9 少し昔話 その5 アンリエッタはアンリエッタ
大人たちはクローヴィルの説明に尚更困惑したが、クロウの手記や最強の影が書いたという手紙(これも小説風)を読んだことで、納得するしかなかった。
「だが、前の世界の記憶というのは……」
困惑した視線をアンリエッタに向けるディナン伯爵。
「その事ですけど、わたしはわたしですわよ、お父様。こことは違う世界の記憶……なのかしら? 彼から託されたものを理解するのには役立ちましたけど、それ以外は使えないものですわ」
「使えない?」
「ええ。馬のない馬車だとか、空を飛ぶ……飛行機といったかしら? どういう原理で動いているのかさっぱりわかりませんもの。その世界の技術者ではなかったようですから、こちらに伝えることは出来ませんわね。
ですが、この物語のようなものを好んで読んでいたようで、それから派生していった様々な物語の知識がありますわ。娯楽とするのならそれもありな気はしますが、この世界に合わない物語が多かったので、出来ることでしたら広めたくはなかったです」
「広めたくなかった?」
「我が国を含め各国共、国王もしくは皇帝を頂いていますわよね。それなのに、王族と平民、もしくは低位貴族の娘との恋愛話なんて、受け入れたくないものです。
それに政略の婚約を否定し恋愛優先というのも、これまで築いてきた制度に喧嘩売っているのかと思いましたのよ。
王子ということはその婚約は国王が認めたもの、つまり王命に背くということですわ。そのような国家反逆になる様な恋愛脳って、なんなのでしょう。
コホン
お父様が手に入れられたのでしたら、私たちが学園に入る頃にはこの国でもかなり広まっていると思います。
下位貴族がこの物語を支持するのは有りですが、もし高位貴族で広めようとする者が現れたら、帝国との繋がりを疑ったほうがいいと思います。
その前に……ふふっ。帝国の王子たちは今、学園に通う年齢ですわね。学園でどのように過ごされているのかしら?」
アンリエッタは楽しそうに笑った。
大人たちは困惑の視線を交わしたが、ここで答えが出るものではなかった。
結局このことは、国王はもちろん王妃、第一王子、第二王子にも伝えられることになった。
王家の人々は明かされた話に驚愕したが、宰相も呼んで王家に伝わる秘話を明かすことにした。
この世界には時々他の世界の記憶を持つ者が現れるそうだ。
その者が伝えた技術を取り入れて発展してきたという。
アンリエッタは王家の人々から質問攻めにあったが、発展させるような技術は持ち合わせていないと判断された。
が、いつ役立つ知識を思い出すかもしれないと、専属でアンリエッタに侍女と護衛がつくことになった。
役立つかと思われた通信の魔道具だが、それを作った者が亡くなっていて他の者では作ることが出来ない物ということで、アンリエッタとその友人たちの遊び道具で終わりそうであった。
その後のアンリエッタとクローヴィルは、今までと変わらなく過ごした。
アンリエッタはディナン伯爵領で過ごし、そこにクローヴィルと母親が訪ねてきて交流をする。
帝国では不穏な空気が漂い出したようだが、アンリエッタとクローヴィルは穏やかに過ごしていた。
そうして四年が過ぎ二人は十四歳になった。
あと一年で学園に入学する。
アンリエッタは半年後の秋には王都の邸に移ることになる。
そうしたら、社交の始まりだ。
といっても母親と共に茶会に出るだけだけど。
この国の成人は十八歳で、学園の最終学年である夏の夜会でデビュタントをするのである。
貴族は大体それに合わせて婚約を整えるのだ。
アンリエッタとクローヴィルはもう婚約をしているので、学園に入ってから探す必要はなかった。
さて、その二人だがノートを覗き込むように見入っていた。
「これぐらいかしら? あの本に影響をされた者がする行動は」
「うわー。本当にこんなことをしてくるのか?」
「ええ、考え無しのお馬鹿さんなら」
二人が見ているノートには、帝国で流行っている物語に影響された者が取りがちな行動を、書きだしてあった。
「婚約者がいる相手の腕に腕を絡ませる? ボディタッチで気を引くって? 痴女の間違いじゃないのか? それとも娼婦になりたいとか?」
「ヴィル、それは娼婦の方に失礼ですわ。高級娼婦の方々はそのようなことは致しません。それどころか人生経験を教えてくださる、先生ですわ」
「ああ、そうだったな」
十四歳になった二人は高級娼婦による閨教育を受けている。
実践はもちろん行っていないが、妊娠可能年齢になったことで知識を授けてもらったのだ。
これにはいかに成人前に妊娠、出産することにリスクがあるのかを、知らしめるためである。
二人は真摯に学び、成人するまで何もしないことを誓ったのだった。
補足というより今まで思っていた疑問
こちらの知識を再現するのって、その物の構造などを詳しく理解していないと難しいと思いません?
車にエンジンがあってガソリンで動くというのは解るけど、駆動がどうなっているとか、ペダルを踏むと動いたり止まったりとかそういう技術って実際に作ったことがなければわからないと思うのよね。
こういうことを思うのって私だけかしら?