第6話 婚約が決まったのですが?
お見合いが終わってエリシアを見送った後、クラウスの部屋にアイシャが訪ねてきた。部屋の主である彼の断りもなく、いつものようにソファに腰かけて冷めた目で彼を見る。
「それで、本日はどうだったのですか?」
「ああ、彼女に正式に婚約を申し込むことにしたよ」
「えっ、どういう風の吹き回しですか? もしかして、何かの病気ですか?」
アイシャは驚いて両手で口を塞ぐ。立ち上がってクラウスの額に手を当てて首を傾げた。
「うーん、熱は無いようですけど……」
「当たり前じゃないか。僕は正気だからね」
「正気のお兄様が婚約を申し込むわけがありませんわ」
これまでの実績があるため、クラウスとしても強く咎めることが難しい。長い話になりそうだと感じた彼は、侍女を呼んで紅茶を淹れてもらう。
「さて、どこから話をしようか……」
「どうして彼女なんですの? 隣で聞いていましたがお兄様が気に入る要素などありませんよね?」
「そこからか。半月ほど前にアイシャを助けてくれた子のことは覚えているかい?」
アイシャは、助けてくれた子のことを思い出しながら頷く。あの日、クラウスが彼女に興味を持ったのは間違いない。しかし、エリシアとの見合いに関しては興味無さそうな様子だったはず。
「僕の勘が正しければ、その子はエリシア嬢だね」
「えっ……?!」
意外なクラウスの言葉に、アイシャは上擦った声を上げてしまう。クラウスも『勘が正しければ』と前置きはしているものの、彼の勘は外れたことがないことをアイシャは知っている。
俄かに信じがたい話を聞かされて動揺するアイシャを見ながら、クラウスはニコニコと満面の笑みを浮かべて紅茶に口をつける。
「そっ、それは勘だけですか?」
「そう思うかい? もちろん根拠もあるよ」
納得できないアイシャは、席を立ってテーブルに手をついて、前のめり気味に訊ねる。一方、クラウスは笑顔のまま落ち着いて座るように促す。
「聞いているだけじゃわからないだろうけど、僕があの日の話をしたら、あからさまに目が泳いでいたからね。それに『幼女仮面』って言ったら、不満そうに頬を膨らませていたんだよ。自信はあるけど、仮に違っていたとしても、あんなに面白い令嬢を逃す手はないね」
彼女に対する本気度がうかがえるクラウスの言葉に、アイシャは何とも言えない微妙な表情を浮かべる。無駄に有能な彼の本気は容赦がない。法に触れたり、苦しめるようなことはしないが、逃げ道を塞いで追い詰めていくだろう。
「しかし、ヤツらはどうするつもりですの?」
「もちろん、指一本触れさせるつもりはないよ。手出ししたら、相応に痛い目を見てもらうことになるけどね」
ヤツらとはアベル第二王子と配下の貴族たちのこと。表向きはクラウスとアベルで王位継承争いをしていることになっている。だが実際は第二王子派が優位であると勘違いして好き勝手なことをしているに過ぎない。
「お兄様が本気を出してくれれば、面倒なことにはならないと思うのですが」
「それこそ面倒くさいじゃないか。アイツら潰しても潰しても湧いてくるでしょ」
「はあ……。ほんの少し本気を出せば、あっという間に片付くんですけどね」
ため息をつきながら、クラウスのやる気のなさにアイシャは呆れている。クラウスが本気を出して第二王子派を潰してしまえば、エリシアに火の粉が掛かることはないのに消極的な姿勢を貫いているのが理解できなかった。
「そんなことしたら、僕が次期国王じゃないか。そんな面倒なことは勘弁してほしいね」
「はあ……」
クラウスには自分にとって面白いことが全て。それ以外のものは、王位も王国も彼にとってはどうでもいいものだった。
「そのスタンスは構いませんけど、王国を潰して私やエリシア嬢を悲しませないようにしてくださいね」
「大丈夫だよ。その時には僕も本気を出すからね」
クラウスの危機感のなさに、アイシャはため息が止まらない。一方で、有能な彼が本気を出せば、滅亡間近の王国を再建することも不可能ではないだろう。それが分かるだけに、アイシャは腹立たしくて仕方がなかった。
「さてと、折角だから彼女に一つ依頼でもしようかな」
クラウスは、さっそくエリシア宛に王都を悩ませている問題の一つを手紙にしたためるのだった。
◇
「正式に婚約を申し込む、ですって?」
「ああ、昨日の今日だが、さっそく正式な婚約を希望すると通達が来たのだよ」
お見合いクラッシャー第一王子と婚約を前提としたお見合いの翌日。エリシアの部屋にやってきたゴルドーは、先ほど受け取った手紙をテーブルの上に置いた。そこには『正式に婚約をしたい』という趣旨の内容が書かれていて、何度読み返しても『正式に婚約をしない』とはならなかった。
「書き間違いかもしれないわね」
「それは無理があるだろう。何人も文面は確認しているはずだからな」
「残念ですわ……」
エリシアには、婚約を申し出てきた理由に心当たりがあった。『仮面淑女エリィ』――クラウスは『幼女仮面』とかふざけたことを言っていた――がエリシアであると気付いている可能性がある。
「あの時の受け答えは完璧だったはずなんですが……」
正面に、テーブルに置かれた手紙を見据え、腕を組んで考える。お見合いの時には、少なくとも『あの時』の話に関しては他人事のように気にしていない風を装って会話をしていた。
「もしかして、最初から全て知っていた……?」
最初からエリシア=エリィだと確信を持っていたとしたら厄介なことだ。幸運にも、関係性を匂わせるような発言はしていない。言葉にしていない以上は、いくら確信があったとしても追及はできないだろう。
「見た目はいいんですけどね」
「実際に婚約を前提としたお見合いは何度もやっているからな。全員お断りだったが」
「性格が合わないのですわ」
「贅沢を言うな。第一王子に見初められたなんて、王国中の令嬢から羨望の的だぞ」
クラウスの性格はエリシアにとって天敵のようなもの。そんな男性の婚約者にされた挙句、他の令嬢から嫉妬されるなど、まさに罰ゲームだった。
「あっ、そういえば第一王子から私信が届いているぞ」
「ちょっと、それも早く見せてくださいませ!」
エリシアはゴルドーの手からひったくるように手紙を奪い取り、中身を取り出す。もしかしたら、表向きには婚約を希望するけど、偽装婚約にして欲しいという申し出かもしれない。そんな期待を込めて内容を読み進める。
「ちょっと、これはどういうことですか?!」
彼の手紙に書かれていた内容は『人身売買組織を壊滅させる手伝いをして欲しい』というものだった。
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