第12話 目立ちまくってる令嬢がいますけど!
「殿下、こちらは……?」
エリシアを脇に抱えながら会場に入ったクラウスに、係員が眉を顰める。
「大事なものだよ」
「左様でございますか。席はあちらの方になりますので……」
何事もなく席に案内する係員をエリシアは睨みつける。クラウスも当然のように席の所に行くと、エリシアを席に座らせて係員を呼ぶ。
「この子はドジだから、下手に動かないように、決して目を離さないようにしてね」
「かしこまりました」
「婚約者ェ……」
婚約者らしい甘い雰囲気など何一つなく、私を置いてどこかへと行ってしまった。クラウスのお陰で常に複数の係員が監視している上、気配からして護衛と思しき人たちも三人以上の体制でエリシアを監視していた。
「これでは席を立つどころか、まったく動けませんわ……」
腕を少しでも動かした瞬間に護衛たちの気配が跳ね上がるため、まったく落ち着けない。そわそわしていると「お花摘みですか?」と係員に聞かれて、エリシアは露骨に顔をしかめる。
座っているだけとはいえ、ピクリとも動けない状況は意外と疲れるもの。そろそろ限界が近く、意識が朦朧としてきたところで事件が起きた。
先ほど控室にいたウィスキアがワイングラスを持って席の近くにやってくると、突然手に持ったワインを自分に掛けた。
「えっ?!」
「きゃああああ!」
突然の行動に思考が追い付かず呆然としていると、ウィスキアが急に悲鳴を上げだした。悲鳴を聞きつけて、係員とクラウスがエリシアの席へと駆け寄ってくる。
ウィスキアはクラウスの動きに合わせて、素早く彼に抱きつくと顔を上げて彼を見つめながら、エリシアの方を指差した。
「あの方が! 突然ぶつかってきて、ワインが掛かってしまいましたの!」
「へえ、そうなんだ……?」
「ひぃっ!」
クラウスの笑顔にエリシアの口から悲鳴が漏れる。この時の彼はまさに魔王、否、魔王すら裸足で逃げ出すほどの圧を放っていた。それも当然のこと、婚約者でもない女性がワインでビショビショになったドレスを擦りつけるように抱きついてくれば仕方ないことだろう。
そんなクラウスに臆することなく抱きつくウィスキアは、まさに伝説の勇者にエリシアからは見えた。
「クラウス様! 絶対にわざとですわ!」
涙目になって訴えかけるウィスキアにクラウスの視線は冷たい。
「あれも平気なんて強すぎじゃありませんか?」
「ふぅん。それはいいけど、あなたのせいで僕の服までワインで汚れたんだけど……」
明らかに「お前のせいで服が汚れた」と叱責しているのだが、それにも気付かない。
「では、着替えのために一緒に控室に参りましょう!」
「いや、僕には婚約者がいるからね」
「ですが、あの方は私に意地悪をしたのです。放っておいて行きましょう!」
クラウスがエリシアの方を指差すも、ウィスキアは折れない。あまりに折れなくて、エリシアは逆に応援したくなってしまう。
そんなウィスキアの猛攻に対し、クラウスは静かに手を挙げて係員を呼び寄せる。
「彼女はエリシアがぶつかってきたと言っていたんだけど、目を離していたのかい?」
「い、い、いえいえいえ。そんなことは決してありません!」
「そ、そうです、エリシア嬢はそこから指一本動かしておりません!」
クラウスに問われて、震え上がりながらウィスキアの言葉を否定する。二人の怯えようは尋常ではないが、エリシアには痛いほどよくわかる。
「だ、そうだが? 何か言い分はあるかい?」
「な、何ですか。皆さん、あの女の肩を持って……。私の方がか弱いのですわよ」
「その体格差で無理があるのでは……?」
ウィスキアはか弱いと自己評価しているが、エリシアは六歳としても背が低く痩せている。それだけでなく、銀色の髪も儚げで誰が見てもエリシアの方がか弱いと感じるだろう。エリシア自身も思わずつぶやきを漏らすほどに。
「誰も、そうは思っていないようだね。案内は付けてあげるから一人で行ってきてね」
クラウスが手を挙げると、今度は隠れていた護衛がウィスキアを取り囲む。そして、両肩を支えるように彼女を引きずっていく。
「クラウス様ぁぁぁ! 私は諦めませんわぁぁぁ! アンタ、覚えてなさいよぉぉぉ!」
悲痛というか、色んな意味で痛い叫びを残して彼女は退散した。彼女がいなくなったことで準備もスムーズに進み、時間通りに婚約披露パーティーが始まった。
「よお、兄貴。ずいぶんと派手にやってんじゃねえか」
「まったくですな。我々の同士に濡れ衣を着せた分際で……」
始まってすぐ、遅れて現れたのがアベル第二王子と、その取り巻きであるレイフォン公爵とマーベル侯爵だった。先日、クラウスの近衛騎士にボンボン子爵が捕縛されたことを腹に据えかねているアベルの乱暴な言葉に、レイフォン公爵が嫌味を重ねた。
「何のことか分からないな」
「ふん、惚けやがって。俺の派閥最大の金ヅルに冤罪吹っ掛けるなんていい度胸しているじゃねえか!」
惚けるクラウスに、アベルが噛みつく。激昂するアベルをマーベル侯爵がなだめつつ、解放されるなどとエリシアにとって聞き捨てならないセリフを放つ。
「まあまあ、殿下落ち着きましょう。所詮は濡れ衣。すぐに解放されますよ」
「そんなわけ――」
「それはよかったですね」
エリシアがマーベル侯爵に反論しようとしたところで、クラウスに止められてしまった。彼女を抑えつつ、涼しい顔で他人事のような言い方をする。それが煽りだと気付いたエリシアやアベルの側近は苦笑しながら聞き流す。
「ふざけんなよ。お前のせいだろうが!」
ただ一人、頭の良くないアベルだけが、クラウスの蒔いた餌に食い付いた。
「心外だね。そもそもアレの罪は冤罪でもなんでもない」
「ふふ、強気なのは結構ですが、証拠がありませんからなぁ」
「証拠は無くても証人はいるからね」
クラウスはしっかりと裏帳簿も提出している。それでもレイフォン公爵が無いと言い張るのは、裏から手を回して隠滅したからだった。
しかし、証拠は隠滅しても証人は何人もいる。そのことを指摘したクラウスの言葉を聞いてレイフォン公爵は大声で笑い出した。
「くははは、その証人は平民ばかりだろう。卑しい平民の証言など証拠になるわけがないだろうが!」
「そんなことはないよ。とびっきり信頼できる証人がいるからね」
そう言いながらクラウスはエリシアに視線を向けて片目を閉じる。エリシアは、それを見て背筋が寒くなるのを感じた。
「くっ、いいでしょう。結果は法廷で決するだけです。せいぜい吠え面書かないように! では、殿下参りましょう」
「うむ、そうするか。くくく、せいぜい足掻いてみろよ!」
捨て台詞を残して、アベル達は会場から出ていった。
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