第11話 婚約披露パーティーで例の女性を見つけました!
「婚約披露パーティーだよ」
完全復活したエリシアの情報を聞きつけたクラウスが、さっそく公爵家のタウンハウスへとやってきて、婚約披露パーティーの話を切り出した。
「誰のですか?」
「――そんなの決まってるじゃないか。僕とエリシアのだよ」
純粋な気持ちで尋ねたエリシアの頬を、クラウスは引きつった笑顔でつまむとムニムニと引っ張りながら顔を寄せる。彼女のマシュマロほっぺの弾力を一通り堪能して満足したのか、あっさりと手を放した。
「痛いですわ……」
「キミが惚けるのが悪いんだよ」
「そんなこと言われましても、どうせすぐに破棄――ひぃぃぃぃ!」
エリシアが拗ねて先日の婚約破棄の話題を出した瞬間、クラウスの笑顔から絶対零度の吹雪が吹き荒れた錯覚にとらわれて、エリシアは思わず悲鳴を上げてしまう。
「ほぉぉ、これだけ言っても、まだ分かってくれないみたいだね。これはもっとジックリと教えるしかないかなぁ?」
「か、勘弁してくださいませ……」
詰め寄られて消え入りそうな声でエリシアが謝罪をすると、可笑しそうに声を上げて笑いながらクラウスが離れる。
「はっはっははは。まあいいや。そういう訳だから、明日はよろしくね!」
「明日?!」
「そうそう、完全復活するまで待ってあげたんだから感謝してよね!」
寝耳に水のエリシアは当然ながら心の準備ができていない。そのせいか、彼に感謝するように言われても、素直に感謝する気持ちにはなれなかった。
翌朝、ファーレンハイト公爵家は戦場になった。
「入浴! 着付け! 化粧! ヘアセット! 進捗を確認して!」
「「「はいッッッ!」」」
戦場と言っても、エリシアは侍女の指示に従ってされるがまま。特に大変なことがあるわけではないのだが、侍女たちは王族との婚約披露パーティーということで、臨時のお手伝いも含めて忙しなく動いている。
「やあ、エリシア嬢。今日は一段とキレイだね」
「そんな見え透いたお世辞はやめてくださいませ……」
クラウスの言葉に嬉しくないわけではないエリシアだが、そのために朝から公爵邸の人たちが忙しくしていたことを考えると、素直に喜べなかった。口には出さないが、いつかは婚約破棄をされるという考えが頭の中にこびりついている。
「それじゃあ、僕はこっちだから。また後でね」
王宮に到着した二人は男性用控室と女性用控室に分かれて会場の準備が整うのを待つことになっている。まだ時間があるため、エリシアはクラウスと別れて控室で待つことにした。
「はい、では会場で」
「――何を言っているんだい。控室から会場までは婚約者である僕がエスコートするに決まってるじゃないか。まさか、一人で会場に向かうつもりだったとか言わないよね?」
「い、い、言いませんって! ちゃんとお待ちしております!」
初めてのパーティーで段取りなどもわからないエリシアは、当然ながら一人で会場に向かうつもりだった。クラウスの反応は正直言って怖い。しかし、一人で向かっていたら、後でもっと恐ろしいことになっていただろう。
控室で待っていればいい、ということで、エリシアはお茶やお菓子を嗜みながら、控室で時間が来るのを待っていた。他にも何人か令嬢が待機していたが、その中に見覚えのあるピンクの髪とブラウンの瞳の令嬢がエリシアの目に留まった。
「あれは……ウィスキア・ボンボン子爵令嬢?」
夢の中で婚約破棄してきたクラウスの浮気相手そっくりの女性が、ピンク色を基調としたパステルカラーのドレスに身を包んで、控室真ん中に置かれたソファに座っていた。彼女の血走った目が、何かをうかがうようにジッと入口の扉の方を凝視していて、ファンシーな装いとは真逆の鬼気迫る様子に、控室にいる令嬢の中でも人一倍浮いていた。
「クラウス・フォン・ランドール殿下。いらっしゃいました!」
エスコートの相手であるクラウスが来たということで、エリシアはゆっくりと立ち上がって入口へと向かう――より先に、ズザザザという激しい音を響かせながら、ウィスキアが入口に駆け寄ってヘッドスライディングをしていた。
「えへへ、転んじゃいましたぁ」
あざといセリフを言いながら顔を上げて、期待に満ちた目でクラウスを見る。そんなウィスキアを引きつった笑顔で見下ろしながら、後ろに控えている専属護衛騎士のゼーファンに合図をする。
ゼーファンは年齢こそ三十歳とだいぶ年上だが、精悍な顔つきに大人の余裕を感じさせる笑顔。振る舞いも紳士的で、六歳のエリシアから見ても超優良物件だった。
そんな彼が優しくウィスキアに手を差し伸べている姿を見て、エリシアの心が騒めく。だが、肝心の彼女はゼーファンの差し伸べられた手を無視して、ひたすらクラウスの方を見ていた。
「いらないなら、私が貰って差し上げますわ!」
エリシアはゼーファンの目の前に照準を定めると、全力疾走して彼の前のヘッドスライディングを決めた。目を潤ませながら彼の方を見て、手を差し伸べるのを待つ。
しかし、彼の目の前は、婚約者のクラウスの目の前でもある。それに気付いたのはクラウスによって抱きかかえられた後だった。
「な、何をしますの!?」
「何って、もちろんエスコートじゃないか。僕という婚約者がいながら、まさか他の男に色目なんて使ってないよね?」
「ひぃっ、も、もちろんですわ! それより下ろしてくださいませ!」
エリシアがクラウスの方を見上げながら懇願するも、彼は目を伏せて静かに首を横に振るだけだった。
「ダメだよ。また転んだら危ないからね。手をつなぐだけだと心配だから、このまま会場まで行こうか」
「やめ、やめてくださいませぇぇぇぇ!」
雰囲気の欠片もない恥ずかしすぎるエスコートにエリシアの顔は急激に熱を帯びてくる。手足をばたつかせて抵抗するも、所詮は六歳児の抵抗。エリシアはクラウスの脇に抱きかかえながら、会場へと向かうことになった。
「な、なんなのよ、あの女は! クラウス様は、私の物なのに!」
そんな二人を背後から睨みつけながら、ウィスキア・ミザーリ男爵令嬢は怒りのあまり爪を噛んでいた。
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