1 見目麗しい第三王子
エルアトルス王国の学園でのこと。
今年の学園の新入生に第三王子とその婚約者がいた。
第三王子クローヴィルは国王最愛の寵妃の子供で、王家特有の鮮やかな金髪と蒼い瞳に母親似の甘やかな顔をしていた。
婚約者は伯爵令嬢のアンリエッタで、国民に多い茶髪に琥珀色の瞳をしたかわいい顔立ちの少女だった。
二人の仲は良好で、学園卒業後は一人娘であるアンリエッタと結婚し、婿入りすることが決まっていた。
さて、貴族の令嬢方も現実を解っていても夢は見るもので、甘い顔立ちのクローヴィルに懸想する者が後を絶たなかった。
密かに想うだけなら良かったのだが、中には積極的にアピールする者もいた。
男爵家の庶子で、学園入学の半年前に引き取られたと噂の少女が、一番積極的だった。
名をヘレナといった。
クローヴィルに事あるごとに接触してきて、親密な関係になろうとした。
その行動を後押ししたのは、帝国より入ってきた書物だった。
それは身分の低い令嬢と王子との恋物語。
身分差を乗り越えて結ばれるというもの。
普通に考えればあり得ないことなのに、ヘレナはその物語を自分に都合よく解釈したのだ。
クローヴィルの隣にアンリエッタがいてもお構いなしに近寄ってきた。
その行動を高位貴族からは立場を弁えないものとして眉を顰められていたが、下位貴族の中にはヘレナを見習ってクローヴィルと親しくなろうとする令嬢達も現れるようになった。
その中に物語に感化されたのか、それとも同じ伯爵家のアンリエッタが選ばれたのなら、自分にもチャンスがあると思い込んだ伯爵家の令嬢も混ざるようになり、学園内が騒がしくなっていった。
さて、令嬢たちに囲まれるようになったクローヴィルだったが、彼は令嬢たちに囲まれると困ったように微笑むだけだった。
微笑むだけで何も言わないクローヴィル。
その微笑みを良いように解釈した令嬢たちは、ますますクローヴィルの周りに纏わりついた。
アンリエッタもその様子に何も言うことがなかった。
彼女もクローヴィルが令嬢たちに囲まれると困ったように微笑んでみているだけだった。
何も言わないアンリエッタのことを、見下すような態度をする者が増えて行った。
下位貴族の令息なども「クローヴィルに捨てられた後、貰ってやってもいい」などと言う者も現れるようになった。
半年が経つ頃には増長した令嬢たちが、いつもクローヴィルを囲んでいた。
彼女たちはクローヴィルとアンリエッタを引き離そうとするのだが、二人の関係は何も変わったようには見えなかった。
朝、クローヴィルとアンリエッタは同じ馬車で登園し、帰りも同じ馬車で帰っていく。
それと昼休みに二人は学園の特別室で過ごすのも、入学から今日まで変わることがなかった。
「クローヴィル様、私たちとお昼を一緒に食べませんか」
「他の方と交流するのも大切なことですわ」
増長した令嬢たちがお願いしても、それだけは叶うことが無かった。
特別室は警護が厳しく許可された者以外が近づくことを許さなかった。
令嬢たちは悔しそうに二人が特別室に行くのを見送るしかなかったのだ。
だが、向う見ずにもヘレナは何度も特別室に入ろうとした。
クローヴィルたちの後ろについて、一緒に特別室に入ろうとしたのだが、警備の者達に止められた。
それが何度も続くと学園から警告が出された。
次に同じことをすれば停学にすると云われて、渋々ヘレナは引き下がった。
さて、この学園の特徴として生徒会役員になるためには、時期とある条件があった。
まず時期だが、入学から半年を過ぎなければ、生徒会に入ることが出来なかった。
生徒会役員候補は入学から三か月が経ったところで選ばれる。
そして三か月の試用期間を経て、生徒会役員となれるのだ。
もちろん全員が役員になれるわけではない。
一学年六名が選ばれていた。
それから三か月後に三年生が引退し、新体制で生徒会が運営されるのだ。
もちろんクローヴィルとアンリエッタも生徒会役員候補となり、先日正式に生徒会役員となった。
同じに役員となった男子生徒は何を思ったのか、クローヴィルの側近のように振舞うようになった。
クローヴィルから側近候補になって欲しいと謂われていないのに。
クローヴィルは女子生徒に囲まれた時のように、側近のように振舞う男子生徒にも困った顔をしただけだった。
それを見ていたヘレナは、クローヴィルの周りにいる男子生徒と親しくなることにした。
彼らの周りに護衛などがいるわけもないので、ヘレナはあっさりと男子と仲良くなった。
その伝手を使って生徒会室に入りこもうとしたが、上の学年の生徒会役員に睨まれることになり、生徒会室も立ち入り禁止になったのだった。