【間話】ずっと探していた
「それで、どういう風の吹き回しだい? あんなに面倒臭そうだったのに、いきなり協力的になるなんて」
濃い紅色でありながらどこか上品な色味のソファに腰掛け、紅茶を啜っているホワイトブロンドの髪の青年が桃色の瞳を揺らめかせて静かに呟く。咲羽天皇である。
「そういう気分になっただけだ」
咲羽の問いに対し、ぶっきらぼうに一言返すのは、咲羽の座るソファの向かい側に座る漆黒の美丈夫。皇鬼であった。
咲羽を光と形容するなら、皇鬼はまごうことなき闇である。それほどにまで、彼らは相対的な風貌であった。しかし関係性も相対的かと言われると、そうでもない。
「ふーん、それだけじゃないよね。皇鬼はそれ以上に何か大切なことのために動いているという感じがするよ」
「はっ、言ってろ。お前に言ったら面倒なことになるのは分かっているからな。俺からは絶対に言わない」
「ははは、そんな釣れないこと言わないでおくれよ! 私と皇鬼の仲じゃないか!」
妖の王である皇鬼は咲羽の数少ない気の許せる友人の1人であった。そもそも、皇鬼は1000年以上生きる妖。歴代の天皇の友人という関係性であった。ただ補足すると、気の合う天皇としか話さなかったのだが。
皇鬼は随分前に入れられた紅茶には一切手をつけておらず冷め切っている。一方咲羽は自分の専属従者である琴吹風音という同い年くらいの青年にお茶のおかわりを頼んでいた。再び入れられた紅茶からは鼻口をくすぐる芳醇な香りがしている。ほのかに金木犀の香りも感じられ、紅茶にミルクを入れた咲羽は口元にカップを持っていき香りをも味わっていた。
「ほら皇鬼、この紅茶すごく美味しいんだよ? 匂いまで楽しめるなんて、紅茶好きの私としては嬉しい限りなんだけどなぁ。……やっぱり何も感じないかい?」
咲羽は少し困った顔で皇鬼のカップを見る。その表情には少しの悲しみが含まれていた。
「ああ、朧姫を失ったあの日から何の味も感じなくなったからな」
それに対し、皇鬼は淡々と事実を返すのみ。その様々な色が混じり合う黒い瞳は何の感情も映していないようだった。しかし咲羽は何か感じ取ったようで「でも」と呟く。
「でも、私の“目“は誤魔化せないようだね。おおよそ、朧姫の転生体が見つかったんじゃないの? 私は嘘を見分けるのは得意だからね」
咲羽の近しい者しか知らない能力――それは嘘を見抜くことができる能力「真眼」であった。その能力者が咲羽であるのだ。相手がどんな高位の妖であろうが、咲羽の前では隠すことが出来ない。それにはもちろん皇鬼も含まれていた。
「……ハァ、やはりお前には隠せなかったか。……そうだ。お前の言う通りだ。朧姫の転生体であろう人物が見つかった」
「よかったじゃないか! 1000年待ち侘びていたんだろう? 何をそんな暗い顔をする必要がある!」
闇と表現すべき皇鬼の表情がより一層暗くなる。それに対し、咲羽は光を撒き散らしてまるで自分ごとのように嬉しそうだった。
「おそらくだが、1000年前のことは何も覚えていない。もちろん俺のことも」
皇鬼は下を向いて、眉間の皺を深めた。その様子に咲羽は一呼吸をおいて、話し始めた。
「皇鬼は私の婚約者の琴吹文音は覚えているかい? まぁ覚えていなさそうだから返事は聞かないのだけど。今を生きる文音でさえ、私との楽しかった記憶を忘れたりするんだ」
「? それがどうした」
「そう言う時はあの手この手で思い出させようとする。私ばかりが覚えていて文音が覚えていないなんて、悲しいからね。皇鬼はどうだい? まだ何もしていないのに、諦めて絶望している。君はその子に会って何かしたのかい?」
「…………」
咲羽が自身の体験を元に話をすると、それを聞いていた従者の風音は「はあ……」と大きなため息をついていた。
カーテンの隙間から夕陽が差し込み、皇鬼の横顔を照らす。先ほどとは違い、皇鬼の表情に影はなかった。
「帰る、用事を思い出した」
「ふふ、私の激励は効いたかな? 効いたのなら嬉しいのだけれど、元気でね? また今度」
「ああ、また」
皇鬼はソファから立ち上がると、「雲行」と誰かの名前を呼んだ。
『お呼びですか、皇鬼様』
すると、パーカーにダボッとしたズボンを履き、着物を羽織っている、翡翠色の髪を隠すかのようにフードを被る青年がゆらりと何もないところから現れた。雲行は手に持った大きな鏡に文字を映し出しており、本人は声を一切発さない。
「いつ見ても雲行は不思議だよねぇ。確か、その鏡の方が本体だったかな?」
『はい、雲外鏡ですから』
「おしゃべりはいいから、さっさと帰るぞ」
『開け、界鏡』
景色が揺れ、人3人分が映りそうな大きな姿見が現れる。漆黒の木枠が螺鈿細工で彩られ、朱色金色で鬼やら狐やら様々な妖の絵が描かれていた。皇鬼はその鏡に躊躇なく触れると、沈み込むようにして鏡の中に入っていった。
***
「お帰りなさいませ! 皇鬼陛下」
「ああ」
皇鬼を待ち構えていたのは堀内貴臣と言う、元は元内閣総理大臣――吉谷勝郎によって送り込まれたスパイ的な立ち位置の男であった。現在は皇鬼に感銘を受け、吉谷とは完全に縁を切っている。伊万里からは「おみくん」と呼ばれている。
「何かいいことがあったんですか?」
皇鬼の顔を見た貴臣の第一声がそれで、皇鬼は「は?」と困惑の色を載せた声を上げた。
「言ったら悪いですが、いつもの生気のない顔に比べると、色づいているというか何と言うか……元気そうだったので」
その言葉に、皇鬼は喉の奥で小さく笑い声を上げた。そして踵を返して、貴臣に少しばかり微笑んだ。
「そうだな、そうかもしれない。お前は人の顔をよく見ているな、俺は部屋に戻るから後のことは頼んだぞ」
「え、ちょ、皇鬼様、まだお仕事残ってます……ああっ!」
取り残された貴臣はこの後の仕事量を思い出して胃を痛めるのであった。
***
部屋に戻ると、天蓋が設けられたベッドに倒れ込み、誰もいない部屋で1人口籠る。
「確かに、何もしていないのに諦めるとは俺らしくないな……」
皇鬼は漆黒のネクタイをずらし、シャツのボタンを数個開ける。そして天井を見上げ、虚な目でしかし優しい目つきで、つぶやいた。
「俺は、ずっと探していた、お前を朧姫を。なのに、いざ目の前にすると、どうにもいつものように立ち回れないな……なあ朧姫、まだ俺のことを愛してくれているか?」
皇鬼の呟きは静寂の中に溶け消えた。




