【第8話】意識の深度
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「落ち着きましたか? 籠屋さん?」
「……うっす」
猫矢から日南はチョップをくらい、今は大人しく椅子に座っている。それよりも鳴宮に半笑いで確認を取られていることが気に食わないらしく、体が震えていた。
「みんな気づいているかもしれないけど、開花武器にはそれぞれ名前があります。それには理由があって、開花武器はその人の心を映す鏡のようなものなんです。その人の性質、性格が大いに現れ、武器の形をしているものもあれば、そうでは無いものもあります。ちょうど、籠屋さんのようにね」
それを聞いた生徒たちは「それってちょっと恥ずかしくない?」などと口を滑らしていた。
それを聞いた鳴宮も
「ちょっとどころじゃないですよ、一歩間違えればめっちゃ恥ずかしいですよ」
とこぼしたので、皆口々に「鳴宮先生ってもしかして、厨二病……」といい始めた。そのことに鳴宮はムキーっと怒って答える。
「僕の場合、授業の最初で先祖が人外と交わったって言ったでしょう? その人外が雷神なんですよ、だから雷系の武器なんです!」
その話題により男子は今までより興奮気味に話を聞き始めたのであった。
「やっぱり男子っていつまで経っても厨二病なんだよね」
と半笑いでこぼす日南もいたことをここに残しておこう。
またもや鳴宮の奥義である都合が悪くなったら咳払いをするという技が発動され、場を静める。
「次の章は侵食度合いのお話です。この中で虚に侵食されることがどういった尺度で測られるか知っている人はいるかな?」
何やら最初の方よりもにこやかな鳴宮は機嫌良さげに生徒にクエスチョンを投げかける。萌黄とアリスが手を挙げていた。
「では、宮下さん、どうぞ」
「はい、侵食の度合いは『深度』というもので測られると聞いたことがあります」
「正解です! なぜ『深さ』なのかというのは、侵食されている人の意識が深層心理のより深くへ落ちていくことから名付けられました。『深度』には3段階の設定が設けられています」
そういうと、パソコンを操作してプロジェクターで表を写した。
・深度1は取り憑かれて間もない人の事を指す。
この人たちは自我もあり、体調が悪いな程度で済む。虚を引き剥がしてしまえば、少し風邪のような症状がでるが、比較的健全な状態で助かる。
・深度2は侵食がかなり進んでいる。
自我を保てなくなり、言動がおかしくなる。この人たちは助けることはできるが、運が良ければ数日、運が悪ければ数ヶ月目を覚さないこともある。
・深度3は人格を破壊され、もう虚に乗っ取られている状態。
虚を祓っても、植物状態となる。
「この前の宮下さんはまず取り憑かれてもいなかったので、深度0、瘴気に当てられて体調が悪くなっただけ、に属しますね」
これには萌黄も「あの時はご迷惑をお掛けしました……」と声を小さくして頷いた。
「あ、鳴宮先生、もうちょっとでチャイムが鳴るので、いい感じに締めくくってください」
国永が時計を見て、慌てて鳴宮に指示した。それを聞いて鳴宮はうんと頷いて教卓から身を乗り出す。
「この授業で、虚に関する知識、対処方法などを改めて知ることができたのかなと思います! 皆さん、虚に遭遇したら自分の力量を分かった上で、対処してくださいね!」
この言葉を言い切って、何故だか猫矢がホッとした表情を見せた。生徒たちもこれで授業が終わりだと思ってざわつき始めようとした、のだが――
「それと、皆さん! 僕は虚研究の上で開花武器の研究は最も重要なものだと感じていますっ。もし、他にも開花武器を持っている人がいたら、僕にすぐさま連絡を! お給料はたんまりお支払いするので、僕の研究材料になって……むごごご」
「はい、みんなぁ授業は終わりだ。休憩していいぞーこいつの話は聞かんでいいので、んじゃあな」
鳴宮が何やら不穏なマシンガントークをし始めたので、猫矢が口を塞ぎ、人外持ち前の腕力で引き摺り去っていった。その様子に生徒たち全員が苦笑いである。
のちに副担任の国永に鳴宮について聞くと、
「あの人……良くも悪くも好奇心だけで動いているから、研究材料にされようものなら勉学が疎かになるくらい連れ回されるだろうねぇ……あの人、好奇心の獣って言われてるくらいだから……あはは……」
と力ない笑い方で返答されたらしい。過去に何かあったのだろうと、誰もが思った。
そして志乃は授業終わりに日南から釘を刺された。
「鳴宮の家系の奴らはね、良く言うと好奇心の塊、実際は好奇心を満たすためならなんでもやる理性のない獣みたいな奴らが集まったやばい家なの。さっきの授業の時、志乃は気づいてなかったかもしれないけど、私を見るついでに志乃のことも結構見てたから、本当に気をつけてねっ! 鳴宮天麻はその辺のストーカーよりも厄介な奴だから、何かあったらゼッッッタイに私に言うんだよ!? 分かった!?」
志乃は鬼気迫る日南の言葉に「は、はひ……」としか言えなかったのだった。
***
放課後――志乃は珍しく1人で廊下をポテポテと歩いていた。中学の時から気になっていた高等部の敷地内にしかない中庭に行くためである。
中庭というのは通称名で、本来の名前は「四季の箱庭」と言う。この庭は人外の技術が使われており、一年を通して四季折々の花々が咲き誇る不思議な庭なのだ。枯れることはなく、どの月でも変わりなく咲き続けている。
何故、中庭を知っているのか。
「四季の箱庭」は小等部からの生徒なら誰もが知っている天明学園八ツ不思議の1つに数えられる場所なのだ。
『天明学園八ツ不思議』
1つ、異界の使者からの手紙。小等部練にある3階女子トイレに書かれた謎の文字のことを指す。これを解読すると異世界に行ける。
2つ、終わらないワルツ。高等部練にあるダンスルームでは夜になるとダンスパーティが開催される。顔を隠さず参加すると、永遠にパーティから退場できない。
3つ、箱庭の水瓶。高等部練にある四季の箱庭のどこかに水瓶があるらしい。その水を飲むと何でも願いが叶う。
4つ、偉人からのお誘い。中等部にある音楽室に飾られている作曲家たちの肖像画が夜な夜な絵から出てきて、一緒にピアノを弾く相手を探しているそうな。一緒にピアノを弾くと、いいことがあるらしい。
5つ、大鏡に映る美しい人。大学のエントランスに置いてある大鏡にはそれはそれは美しい人が映ると言う。夕方、1人で大鏡を見ると、その人は予言をしてくれるらしい。
6つ、放送室からのお知らせ。全学部練に放送できる唯一の共同放送室から、無人にも関わらず校内放送が始まる。聞こえた人は近いうちに不幸に遭う。
7つ、幸せな人形。学園長室前の窓のそばに不自然に置いてあるアンティークドールは生徒たちを優しく見守っている。何かあったときは彼女を頼れ。
8つ、それは誰も知らない。しかし存在する。見てはいけない、聞いてはいけない、話してはいけない。知ってしまったら戻れない。
これは誰が言い出したのか、何もわからない。小等部のエントランス前にクラス表が張り出されるが、それの隣に毎年必ず貼り付けてあるのだ。
だから誰もが知っている。