11 その後の帝国は……
第二学年に上がったクローヴィルとアンリエッタ。
相変わらず節度を保った距離感で隣にいる二人。
兄王子たちに唆されてアンリエッタを膝に乗せたものの、それが至福から苦行に変わるのは早かった。
自制のためにも、これまでのように特別室で膝枕をしてもらうだけに留めることにしたクローヴィル。
時々切ない吐息を漏らしているのを、男子生徒は憐憫の思いでクローヴィルから目を逸らすのだった。
この一年の間にも帝国の様子は酷いものになっていった。零落の一途を辿っているのだ。
併合された元小国が次々と反旗を翻し、独立していた。
それに二年ほど前に帝国の皇太子がやらかしていた。
子爵家の令嬢、それも子爵の浮気よる庶子で学園に入学させる三か月前に引き取ったという、マナーも貴族の常識も持ち合わせない令嬢に篭絡され、その令嬢と一緒になるために婚約破棄を宣言した。
どうやらある書物に影響されたようだ。
書物のように皆に祝福されることは無く、皇太子の皇籍は剥奪されていないが皇位継承権を取り上げられ、エルアトルス王国とは逆の辺境へと追いやられたという。
その辺りも独立の気運が高まっているというので、かなり危ないそうだ。
元皇太子は気づいていないらしいが。
毎日不満ばかりを言っていると、報告が来た。
近隣諸国は静観を貫いていた。
一度理不尽な言いがかりをつけられそうになった国があったが、ありえない天候の急変により帝国の者達に不幸が訪れたそうだ。
心ある者達は神々の怒りに触れたのだろうと噂した。
帝国が神々の怒りに触れたというのは本当だった。
半年ほど前に、様々な神殿の神官たちに同じ神託が下りたそうだ。
『帝国はやり過ぎた。帝国を守護している神の傲慢で怠惰な態度に他の神々が物申し、帝国が奪った土地の加護を無くした。それに気づかずに帝国は他の神が守護する国を奪い続けた。他の神々の協議により、帝国を守護する神の権限を取り上げることになった。これより帝国は加護を失うことになる。奪われた国が独立すれば、その国を元の神が守護するだろう』
この言葉により帝国に併合された国々の独立が始まったそうだ。
今の帝国の軍事力は低下していた。
将軍位、隊長位などを金で買ったものが増えていたからだ。
実力に見合わない者が上にいるのだから、独立を宣言した地域に派遣された者達の士気はどのようなものか解るだろう。
それにその地についた途端、その地の出身者の兵士が離脱し、独立軍に加わるということが数多くみられた。
そのため帝国は下手に軍を差し向けることが出来なくなった。
そうなると独立軍の力が圧倒的となり、その地を手放すしかなくなってしまったのである。
帝国は厚顔無恥にも隣国に助けを求めた。助けを求められたどの国も、応じることはなかったという。
業を煮やした帝国は方針を変えた。それは自国の皇位継承権を持っている者と隣国の王族との婚姻を望んだのだ。
クローヴィルたちが最終学年になってすぐに、帝国からクローヴィルへと縁談が来た。
どうにかしてエルアトルス王国との縁を結ぼうと必死になっているようだった。
他の国々に断られ、小国と侮っていたエルアトルス王国だけでもと、高圧的な申し入れだった。
もちろん断った。
断ったのに、縁談相手の姫がやってきた。
表面上は学園に留学という態だった。
この姫は因縁の第二王子、現在は外交を担当している王弟の二の姫だった。
あの親にしてこの娘有りを、体現している姫だった。
帝国でどれだけ甘やかされたのか、自分の要求はすべて通ると思い込んでいた。
居丈高に振舞い、特別扱いを望む姿にエルアトルス王国は、留学を切り上げて帰って構わないという態度で臨んだ。
追い出されるわけにはいかないので、学園生に対する態度は少し改まった。
改まったというより、相手にしなくなっただけのようだった。
絡まれることがなくなった学園生はホッと胸をなでおろした。
二の姫の興味はクローヴィルだけに向けられた。
所かまわずクローヴィルに付きまとった。
教室だろうが廊下だろうが見かけると突撃してくる姫のことを、クローヴィルは相手にすることは無かった。
あまりに手ごたえが無いので、二の姫はあろうことか特別室に入り込もうとした。
もちろん護衛の者が姫を入れることはなかった。
王国に留学してきて三か月、相手をしようとしないクローヴィルに業を煮やした姫は、クローヴィルの逆鱗に手を出した。
クローヴィルとアンリエッタを嘘の理由で離れさせた隙に、アンリエッタを攫ったのである。
一瞬、成功したかに見えたが、アンリエッタに酷いことをする予定の邸に着くと、そこにはクローヴィルを筆頭に王国騎士団が待ち構えていた。
「ひっ捕らえろ!」
クローヴィルの号令に一味は一網打尽にされた。
「ちょっと、私を誰だと思っているのよ! こんなことをして、伯父様やお父様が黙っていないんだから!」
後ろ手に縛られた姫が喚く。
「それがどうした」
「どうしたですって! 帝国を怒らせるのよ。ただで済むわけがないじゃない。今すぐ私を解放したら許してあげるわ。そうね、ついでにあなたが国王になりなさい。帝国の姫である私には王妃が相応しいわ!」
「寝言は寝て言え。というか、やっぱお前、頭が足りないだろ」
「なんですって!」
侮辱をされたと姫はクローヴィルを睨んだ。