第9話 強敵ですわ! 助っ人ですか?
「お、お前ら! こいつを何とかしろ!」
ボンボン子爵がエリシアにステッキを突きつけられながら喚き散らす。格好はともかく、大人が幼女に追い詰められている姿は何とも情けない。
「ちっ、追加報酬は頂くからな!」
「やっちゃってくだせえ、アニキ!」
アニキと呼ばれた大男がエリシアに殴りかかる。サッカーボールほどの大きさの拳が彼女目掛けて振り下ろされる。
「おっと」
「グベッ!」
「ぐあっ!」
ステッキを立てた状態で持ったまま、エリシアはスライディングの要領で両足をジュニアの方へと滑らせる。彼女の両足はジュニアの顔面にめり込み、潰れたカエルのような声を上げる。同時に大男の拳はステッキと正面衝突する格好になり、拳に突き刺さったステッキによる痛みに悶えていた。
エリシアはステッキを軸にして体をコマのように回転させ、仰け反った大男を蹴り飛ばす。その先に立っていた男を巻き込んで壁まで吹き飛ばした。
「ぐぬぬ、何がC級冒険者だ。役立たずめ!」
C級冒険者とはエリートではないが、それなりの実力者という位置付け。だが幼女のエリシア相手に二人は手も足も出ない。ジュニアは役立たずと罵声を浴びせるも返事はない。
「く、くそっ。な、何が望みだ!」
「私は、正義の味方。ゆえに、悪を殲滅するのが、唯一の望み――ですわっ!」
「おっと、そいつに手を出すのは待ってもらおうか」
狼狽するジュニアにステッキを突きつけながら、エリシアは口角を上げて言い放つ。奥の扉が開くと同時に剣呑な声が響きわたり、ステッキの動きが止まる。否、声と共に放たれた殺気が彼女の身体に蛇のようにまとわりつき、指一本すら動かせなくしていた。
「だ、誰ですか?!」
「やっと来やがったか! だが、これでお前も終わりだ!」
「俺の名前はローニン。ただの雇われ用心棒だ」
一瞬にして形勢は逆転。エリシアはステッキを握る手に汗がじっとりと滲み、本能的な生命の危機に反射的に身構える。ジュニアは窮地に現れた切り札に、勝利を確信して、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「……」
「……」
エリシアはステッキを両手で斜めに構え、ローニンは剣を正眼に構えたまま、互いに一歩も動かない。二人の間に張りつめた緊迫した空気によって、お互い動くことができなかった。
「どうしたんですか? 来ないんですか?」
「ふっ、そんなことを言って……。後悔するぞ?」
「くっ……」
エリシアが緊張で額に汗をにじませながらローニンを煽る。応じるように一歩踏み出したローニンから放たれる圧によって、エリシアは無意識のうちに一歩下がっていた。
理性では下がるな、前へ出ろとエリシアの心がいくら命じても、危険を感じている本能が許さない。エリシアは、あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。
「さて、もう逃げ場はねえぜ。うらあああああ!」
「くっ!」
これ以上、下がることのできないエリシアは、気迫と共に振り下ろされるローニンの大剣をステッキで受け止める。体格の差、気合の差、技量の差、経験の差。こういった一つ一つの差が積み重なった結果、彼女のステッキはあっさりと弾き飛ばされ、勢いを保った大剣はエリシアの肩口を大きく抉る。
「ああああああッッ!」
衣装のお陰で切断まではされていないものの、激しい衝撃が鈍い痛みを伴って、エリシアに襲いかかる。
「うあああ、い、痛い……」
堪えきれなかった痛みにより、エリシアの口からうめき声が漏れうずくまる。
「おい、そのガキを押さえつけておけ!」
