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第8話 やっぱり攫われるんですね(予定通りですわ)!

 クラウスと話をした日の夕方、エリシアは平民らしい質素な服を着て王都の街をあてどもなく歩いていた。そんな彼女を陰から窺うように見つめている数名の男たちに気付いて、盛大にため息を漏らす。


「心配なのはわかりますが、もう少しまともな人間をつけてくださいませんこと?」


 エリシアの言葉に場の空気が緊迫したものに変わる。すれ違う人たちは彼女の言葉を聞いても、少しだけ不審な視線を送るだけだが、様子を窺っていた男たちは一番まともな一人を除いて気配が消える。


 しばらくすると、気配の消えたのと同じ人数の視線がふたたび彼女に注がれるようになる。


「及第点」


 その言葉に周囲に漂った緊迫感がわずかに緩む。新しく配置された者は、それなりの実力者らしく、緩んだ空気も視線や気配もエリシアでなければ気付かないほどのものだった。


『困ったことがあったら、ちゃんと助けを求めて』と言っていた本人が、過剰なまでの護衛を配置しては、そもそも困るような状況にすらならないだろう。もちろん、エリシアのことを慮ってくれていることに対してはクラウスに感謝している。


「来ましたわね……」


 しばらく歩いていると、護衛とは違う二つの視線が加わったことに気付く。あっさり捕まってもいいのだが、折角なので冷静な判断力を先に奪うことにした。別に彼らをおちょくりたいわけではなく、あくまで戦術の一環として翻弄するだけだ。


「だ、大丈夫かな……?」


 手前で周囲をきょろきょろと見回して、裏路地へと入っていく。その瞬間、二つの気配がエリシアを挟み撃ちにするように動き出す。視線が外れている間に彼女はさらに細い脇道を使って、追いかけてきた男の背後から出るように回り込んだ。


「あれ、いないですぜ!」

「おい、何やってんだ! 何で見失ってんだよ!」

「いやいや、こっちにも来てませんぜ!」

「それじゃあ、どこに行ったってんだよ!」


 挟み撃ちにしたつもりの男たちはエリシアを見失ったことで、罵り合いを始めていた。そんな彼らを横目に見ながら、脇道から出て大通りへと向かう。


「やっぱ、やめたーっと!」

「あ、あそこにいますぜ、アニキ!」

「な、なんだと?! 追うぞ!」


 ワザとらしく大声を出して大通りに向かうエリシアを指差して男たちは大声を上げる。


「素人ですか……?」


 人通りのほとんどない裏路地で大声を上げるなど、自分から怪しいと名乗っているようなもの。だが、エリシアは気付かないふりをして、誘い込むために次の裏路地へと向かう。


「今度はここを通って行こうかな」


 同じように周囲を見回してから裏路地に入り込むと、男たちも挟み撃ちにするために一人が回り込もうと駆けていった。


「今度は逃がすんじゃねえぞ!」

「わかってまさぁ!」

「なんで大声で作戦指示をしているのかしら……素人だとしてもありえませんわ」


 エリシアは男たちに気付かないふりをして、小さい声で呟くと裏路地を進んでいく。頃合いを見計らって振り向くと、大男がエリシアに迫ろうとしていた。


「キャッ、何ですか!」

「お嬢ちゃん。俺がいいところに連れてってあげるぜ!」

「おっと、こっちも逃がさねえぜ!」


 反対側からも、少し小柄な男がエリシアの方へと向かってくる。前後から迫る男を前に、エリシアは大男の方へと走り、転倒した。


「キャァァァ!」


 ズザザザザ、という音と共に、エリシアの体は男の両足の間を抜けて反対側へと滑り込む。エリシアは素早く立ち上がると、そのまま大通りへと走り去っていった。


「おい、逃がすなって言っただろうが!」

「いやいや、逃がしたのはアニキの方じゃないですか!」

「バカ野郎! お前がきっちり追い詰めないからだろうが!」

「そんなことより、追いかけないと!」

「くそっ、絶対捕まえてやる!」


 エリシアの背後では責任を互いに擦り付け合いながら言い合いをしていた。その隙に大通りに出て息を整える。


「はあはあ、ここまで来れば大丈夫かなぁ?」


 息を整えるフリをしながら、彼らが大通りに出てくるのを待つ。視界の端に彼らを捉えるのと同時に、次の裏路地へと向かう。


「たしか、ここだったかなぁ」


 ワザとらしく言って、裏路地へと入る。ここは途中が行き止まりになっているため、男たちは二人揃ってエリシアの後を追うように入っていく。


「あれぇ、行き止まりだったかぁ。仕方ない、戻ろっ」


 行き止まりまで来て、引き返そうと振り向いたエリシアの前に、二人の男が立ち塞がった。


「あっ、さっきの?!」

「おっと、今度こそ逃がさないぜ」

「二人がかりじゃ、さっきみたいには逃げられねえだろ。大人しくしろ」

「きゃっ、やめて。乱暴なことしないで!」


 軽く抵抗するフリをしながら、男たちに捕縛される。無抵抗だと怪しまれ、抵抗しすぎると危害を加えられる可能性がある。そのあたりの匙加減は素人だと難しいが、エリシアにとっては朝飯前だった。


「手間かけさせやがって」

「でも、この子、上玉ですぜ」

「ああ、高く売れるだろうな。お前、手を出すんじゃねえぞ。こういうのは傷物にすると一気に値が落ちるからな!」

「わかってますぜ、アニキ!」

「ううう、ぐすっ。私をどうするつもりなんですか……」


 ロープでぐるぐる巻きにされたエリシアの前で、下世話な話をする男たち。そんな彼らを見ながら、鼻声で泣きそうな少女を演出する。彼らも冷静なら演出のわざとらしさに気付いただろう。しかし、手玉に取られて頭に血が上った彼らが気付くことは無かった。


 エリシアはリュックに詰められて、大男に背負われる。縛られているおかげで、手足こそ動かせないが、リュックの口から外の様子を見ることはできる。エリシアを背負った男たちは、王都にある紹介へと向かった。


「ここはボンボン商会……?」


 そこは第二王子派であるボンボン子爵の所有する商会で、これまでキナ臭い噂はあったものの、決定的な証拠が掴めずに司法の手が回っていない組織の一つだった。


「これはこれは、ジュニア子爵。本日もお変わりなく――」

「余計なことは言わんでよい。早く例のブツを出せ」

「へいへい、分かりましたよ」

「くるくる、みらくる、くるりんぱ!」


 大男がリュックを下ろした瞬間、中からエリシアの声が聞こえて、光と共にリュックがはじけ飛んだ。


「殲滅大使エリィ、降臨ですっ!」


 脂ぎった巨大な肉ダルマ――ジュニア・ボンボン子爵の前に、シルクハットを頭に乗せて、黒いマントを翻し、ステッキを手にしたエリシアが立ち塞がった。



この作品を読んでいただきありがとうございます。

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