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第2話 正義の味方は困っている少女を見過ごしません!

「よしよし、ぐっすりと眠っておりますわ!」


 エリシアはゴルドーの寝室の扉を少しだけ開けて、中の様子をうかがう。彼はベッドに潜って横になったまま、身動き一つしていない。向こうを向いているので、扉から覗き込んだだけでは顔まで確認できないのが、エリシアにとっては残念ではあるが、夕食の仕込みが効いていれば問題ないと判断することにした。


「むむっ、やはり鍵が掛かっておりますわ……ですがっ!」


 エリシアは懐から二本の針金を取り出すと、鍵穴に突っ込んでカチャカチャと動かす。一分ほどでカチャリと音を立てて、鍵が開いた。前世で諜報員をしていた時の鍵に比べれば、構造が単純なのがありがたい。


「失礼いたしますわ」


 エリシアは静かに扉を開けると中へと忍び込む。部屋の真ん中にある床下収納のところまで行き、床板を外す。


「まさか、こんな所に隠していたとは……」


 最初は堂々と置かれていた箱。エリシアが見つけて開けようとしたところ、ゴルドーに『絶対に中を見てはダメだよ。大事なものが入っているからね』と言われて、目にすることがなくなった。


 昨日、この床下収納から箱を引っ張り出すところを見なければ、存在すら忘却の彼方にあったもの。床下収納から引き上げて蓋を開けると、中には彼が着ていたタキシードのような服、黒いシルクハット、黒いマント、目元だけを覆い隠すようなワインレッドのマスク、そして、ウォールナッツと思われる木目のキレイなステッキ。


「タキシード以外をお借りしますわ」


 流石に、直接着ていたタキシードを着るのは抵抗感があったエリシアは、レースをあしらったパフスリーブのブラウスと黒いフリルのスカートに着替えて、ベルベットのチョーカーを身に着けている。


「これに、マントを付けて……、シルクハットを被って……、マスクを付けて……、ステッキを持てば完成ですわ」


 大人が身に着けていたものだけあって、エリシアからしたらサイズが大きすぎた。それでも雰囲気だけは味わえれば、と思って彼女は部屋に掛かっていた鏡の前に立つ。


「サイズはアレですけど……良い感じですわね」


 左手でマントを翻すと、いかにも正義の味方っぽい。見方によっては悪の首領のような格好でもあるが、彼女の頭の中にある『自分が正義の味方である』という思い込みが魔道具によって強化されていることにエリシアは気付いていない。


「あれ? 小さくなっていきますわ――」


 身に着けた衣装がエリシアが理想的だと思った大きさに合わせるように縮んでいく。シルクハットは頭がすっぽり入る大きさではなく、頭にちょこんと乗っかる程度の大きさになり、長すぎて地面を引きずっていたマントも腰の位置くらいまで短くなる。マスクも彼女の耳を覆い隠すほどだったのが、今ではこめかみの辺りまでになっている。


「おおお。まさか……サイズを自動調整する魔法まで掛かっているなんて」


 魔道具と言っても、魔石の付いたものと違って付与魔法のみによるものは少ない。魔石という動力源を補う仕組みを入れないといけないからだ。


 その上で、サイズの自動調整という余計な機能を付けていることに、エリシアは感嘆のため息を漏らす。


「せっかくサイズがピッタリになったわけですし、ここは一つ正義の味方として善行を積むのも悪くありませんわ。ノブレス・オブリージュというやつですわ」


 サイズがピッタリになったことに気を良くしたエリシアは、折角だからと正義の味方として初めての活躍をしたいという欲望がムクムクと膨れ上がる。とっさにノブレス・オブリージュという大義名分を掲げて、自分の行為を正当化してしまった。


「それでは――怪盗淑女エリィ(仮)、出撃ですわ!」


 正義の味方となった自分の呼び名を決めていなかったことに気付いて、エリシアは慌てて頭に思い浮かんだ名前を付ける。怪盗という接頭辞が正義の味方っぽくないが、そこは仮ということにして我慢する。もちろん、名前は後でちゃんと決める。


「おぉっ! これは凄いジャンプですわ! これなら私でも二階まで届きますわ!」


 凄まじい跳躍力でエリシアは一気に裏門の近くに降り立つ。ちょうどそこには警備の男が二人いたが、どちらも降り立ったエリシアに気付いている様子はない。


「ん? なんか物音がしなかったか?」

「気のせいだろ。いたとしてもネズミじゃないか?」

「それにしては大きい音だったような気が……」

「ははは、公爵邸の警備は完璧だ。こんな中に忍び込んでくる奴なんていねえよ」

「まあ、それもそうだな」


 エリシアの前で、そんなやり取りをしながら巡回経路に沿って歩き去っていった。


「き、緊張感が足りなさすぎですわ……。これは後でお父様に報告しませんと!」


 警備員を呆然と見送りながら、エリシアは頬を膨らませる。警備員の大半は似たようなもので、エリシアが近くを通っても不審がる様子もなかった。


「おい、そこに隠れているのは誰だ!」


 正門まであと少し、というところで、エリシアは勘のいい警備員に見つかりそうになってしまった。驚いて思わず声が漏れそうになるのを、口を両手で塞いで耐える。


「――ちっ、旦那様か。今日は予定だって聞いていないんだがな……」


 頭の後ろをグシャグシャとかきながら、その警備員は歩き去ってしまった。どうやら、彼だけはゴルドーのやっていることを知らされているらしい。彼は『ファーレンハイト公爵がいるかもしれない』と思っていたからこそエリシアの存在にも気付いたのかもしれない。


「いえ、今日は予定にない、と彼は言ってましたわ。気づいたのは、彼の実力故でしょう。認識阻害も過信はできませんわね」


 彼の姿が見えなくなったことを確認して、正門から敷地の外へと出る。遠目でも分かるほど明るい地域を目指して歩いていく。


「これって、ジャンプした方が早いのではなくて?」


 上方向でなく前方向へとジャンプすると、歩くのはもちろん、エリシアが走るよりも速かった。


「いったい、どういう仕組みなのかしら……」


 ジャンプ移動の方が速いなどという話、前世にあったゲームの中では当たり前のように存在していた。しかし、実際に体験してみると何とも言えない気分になる。


 しばらく進むと、人通りが増えてきた。認識阻害があるとはいえ、バレないとは言い切れない。エリシアは飛び上がって屋根伝いに進んでいく。


「繁華街は、こっちの世界でも賑やかなのですね」


 通りを歩く人たちは、貴族目線でなく前世目線で見ても、怪しげな人物が多いように感じられる。しかし、老若男女様々な人々が、酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打つ姿はエリシアの胸を高鳴らせる。


「皆様、楽しそうで少し羨ましいですわ。ですが、今の私は正義の味方。困っている方をお助けしませんと……」


 屋根の上から通りの様子を眺める。しかし、特にエリシアを必要としているような人は見つからなかった。


「むむむ。平和な世界ですね。非常に残念ですわ……」


 残念そうにエリシアは不届きなことをつぶやく。


「ちょっと、やめてください!」


 エリシアの願いが聞き届けられたのか、通りの先の方から女性の叫び声が聞こえてきた。


「これは、嫌がらせをされている女の子の助けを呼ぶ声……。これで助けなかったら正義の味方じゃありませんわ!」


 エリシアは屋根から飛び降りると、声のする方へ駆け出した。

この作品を読んでいただきありがとうございます。

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