第7話 作戦会議ですっ!
「それじゃあ、詳しい説明をしようか」
「殿下……。それよりも少し離れていただけますか?」
「まあまあ、いいじゃないか。こうやった方が説明もしやすいからね」
クラウスからの手紙を受け取ったエリシアは、翌日に詳しい説明を聞くために王宮に来ていた。すでに話は通っているらしく、入口で用件を伝えると、そのまま応接間まで通された。
黒檀とウォールナットの床に深紅の織物が壁布として掛けられていて、大理石でできた暖炉には、王家の紋章が彫られている。質素な内装のファーレンハイト公爵家の屋敷とは比較にならないほど豪華絢爛な部屋に圧倒された――最初のうちだけは。
「ファーレンハイト家エリシアでございます。あっ!」
しばらく待っていると入口の扉が開いたので、淑女らしく挨拶をする。クラウス第一王子に続いて入ってきたアイシャ第一王女を見て、思わず声を上げてしまう。先日、王都で助けた少女だったからだ。
「ふふふ、キミは僕の婚約者なんだ。楽にしてくれていいよ」
「ふふっ、そうですわ。それとも、私の顔が何か?」
含みを持った笑みを浮かべるクラウスが裏があるようで、エリシアには不気味に感じられる。彼の隣で淑やかな笑顔をしたアイシャも、明らかにエリシアの正体に気付いているように思える。
正しくは、アイシャの顔に見覚えのあるエリシアが、初対面にも関わらず、わずかに反応してしまった様子を見て、確信したに違いない。
「まあ、立ちっぱなしも何だし、エリシア嬢も座ってくれ」
クラウスに促されてソファに座る。彼らが入ってくる前は座り心地の良い高級なソファだと思っていたエリシアだが、明らかに彼女の正体に気付いている二人を前にして、今では中身が石綿なのではないかと思うほど座り心地が悪く感じられた。
「それで、先日の手紙はいったいどういう……」
「手紙で書いたと思うんだけど、人身売買組織を潰すのを手伝って欲しいんだよね」
「ですが、人身売買は王国でも黙認されているのでは?」
「そうだね。表向きは禁止しているけど、生活に困った庶民が子供を売ることに反対するのは難しい。糧を得られなければ、親だけでなく子供まで飢え死にしてしまうからね」
クラウスの言う通り、人身売買は法律で禁止されている。当初は厳格に運用していたのだが、その結果として一家全員が餓死したり、無理心中を図ったりしたため、現在では黙認されている。
「孤児院なんかもあるのでしょう?」
「親がいなければ、受け皿になるんだけどね。少しでも金になるなら、と考える親も少なくない。それに孤児院が人身売買とつながっている場合もあるからね……。頭の痛い問題だよ」
へらりと自嘲気味に笑って、クラウスは肩を竦める。その辺を認識しているのであれば、手紙の件は辻褄が合わない。
「であれば、今回の話も黙認するより他にないのでは?」
「そう言うと思ったよ。さすがエリシア嬢、よく気付いたね」
「褒められた気がしないので、そういうお世辞は結構です」
「本心なんだけどなぁ……。まあいいや、今回の人身売買組織なんだけど、末端はいわゆる人攫いなんだ。実際、困窮していない家の子供も攫われて、奴隷商に売られたりしているんだ。摘発はしているんだけど、尻尾が掴めなくてね」
クラウスの言わんとしていることは分からなくもない。しかし、その話を聞いたところで、エリシアにできることは何もないはず――だった。
「もちろん、エリシア嬢にやってなんて言わないよ。まあ、『幼女仮面』がやってくれると良いなぁ、とは思っているけど」
そう言いながら、エリシアの方をクラウスがチラチラと見る。明らかに確信を持っていることが分かる仕草だが、言質を取るまでは言葉を濁してはっきりと言わない。いかにも貴族らしい嫌味なやり方に、エリシアは引きつった笑顔で聞き流していた。
「ま、まぁ。殿下から期待されてしまうなんて、何とも羨ましい限りですわ」
「彼女ならやってくれると信じてるよ。なんてったって正義の味方だからね」
「お兄様だけではありませんわ。私も信じておりますのよ」
「……素晴らしいことではございますが、私の方からはこれ以上は何も申し上げられませんわ」
期待を込めた目でエリシアを見る二人に、作り物めいた笑顔を向ける。傍から見れば、いかにも和やかな雰囲気に見えるだろう。水面下ではエリシアとクラウス、アイシャの間で静かに攻防が繰り広げられている。
「それじゃあ調査資料の方は一式渡しておくから」
そう言いながら、クラウスはテーブルの上に広げた資料をまとめるとエリシアに押し付ける。本当なら断った方がいいのだろうけど、彼女にとって資料の内容は安全に調査するためにも必要なもの。仕方ない、といった様子で資料を受け取った。
「わかりました。この資料はお預かりいたしましょう。ですが、解決を期待されても困りますわ」
「もちろん分かっているよ。だけど、僕は婚約者なんだから困ったことがあったら、ちゃんと助けを求めてよね」
「ええ、ご心配なく」
その後も、表向きは和気あいあいとしたお茶会を続き、一時間ほど婚約者っぽくない会話をして解散となった。
「それでは、本日は失礼させていただきますわね」
「また会える時を楽しみにしているよ」
クラウスの言葉に、エリシアは一瞬頬を引きつらせたが、すぐに笑顔に戻して挨拶をする。これ以上、ボロを出さないように颯爽と馬車に乗り込んだ。
「まるで囮捜査をしろとでも言いたげな資料ですわね……」
馬車の中で貰った資料に目を通す。被害者の傾向やら、被害に遭ったと思われる場所と時間、関わっているであろう組織と確度。それらが整然と無駄なくまとめられていた。
特に被害者の傾向にある五歳から十二歳の女児、単身で十六時から十八時の間、王都の裏路地を近道のために通っていたところを攫われた可能性が高いと書いてある。
「要するに、私が平民っぽい格好で、その時間に王都をうろついていれば接触できると言いたいのでしょうけど……性格悪すぎですわ」
一応は婚約者であるものの、クラウスのやり口に文句の一つでも言いたいエリシアだった。その一方で、正義の味方として腕輪を使う日が来たことを嬉しく思う自分もいて、エリシアは何とも言えないもどかしさを感じる。
「業腹ではありますが、今回ばかりは彼の策に乗るしかありませんわね。家に戻りましたら、さっそく平民らしい服装を用意してもらいましょう」
馬車に揺られながら、エリシアはこれからの計画を頭の中で立てるのだった。
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