけ)


上出来な結果に、実習へ向かう足取りは軽かった。

補足:文字は日本語や英語とは違うものですが、リリーは認識すると同時に翻訳がかかっている感じです。書く時も同様。日本語と同じように扱えるけど、日本語ではないみたいなニュアンス。ファンタジーです。

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