第18話 ピリッとしていて美味しいですよ?
ダンスホールの中は騒然としていた。料理に毒が入っていたのだから当然のこと。
エリシアは入口の扉を勢いよく開けて、中へと入る。そして、空いたテーブルの上に飛び乗った。
「殲滅大使エリィ、参上しました!」
「な、何者だ! まさか、お前が、この料理に毒を……?!」
「ふふふ、そんなわけないでしょう。そもそも、その料理に毒など入っておりません。入っていたのは、ワイングラスの中。そうでしょう?」
「ふ、ふん。何のことだ?! ワシは知らん!」
エリシアに食い付いたレイフォン公爵を無視して、例の料理の前に降り立つと、華麗なフォーク捌きで料理を取り皿に取る。
くるりと一回転して取り皿を掲げると、目の前に下ろした。
「さあ、実食と参りましょうか!」
「なっ、何だと?!」
驚いて大声を上げるレイフォン公爵を無視して、華麗に料理を一口、ぱくり。二口、ぱくり……。あっという間に取り皿の上にあった料理はエリシアの口の中へと消えていった。
「ふふふ、少しピリッとしますが、とても美味しいですわ」
「ば、バカな。平然としている、だと?」
先ほどの悶絶した毒見役の姿が脳裏に焼き付いているレイフォン公爵は訝し気にエリシアを見つめる。予想していた悶え苦しむ様子が無いことに目を大きく見開いていた。
「ふふふ、そんなに疑うのでしたら、ご自分も食べてみればよろしいのではありませんか? それとも……ビビッておりますの?」
「ふざけるな! ワシがガキ相手にビビるわけが……ヒイイイイィィィ!」
肩を怒らせて、料理を取り皿に取り、一気に口に放り込む。しばらく平然としていたが、数秒後に甲高い悲鳴を上げて毒見役と同じように口に手を当てて悶え苦しんでいた。
「み、み、みずぅぅ……」
「はっ、すぐにお持ちいたします」
近くにいた護衛に縋りつきながら水を要求すると、すぐに取りに走っていく。天然炭酸水を入ったコップを手に護衛が戻ってきて、彼の口に流し込んでいく。
「ギャアアアアアアアァァァ!」
炭酸水の刺激によってもたらされた激痛にレイフォン公爵は涙目になってのたうち回る。そんな彼らの姿を後目に、エリシアは料理を取り皿に入れて食べていく。
「まったく、食べ物を大切にしないからバチが当たるのですわ……」
「ぎ、ぎざま、なにをじだ……」
「見て分かりませんの? 料理をおいしく頂いているところですわ」
「ば、ばがな。ごれはぎげんだ……」
そう言い残して、激痛のあまりレイフォン公爵は気を失った。
「おっと忘れておりましたわ」
エリシアは取り皿に料理を盛ると、部屋の隅で震えているアベル第二王子の方へと歩いていく。
「ふふふ、殿下も一口いかがですか?」
「や、や、やめろぉぉぉ! ぎゃあああああ!」
叫び声を上げて開いていた口の中へ料理を放り込む。次の瞬間、特大の悲鳴を上げて、泡を吹いて気絶してしまった。
「き、貴様! なんてことをしてくれたんだ!」
エリシアを衛兵たちが取り囲む。しかし、彼女は意に介さず料理を口に運んでいた。
「何てこと、と申されましても。ただ料理を頂いているだけですわ」
「ふざけるな! 公爵閣下に続いて第二王子殿下にまで手を出すなど!」
第二王子は確かにエリシアが無理矢理食べさせたが、公爵は勝手に食べただけ。それまで彼女の責任にするつもりかと、衛兵を非難めいた視線で睨みつける。
「こんな美少女に冤罪をかけるなんて、恥ずかしくありませんの? さて、食べ終わりましたの、私は失礼させていただきますわ!」
衛兵を飛び越えてエリシアは入口の扉の前に降り立った。追いかけてくる衛兵の方に振り向くと、カプサイシンの入った瓶から中身をばらまく。
キラキラとした粉が、彼らの身体に舞い降りて――。
「「「ぎゃああああ!」」」
衛兵たちが、全身に燃えるような痛みに悶え苦しむ。地面を転げまわることで、地面に落ちたカプサイシンに触れて、さらに状況が悪化した。
「良い子は真似しちゃダメですわよ!」
のたうち回る衛兵たちを後目に、エリシアは華麗にダンスホールから出て、クラウスのところへと向かった。
「状況はいかがですか?」
「はい、大変ですが、何とか安定はしているようです」
あの後も、交代で人工呼吸が続けられていた。そのお陰で容態は安定している。途中でエリシアも手伝うか申し出たが、素っ気なく断られてしまった。
それでも数時間にわたる処置の結果、クラウスは無事に生還した。
「無事でよかったですわ」
「そうだね。キミがいなかったヤバいところだったよ」
テトロドトキシンは処置さえ適切なら後遺症も残りにくい毒のため、運が良かったというところだ。ヒ素だったら処置がかなり難しかっただろう。おそらく痕跡が残ることを懸念した第二王子派閥が日和ったことが追い風になっていた。
「ところで……。なんか新種の毒を忍ばせているって聞いたんだけど?」
「毒ですか? 心当たりはありませんわ」
毒など持ち歩いていたら、何かあった時に疑いをかけられることになる。ありえない話だった。
しかし、クラウスはエリシアの懐に手を突っ込んで、カプサイシンの入った瓶を取り出した。
「それじゃあ、これは何かな?」
「それは調味料ですよ」
「でも、これを入れた料理を食べたアベル達は、三日三晩苦しんだって聞いたけど」
「死んでないのですし、問題はないでしょう。それに私は平気ですわ」
エリシアの反応にクラウスは大きくため息をついた。まるで、そう言うことではないと言いたげな様子に、エリシアは頬を膨らませる。
「もう、何が言いたいのですの! はっきり言ってくださらねばわかりませんわ!」
「いや、翌日以降、彼らの尻が炎上したらしくてね。激怒した彼らが幼女仮面を指名手配してるんだよ」
「えっ?!」
エリシアには、なぜ幼女仮面が出てくるのが分からなかった。あの日は一言も、その名前を出していないはずだったからだ。
「もちろん、僕が教えたからだよ」
「ひ、ヒドイですわ!」
「それよりも、こんな危険なもの、何で持ち歩いているのかな?」
クラウスに詰め寄られて、エリシアの全身に緊張が走る。
「そ、それは、料理に振りかけるためですわ!」
「でも、それなら唐辛子でいいよね?」
「唐辛子だと入れたのが色でバレるからダメなんですの! お優雅でありませんわ!」
「それなら、入れなければいいんじゃないかな?」
「そ、それじゃあ、刺激が足りませんのよ」
エリシアの言葉に、クラウスが口角を上げる。笑っているように見えて、目が笑っていない。得体の知れない危機感に襲われて、じりじりと後ずさりながら逃げ道を探っていると、突然クラウスに抱きしめられた。
「な、何をしているんですの?!」
赤面しながらエリシアはクラウスを非難する。しかし、彼はエリシアをさらに強く抱きしめる。
「刺激が足りないって言うのなら、僕が刺激を与えてあげようと思ってね」
「こ、こ、これはちょっと刺激が強すぎますのぉぉ!」
赤くなりすぎて頭から湯気が出そうなほど、エリシアは取り乱しながら叫ぶ。しかし、クラウスの腕が緩むことはなく、この日はずっと抱きかかえられたままだった。
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