大勢が決したことで、勢いを取り戻したジュニアが勢いを取り戻してローニンに怒鳴りつける。
「へっへっへ。どうせもう傷物だ。だったら、俺が頂いても問題ねえだろ」
「くっ……」
下卑た笑みを浮かべながらジュニアが迫る。ローニンに押さえつけられながら痛みを堪えるエリシアには抵抗らしい抵抗もできない。悔しそうに顔をしかめるのがせいぜいだった。
「くくくっ、その痛みに比べたら大したことはねえよ。ま、すぐに良くなって痛みなんか忘れちまうかもなぁ?」
「それ以上、彼女に近づかないでもらおうか!」
「な、 何者だ?!」
エリシアの体にジュニアが触れようとした瞬間、辺りに優雅さをまとった男の声が響きわたる。エリシアが声のした方へ視線を向けると、そこには真っ白な甲冑を全身にまとった騎士が立っていた。顔はフルフェイスの兜で覆われて分からない。
「俺の名は『溺愛従士クライ』だッッ!」
名乗りと共に駆け寄って、ジュニアを正面に据えたまま、長剣を横一文字に薙ぎ払う。大剣と共にローニンがクライの前に立ち塞がり、斬撃を受け止めた。
「おっと、これでも金貰ってるんでね。お代の分は働かせてもらうぜ」
ローニンは身を屈めながら反撃の袈裟斬りを放つも、クライは後ろに回転しながら飛び退き、着地、ふたたび剣を正眼に構える。
「遊んでないで、早くやってしまえ! お前にいくら――」
ジュニアはローニンの後ろで震えながら罵声を浴びせるも、言い終わるより早く、ローニンの大剣の切先がジュニアの眼前に突きつけられた。
「ひぃっ!」
「邪魔だ。ケガしたくなかったら、大人しく離れてろ」
ローニンに凄まれて、這う這うの体で部屋の隅へとジュニアは逃げ出す。そして、ふたたびクライに向き直ると大剣を構える。
「ったく、しばらく会っていない間にずいぶん腕を上げたようだな、クラ――」
「クライだ。溺愛従士クライ」
そう言いながら、クライは視線をわずかにずらし、エリシアの方へと向ける。釣られるように、ローニンの意識もエリシアへと向かった。
「くくく、そういうことかい。若いっていいねぇ」
「黙れ! すぐに成敗してやるから覚悟しろ!」
「いいぜ、お前の鍛錬の成果。久々に見てやろう」
剣と剣のぶつかり合いは、お互い一歩も引くことなくせめぎ合う。ジュニアは震えながら部屋の隅で膝を抱え、エリシアは訳の分からない状況に首を傾げていた。鈍い痛みは残っているものの、急展開による
「クラウス殿下……。あんな格好をして恥ずかしくないのかしら? しかも『溺愛従士クライ』って名前も……。第一王子とはいえ王族、疲れていらっしゃるのでしょうね」
自分のことを棚上げにして、エリシアは彼の心の闇に少しだけ同情していた。そんなことを考えている間に、均衡は崩れ、クライがローニンの大剣を弾き飛ばし、彼の眼前に剣を突きつける。
「勝負ありだ」
「ははは、参ったなぁ。降参だよ」
ローニンは両手を挙げて戦意が無いことを示す。片手を懐に突っ込むと、ジャラジャラという音と共に革袋を取り出し、部屋の隅で震えているジュニアに投げつける。
「こいつは返しとくぜ。契約はキャンセルだ。違約金も入っているし問題ねえだろ?」
「なっ、お前、裏切るのか?!」
「人聞きの悪いことを言うない。俺には荷が重すぎるからキャンセルするだけだよ。じゃあな」
自らの大剣を拾い背中に収めると、ローニンは手を振って部屋から出ていった。一人残され、震えるジュニアの前にクライが立ちはだかる。
「さて、断罪の時間だ」
「ひっ、ひぃぃぃ。こ、殺さないでくれぇぇぇ」
「もちろん、殺さないさ。僕はね」
クライの声と共に、武装した騎士たちが部屋に押し寄せてきた。
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