第17話 夜会に行きます! 罠ですけどね!
エリシアはクラウスと共にアベル第二王子主催の夜会へと馬車で向かっていた。
「一緒に行くのはわかりますが……。なんで、ここに座らされてるんですの?!」
第一王子の用意した王家の馬車、狭いはずはないのだが、エリシアが座らされたのはクラウスの膝の上。もちろん他には誰も乗っていないので、乗車率はわずか十五パーセントだった。
「えっ? 裏帳簿の代金だよ。僕の愛で支払ってあげる」
「い、い、意味が、わかりませんわ!」
ただでさえ密着していて心臓の音が煩いというのに、彼の言葉のせいでエリシアの顔はぷっくりとした形も相まって、まるで熟れたトマトのようになっていた。
そんなエリシアの顔を覗き込みながら、クラウスは目を細めて頭を撫でる。
「ちょっ、な、何をするんですの!」
一瞬、気持ちよさそうに目を細めてしまうが、慌てて首を振って振りほどこうとクラウスの腕の中で暴れる。しかし、彼の腕にがっしりと抱きかかえられていて、振りほどける気配がない。
しばらく彼の腕の中で暴れていたエリシアだったが、疲れて息を荒げながらそっぽを向く。
「もう、私は知りませんから! 好きにすればいいじゃないですか!」
その後は文字通り王宮に着くまで好きにされたエリシアだった。
「はあはあ……。あのようなお戯れは、これっきりに、してください、ませ!」
息も絶え絶えに馬車から逃げるように飛び降りたエリシアは、肩で息をしながらクラウスを睨みつける。うっすらと頬に赤みが差している顔もまた、クラウスには愛おしく感じられて、思わず顔が綻んでしまう。
「ふふふ、お戯れなんて酷いなぁ。これでも婚約者なんだけど?」
「関係ありませんわ!」
プイっと顔を背けると、クラウスが馬車から降りるのも待たずに中へと走り去ってしまった。クラウスは隠れている人間に目配せをすると、一度だけ大きなため息をついて、エリシアを追って中へと走っていった。
「それじゃあ、僕たちも向かおうか」
「あまりご無体をなさいませぬよう。まだ婚約中でございます」
クラウス自身の護衛からも苦言を言われては、彼も苦笑するしかなかった。
王宮のダンスホールは煌びやかなシャンデリアの明かりに照らされて、大理石の床が輝きを放っていた。白く輝く床に、赤いベルベットの絨毯がアクセントとして敷かれており、その上に立つ人々の華麗なドレスもダンスホールの装いに華を添えていた。
「クラウス第一王子殿下、ご入場でございます」
エリシアをエスコートしながら、クラウスがダンスホールへと入る。当然ながら視線が二人に注がれる。だが、そのほとんどは好意的なものではなかった。
「第二王子派閥の夜会だからと覚悟はしておりましたが、想像以上にあからさまですわね」
「咎めるような人は、そもそも呼ばれていないからね」
謝罪という名目で呼ばれたはずなのに、入って早々に針の筵にされる経験も珍しい。これでは何の謝罪なのかという話だが、クラウスがエリシアに目配せをされたため、大人しくしていることにした。
「この料理、美味しそうですわ!」
特にすることのないエリシアは、仕方ないので料理を食べまくることにした。流石は王宮のシェフの作った料理。どれを取っても頬が落ちるほどの美味しさだった。
「あまり食べ過ぎないようにね?」
「わかっておりますわ。そこまでバカではありませんわよ」
クラウスが懸念しているのは、毒が入っている可能性だった。しかし、エリシアも元諜報員。備えは十分にしている。
「問題ありませんわ。どれも美味しい料理ですわよ」
「なら良いけどね。先日の裁判で大きく勢力を削がれた彼らが仕掛けてくる可能性は十分ある――」
そう言いかけて、クラウスはグラスをテーブルに置いて地面にうずくまる。
「あ、が、こ、これは……」
「もしや、ワインに毒が?!」
エリシアがとっさにテーブルに置かれたグラスのワインを一口飲む。ワインのえぐみとは異なり、わずかに痺れるような感覚が舌の上に広がる。
「これは、テトロドトキシンですわ……。ですが、これなら運が良いですわ」
テトロドトキシン――いわゆるフグ毒は身体を麻痺させて呼吸困難で死に至らしめるもの。逆に言えば、呼吸さえ確保できれば死ぬ可能性はほとんどないものだ。
「まずは注意を逸らしませんと――これで。きゃああああ、毒ですわ! 料理に毒が入っておりましたわ!」
近くにあったスモークサーモンのマリネにあらかじめ激辛唐辛子を煮詰めて作っておいたカプサイシンを投入し、指差しながら叫ぶ。
「バカな! 毒だと?! そんなワケが……」
駆け寄ってきたレイフォン公爵が使用人に毒見をさせると、口に手を当ててもがき苦しみ始めた。その様子を見たレイフォン公爵が慌てふためきながら叫び声を上げる。
「くそっ、毒を入れたヤツを探せ!」
「それでは私たちも一旦下がらせてもらいますわ」
そろそろクラウスの状態もマズそうなので、護衛を引き連れて控室へと下がる。控室に入ったエリシアはクラウスの顎を上げて気道を確保し、手を彼の口に付ける。
空気の流れをイメージしながら、魔力を体に流していく。
「なっ、エリシア様?!」
「このように、口から空気を肺に流していけば死ぬことはありません」
しばらくエリシアが人工呼吸器の代わりをしていると、護衛の一人が声をかけてきた。
「代わりましょうか?」
「できますか?」
「大丈夫だと思います。風の魔法は得意ですので」
「わかりました、お任せします」
エリシアが自分から言わなかったのは、この世界の魔法がエリシアが考えているよりもずっと不自由なものであることを知っているからだ。
「さて、料理を激辛にして台無しにした悪人どもを成敗しなければなりませんね」
実際にカプサイシンを入れたのはエリシアだが、その状況に追い込んだのは、おそらくレイフォン公爵の仕込んだ毒によるもの。料理が毒だと判明した時の反応から明らかだった。
「ふふふ、その身にカプサイシンをたっぷりと教え込んでやりますわよ!」
エリシアは殲滅大使エリィの姿になって、ダンスホールへと向かった。
この作品を読んでいただきありがとうございます。
続きを読んでみたいと思いましたら、是非とも↓の★★★★★で評価とブックマークをお願いします。