第14話 異議あり、って言えばいいわけじゃありません!
証言台に立ったエリシアは、最初にクラウスから質問を受ける。
「エリィさん。攫われた時の具体的な状況について教えていただけますか?」
「えっと、裏路地を歩いていたら、二人組の男に挟み撃ちにされて捕まってしまいました」
「異議あり! 挟み撃ちなのになぜ二人組だとわかるのですか?」
エリシアが話し始めてすぐに、マーベル侯爵が異議を唱える。しかし、エリシアには彼の言っている意味がわからず困惑する。
「連携して挟み撃ちにしているのですから、二人組ですよね?」
「でも、二人の間には距離があった。間違いないですよね!」
「距離があっても、連携しているのだから問題ないでしょう!」
「エリィさん、続きをお願いします」
マーベル侯爵の唱えた異議は、当然ながら容易く論破された。裁判長も呆れながら続きを話すように促す。
「その後、抵抗したのですが捕まってしまいました。それでリュックに詰め込まれて、ボンボン商会に連れていかれました」
「異議あり! リュックに詰め込まれているのにボンボン商会だとわかるはずがありません!」
「リュックの口から外を見ることはできましたので、問題ありません」
「エリィさん、続きを」
その後も少し話しては異議を唱えられて一向に証言が進まなくなってしまった。さすがに裁判長も黙っているわけにはいかず、マーベル侯爵の方を向きながら口を開いた。
「弁護側、異議を唱える権利はありますが、一言ごとに異議を唱えられては話が進みません。以後、無駄に異議を唱えた場合にはペナルティを課します」
ペナルティの内容こそ言及はしなかったものの、買収されているはずの裁判長もさすがに庇いきれず、マーベル侯爵に苦言を呈する。
その後は特に遮られることもなく証言を終え、最後にクラウスがエリシアの証言内容を確認する。
「さてエリィさん。この証言内容で間違いありませんね」
「はい、間違いなく――」
「異議あり!」
最後の最後で、マーベル侯爵は異議を唱えてくる。当然ながら、ここで大人しく受け入れれば、ボンボン子爵の罪が確定される。それを回避しようと思えば、ここで動くのは必然だった。
「今度は何ですか?」
「裁判長、この者は平民です。平民の証言など当てになりません」
エリシアだけでなく裁判官の二人も、マーベル侯爵の言葉を聞いて眉を顰める。先ほどまで、その平民の証言に助けられていたことなど、遥か彼方に行ってしまったような発言だからだ。
「異議あり! 平民だからと証言が当てにならないなど、事実無根の誹謗中傷に過ぎません――」
「異議あり! 貧しい平民など簡単に買収されてしまうでは――」
「異議あり! 買収を前提に考えるのがおかしい。そんなことを考えるのは、あなたが誰かを買収している――」
「異議あり! それこそ事実無根の誹謗中傷。何の証拠もないのに――」
「先ほど入る時に『ボンボン子爵に不利になるようなことを言わないように』と仰ったではありませんか。しかも、『ご家族の方にも迷惑がかかりますよ』と脅迫付きで」
事実無根という発言に触発されたエリシアが、先ほどのことを暴露するとマーベル侯爵の顔が真っ青になり、すぐに真っ赤になった。傍聴席の方に目配せをして、先ほどエリシアに接触した使いが裁判所の外へと向かう。
「異議あり! そもそも平民の証言など当てに――」
「異議あり! 脅迫したという事実が真実なら、そちらが意図的に証言の信頼性を損ねているということでは――」
「異議あり! 本件はボンボン子爵の事件についての裁判である。儂に対しての誹謗中傷は控えて――」
「異議あり! 裁判に対する不正な関与は事件とは無関係ではないはず――」
「異議あ――」
「二人ともやかましいですわ! 異議あり、異議あり、と。異議ありと言えば何とかなると思ったら大間違いですわ!」
クラウスとマーベル侯爵の舌戦がヒートアップする中、エリシアの一言により冷や水を浴びせられた形となった。二人だけでなく、何故か裁判長まで押し黙る展開にエリシアは少しだけ困惑するも、自ら着ていた服を脱いで投げ捨てる。
「そもそも、私の証言が当てにならないか。こちらを見てから言ってくださいまし!」
脱ぎ捨てた服の下から現れたのは、エリシアのお気に入りのドレス。
もちろん、最初から着ていたわけではなく、腕輪に仕込んでおいた着替えの一つ。腕輪の機能を隠すため、派手に服を投げ捨てて視線を誘導しただけのこと。
シルクの輝きが、ライトに照らされて星のように煌めいてる。誰が見ても明らかに貴族、しかも上位貴族のものだとわかる代物だった。
「誘拐された平民のエリィ。その正体は公爵令嬢エリシア・ファーレンハイトですわ!」
仁王立ちになって右の人差し指を伸ばして天を指す。その神々しいまでの姿に、その場にいた全員が時がたつのも忘れて魅入っていた。
「い、異議ありッッ! こいつは検察官の婚約者――」
「異議あり! 婚約したのは昨日、この事件が起きる前のことだッッ!」
「ぐあああ、ば、バカなぁぁぁ!」
クラウスの指摘に、マーベル侯爵が叫び声を上げながら吹き飛ぶ。これで勝敗は決した、かのように思えた。
――突如として木槌の叩く音が法廷内に鳴り響く。
「話は全て聞かせてもらった。たしかに貴族であるエリシア嬢の証言は信頼に値するものであることは間違いない」
その言葉を聞いたマーベル侯爵の表情が歪み、両手を強く握りしめる。しかし、向かい合うクラウスの表情は今だ強張ったままだった。
「だが、マーベル侯爵の言うように、検察官の婚約者であることも無視するわけにはいかないだろう」
一転してニヤリと笑うマーベル侯爵をクラウスは歯噛みして睨みつける。
「よって、この場での判決は保留とし、後日改めて審議を行う。それまでにさらなる証拠を集めてくるように!」
激しい攻防の結果、この日の裁判は引き分けという形で幕を閉じた。
「くそっ、アイツらめ。裁判所と結託して証拠品を隠滅するとは……」
「これでは、ボンボン子爵を追い詰めるのは難しいのではないでしょうか」
控室に戻ったクラウスとエリシアは、この日の裁判を振り返る。引き分けに持ち込まれた最大の要因である隠滅された証拠品が、一番の問題だった。
「キミの言う通り、ボンボン子爵を追い詰めるのは不可能だろう。だから、明日までに証拠品を奪い取って来るのさ。僕たちがね!」
「それって……」
「そう、幼女仮面と溺愛従士の出番だ! 裁判長たちが買収された証拠を手に入れるぞ!」
「幼女仮面ではなくて、殲滅大使ですわ!」
ともかく、エリシアは明日までに証拠を集めるために、クラウスと共に日が落ち始めた王都に飛び出していった。
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