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7 少し昔話 その3 準備には時間をかけましょう

 あれから二年、クローヴィルとアンリエッタは十歳になった。

 そして本日国王の許可も出て、二人の婚約が調った。


 あの日、アンリエッタは大人たちの尋問に近い問いかけを、見事躱しきった。

 それ以降もクローヴィルと母親は定期的にディナン家を訪れていた。

 クローヴィルはあれ以降、アンリエッタに問い掛けることはしなかった。

 その変わり二人は文通をするようになった。


 アンリエッタはクローヴィルだけでなく、近隣国の貴族令嬢とも文通をしていた。

 誕生日に贈り物をしあうくらいに、仲が良いようだった。


 大人たちはアンリエッタの行動を見張っていたけど、何かをしている素振りも見えなかった。


 そうして一年が過ぎるころ、帝国で恋愛を題材にした書物が売られるようになり、それに影響される貴族の令息、令嬢がいるようだと、噂が流れてきた。


「帝国で恋物語が流行っていると知っていますか?」


 いつものようにディナン家のガゼボでお茶を飲みながら、うわさ話に興じるクローヴィルとアンリエッタ。


「そのようですね。何やら身分差がある男女のお話とか」

「ええ、わたしが聞いたお話ですと、公爵家令息と子爵令嬢のお話と騎士と侯爵令嬢のお話が人気だそうですわ」

「よくご存じですね」

「文通相手のシェリーナ様から教えていただきましたの」

「そう云えば色々な国の方と文通をなさっているとお聞きしましたね」

「はい、そうですわ。シェリーナ様は帝国の方で、他に……そうですわね……今は八人の方とお手紙でやり取りをさせていただいておりますの」


 楽しそうに答えるアンリエッタにクローヴィルの胸がチクリと痛んだ。

 文通相手は全員女性だと知っているけど、自分だけではない事が面白くなかった。


「このままいけばわたしたちが学園に入る頃には、我が国でもそういう書物が読めるようになるかもしれませんわね」


 意味深に笑うアンリエッタにクローヴィルは目を伏せながら、少し離れたところにいる使用人の様子を伺った。


『いいのかい。伯爵に知られても』

『ええ、準備はもうできましたから』


 クローヴィルは手早く手に持った板に文字を記す。

 アンリエッタも文字を消して直ぐに返事を書いた。

 それを読みあった二人は仲良く板に文字を書いたり、絵を描いて見せあったのだった。


 執事が戻るには早い時間に呼びに来たので、二人は肩を竦めあってから応接室に向かった。

 待っていた大人たちは苦い顔をしていた、


「アンリエッタ、説明を求む」


 並んで二人が座るかどうかというタイミングで、ディナン伯爵は言った。


「説明する必要はないと思いますけど」


 目の前には先ほど話に出た書物が五冊置いてあった。


「これを流行らせた意図は何だ」

「帝国を瓦解させるための下準備ですわ」

「このようなものでそれが出来るとも?」

「ええ。もちろんです」


 伯爵以下大人たちは半信半疑の顔でアンリエッタを見ていた。

 アンリエッタは小さく嘆息すると表情を引き締めた。


「わたしが説くまでもないことですが、帝国は疲弊してきています。前皇帝まで、他国を襲い下し自国の領土としてきました。その地の民たちも奴隷として帝国内に組み込んでいます。

 帝国は領土を広げ過ぎたのです。それも、雄大な穀倉地帯を焦土と化してまで。何をしたかったのかわかりませんが、その地は作物が育ちにくくなったと聞いております。

 帝国は一神を祀っているそうですわね。他国に侵攻していたのもその神のお告げの中に『この世界は我がものであり我が信徒のものである』という言葉があるので、それに従ったのだと申しているとか。

 ですが、せっかく手に入れた土地が思うような収益をあげられないのです。食料不足にはなっていないそうですが、余剰があるわけでもないので、軍を維持するのも大変になってきているのだとか。労働力である奴隷に食事をさせないわけにいきませんしね。

 不満に思っている帝国民はかなり多くいると思われます。


 そこに、噂として他の神々を認めようとしない皇帝に、他の神々が怒っていると流しました。最初は下町や近隣の村々に流したのですが、次第に多くの人々、貴族階級以外に浸透しているそうですわ」

「……つまり、この書物は隠れ蓑か」


 よくできましたというようにニッコリと笑うアンリエッタ。

 これが十歳の子供……いや、その数年前から計画されていたのなら、十歳に満たない子供が考えて実行に移したということに、大人たちの間に緊張が走った。


「アンリエッタ」


 クローヴィルが(たしな)めるように声を出した。


「あら、もう少し楽しみたかったのに」

「悪趣味だと思うよ。それに将来自分たちが同じような立場に立ったらどう思う?」

「それは……嫌ね。ごめんなさい、お父様、お母様。種明かしをしますわね」


 アンリエッタが侍女に命じて持ってこさせたのは、大きなウサギのぬいぐるみだった。ドレスを着たぬいぐるみのドレスを脱がし、背中の糸を切ってあるものを取り出したのだった。


補足

板の文字を書いて消しては、小さな黒板のようなものを作り出しています。

売り出されていて、貴族だけでなく平民にも人気の品です。

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