第15話 法の番人でも、悪は悪です!
「それじゃあ、僕は裁判長の方に行くから、キミはマーベル侯爵の方をよろしく」
クラウスはエリシアに告げると、返事も待たずに去っていった。エリシアとしても二人がかりで行くよりも手分けした方が良いと考えていただけに、手分けすることに文句はない。
「だからって、なんで私がマーベル侯爵の方になるのよ……」
裁判長を買収しているのは第二王子派閥の貴族であるのは間違いないと理解している。だが、マーベル侯爵でなく、レイフォン公爵の方かもしれない。
「無駄足になるかもしれませんが、やるしかありませんわね」
無駄足にならないという確信があるのか、それとも無駄足になってもリカバリーできると思っているのか、エリシアには判断が付きかねる。だが、クラウスも無策で言っているわけではないと考えて、マーベル侯爵邸へと向かった。
マーベル侯爵邸はエリシアたちを警戒してか、半端ない人数の警備員が配置されていた。
「しかも、練度もそれなりに高そうですわ。衣装の認識阻害は当てにならないと思った方が良さそうですわね。ですが……、ここまで厳重なのであれば、間違いなく当たりですわ」
そうは言ってみたものの、彼女の頭を悩ますのは警備員の圧倒的な人数。ネズミ一匹すら通すつもりのない配置にエリシアも眉を寄せ腕を組んで考え込む。
「リスクは高いですが、空から行くしかありませんわね」
この世界でも魔法で空を飛ぶことは可能だが、一方で気付かれずに侵入することは不可能だと考えられていた。なぜなら、空を飛ぶには翼が必要であると考えられているからだ。
「ふふふ、翼など無くても、重力を減らせばいいのですわ!」
エリシアは自身に掛かる重力を魔法で十分の一に減らす。たったこれだけで二十メートル以上ジャンプできるようになる。ふわりふわりと屋根伝いにマーベル侯爵の書斎へと向かう。
窓にテープを貼ってステッキを叩きつけると、パリンと小さい音がしてひび割れる。
空いた穴から内鍵を開けて中へと侵入すると、外の厳重さとは裏腹に書斎の周りにはほとんど人がいなかった。
「大事な書類があるなら、警備であっても他人を近づけさせたくないのでしょうね」
あからさまな警備の穴に、目的の品があることを確信する。入口の扉の鍵は公爵邸のものよりも厳重だが、現代の鍵と比べれば五十歩百歩。諜報員の時に鍛えた技術で鍵をあっさりと開けると慎重に中へと入る。
書斎の机に広げられてある書類を見て、エリシアは言葉を失った。
「なんで、こんな無防備に買収の裏帳簿が置かれているのかしら……」
中身を確認してみたが、裁判長を始めとして裁判所の係員などの買収に使ったお金が記録されている。買収の確たる証拠ではあるが、あまりに無防備過ぎてエリシアも困惑していた。
「念のため、隅々まで調べてみましょうか」
隠し扉や床下収納、机の二段引き出しなど、エリシアは諜報員だった時の知識を総動員して探してみたが、清々しいほど何も見つからない。そのことが逆に彼女にとっては怪しく感じられた。
「し、しかたありませんわ。ここまで探しても何も見つからない以上、これを持ち帰るしかありません」
敗北感に打ちひしがれながら、エリシアは裏帳簿を手に取り侯爵邸を後にする。
クラウスと合流して、手に入れた帳簿を照合するとピタリと一致した。
「どうやらこれで間違いないようだな。あっさりと手に入れて来るとは流石だね」
「書斎の机の上に、無造作に置かれていたものですが……」
「……」
先ほどまで、勝利を確信していたクラウスの表情が一気に曇る。もどかしい空気の中、翌日の公判が始まった。
「昨日の証言だが……。検討した結果、婚約自体の話は前からあったことが判明した。よって、参考としては認めるが、決定的な証拠として認めることはできないという結論となった」
残念そうな表情で結果を告げる裁判長だが、エリシアには裏でほくそ笑む彼の姿が目に浮かんでいた。
「異議あり! 裁判長は弁護側と結託している可能性があります」
クラウスの言葉に法廷が騒めき始め、裁判長とマーベル侯爵の顔色がわずかに悪くなった。
「な、何を証拠にそんなことを――」
「証拠はこちらにあります」
「「なっ、そ、それはッッ!」」
クラウスの取り出した裏帳簿を見た二人の顔が露骨に歪む。完全に心当たりがありますと言っているようなものだったが、盗み出したクラウスとエリシア以外に気付く者はいなかった。
「こちらはマーベル侯爵が裁判長を買収した時の裏帳簿ですよ」
「ふむ、証拠品ならば、一度こちらで検分して見ないといけませんな。おい、それを回収しろ!」
証拠品であることを思い出した裁判長が証拠品を回収するように係員に命じる。それを受けてクラウスの下に係員が取りに行く。
「待った! 検分はここでやればいいだろう。だからこそ、この場で出したのだからな!」
「だがしかし……」
「何か問題でも?」
「……」
その場で提出した証拠品を衆目の中で行うことは珍しくない。前例があることは裁判長もわかっているため、反論できずに押し黙る。全員が見守る中で、証拠の検分が行われる。筆跡鑑定も行われ、確かに二人の書いた文字であることも立証された。
「これは、間違いなく二人が共謀していた証拠になります。それに――」
クラウスはマーベル侯爵の裏帳簿に書かれた別の行を指差す。
「こちらは、そこにいる係員の名前ですよね?」
「なんと、裁判所自体を買収しようとしていたのか……」
「これは言い逃れできませんな……」
ボンボン子爵の裁判のはずが、マーベル侯爵と裁判長を断罪する流れに変わる。本来なら審議対象ではない事実に対する審議に当たるが、それを指摘する者は誰もいなかった。
それほどに、独立した司法機関に対する買収の事実は重く受け取られていた。
「い、異議あり!」
針の筵になっているマーベル侯爵が声を張り上げる。しかし、向けられる周囲の視線は刺々しく、流石の彼もわずかに逡巡するほど。
「こ、この裏帳簿は、ワシの家から盗み出されたものだ。盗品だとしたら証拠品にはなり得ない!」
彼の言葉は法廷のルールに則ったもの。しかし、事実が明らかになってからでは遅いが、表向きは証拠として使うことができなくなってしまう。その穴を突いた一発逆転の秘策だった。
しかし、クラウスの表情は揺るがない。
「こちらの書類は買い取ったものですよ。僕が盗んだものではありません。証拠はありませんが、証拠がないのは、そちらも同じでしょう?」
クラウスはマーベル侯爵に向かってニヤリと口角を上げた。
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