8 少し昔話 その4 策略の立案者
大人たちはアンリエッタから渡された物、何かが書かれた紙の束を読んでいった。
読み進めるうちに皆の顔が驚愕に染まっていった。
「アンリエッタ……何故、私たちに知らせなかった」
ディナン伯爵ラルフエッドが眉間にしわを寄せて言った。
「あら、どうしてお父様に知らせなければいけませんでしたの?」
「これは子どもがすることではないだろう」
「違いますわ。子どもの私だから出来たことです。もし、大人であるお父様たちが動けば、彼らに注目されたことでしょう。ですがわたしでしたら、たまたま偶然知り合ったほかの国のご令嬢がたと文通をすることになったとして、そこまで注目を浴びません。でも、何度か手紙を見られそうになったようですの」
「なっ! 危ないじゃないか」
「ですから、危なくなかったのですわ。その手紙はただの時候の挨拶だけでしたから。それよりも話が進まないので、言いたいことはすべて聞き終わってからにしてくださいませんか」
そこまで言われると大人たちは黙るしかなかった。
聞いてくれるようだと、アンリエッタはにこりと笑った。
「わたしも最初にこの計画書と手紙を見つけた時は、どうしようかと思いましたの。まだ私は五歳でしたし、クロウはなぜお父様にではなくわたしに託すのだろうと困惑しましたわ。
ですが……もう一つの手紙を読みまして、大人では駄目な理由がわかりましたの。
それにああなることを見越していた……もしくは自分たちの死を計画に組み込んで立案したのだろうということは、ククリと出会ったことで解りましたし……。
わたしとしましても、亡国となったご先祖様の無念や他にも亡国となられた国々の遺児の子孫の方々と手を取り合うのはやぶさかではなかったですし……。
芸人や商人って、仕事になるのでしたらどの国へでも参りますでしょう。
計画書はありましたし、帝国に恨みを抱えている方々は多くおられますし、それを繋ぐ方々もいましたし。
それならば前世の知識を使って、じわじわと真綿で首を絞めるようにできるのではないかと思ったのですわ」
アンリエッタは心持ち胸を張るように大人たちに誇らしそうな顔を向けた。
その隣でクローヴィルは額を押さえて俯いた。
誰も言葉を発しないのでアンリエッタは首を傾げた。
「アンリエッタ、その説明じゃ理解できないと思うよ。僕が代わりに話していいかな」
アンリエッタは軽く眉を寄せて納得できないという顔をしたけど、クローヴィルの提案に頷いて話すのを譲ることに同意を示した。
「えーと、伯爵、伯爵夫人、母上、お爺様、お婆様、僕もちゃんと理解できているかというと出来ている気はしませんが、アンリエッタよりは分かり易く話せると思います。
僕は、アンリエッタが何かをしていることを知ったのは八歳の時です。
えーと、僕が不用意な発言をした日と云えば、お分かりいただけると思いますが」
そこで言葉を切れば困惑した顔のまま、大人たちは微かに頷いた。
「僕たちがあの日ガゼボで話した内容は使用人たちから報告がいったから、アンリエッタを尋問したでしょう。
でもアンリエッタは何も言わなかった。
あなた方もアンリエッタが文通している相手のことを調べただろうし、その手紙をこっそり確認もしたでしょう。
ですがそれは意味がありませんでした。
だって、僕とアンリエッタ、アンリエッタと令嬢方は、直接言葉を交わしていたのですから」
「なんだって!」
ディナン伯爵は声をあげてしまってから、慌てて口に手を当てた。
「驚くのも仕方がないですよ。僕も実際にやり取りしていなければ、そのような魔道具があるとは、思いませんでしたから。
ああ、その魔道具は登録した者しか使えないそうです。それも対になった片割れを持っていなければ、ただのアクセサリーにしか見えませんから。
それでですね、計画の立案者はクロウと相打ちしたという、帝国の最強の影の者です。その者も亡国の王族で、何やら特殊なスキルを持っていたそうで、それゆえに生かされたのですが、隷属させられて自由に動けなかったようです。
それでも、そのスキルのおかげで命令されたことに抵触しなければ、計画を立てることが出来たようですね。
クロウとは王弟……父を暗殺した時に知り合ったようです。クロウが残した手記によると、感情の無い顔で涙を流しながら父を手に掛けた彼がとても異様にみえたそうです。そして声に出さなかったけど、唇が「殺してくれ」と動いたと書いてありました。だけど、攻撃をすれば反射で躱され軽い傷を負わせることしか出来なかったとか。
その場を逃げ出したそうだけど、翌日なぜか彼からクロウに繋ぎがあり、出向いた先で彼のおかれている状況を知ったそうだ。
彼のスキル……なのかどうかわからないけど、妄想……う~ん、現実でない……話の中のこと……、そう、物語のようにしてしまえば、他の人に伝えられたみたいで。
それを読んだからわかりますね。
アンリエッタに託すことにしたのは、アンリエッタと同じ前の世界の記憶があるから、アンリエッタなら解ってくれると思ったようだよ」
補足
帝国の最強の影の者
アンリエッタの存在を知り、もしかしたら同じ転生者ではないかとおもい、後を託すことにした。
計画書は異世界語で書かれていたので、誰かが手に入れても落書きもしくは模様と勘違いされるだろうと思った。アンリエッタが読むことが出来たのは偶然の賜物でしかなかった。
アンリエッタは自分を転生者だと思っていない。前世のことはただの知識でしかないから。
この世界で再現しようとは考えていない。
……のわりには黒板を作ってしまった。