【第30話】話題作りは難しい
「「「「「おお〜!」」」」」
先ほどの歓声よりも大きな歓声が鳴り響く。
「あずきや」は妖である「あずきとぎ」が経営しており、丹精込めてといだ極上のあずきがふんだんに使われたおはぎが有名な1000年続く老舗和菓子店である。先ほど赤橙が言った通り、店頭販売では行列が2キロも続くと言われ、予約だと最低でも5年は待たなければ食べることは叶わない、幻のおはぎだ。お値段はなんと300円とお財布に優しいのだが、待ち時間は全くもって優しくはない代物であった。
「へぇ、あずきやってそんな有名な和菓子屋さんだったんだぁ」
生徒らが大歓声を上げる中、そんな場違いな言葉が志乃から溢れ出す。その言葉に日南も萌黄も驚愕である。
「志乃、あんた流石にそれ知らないのはやばいよ!」
「そうですよ! 普通なら絶対に食べられないんですよ!?」
日南と萌黄の言葉を聞いて、志乃は目を泳がせる。
「えと……あの、言いにくいんだけど……食べたことあるというか……」
「はあ!? 志乃食べたことあんの!?」
「結構いつもあると言うか……日南ちゃんも食べたことあります」
「え……!? まさかいつもお茶請けに出してくれるあのおはぎ!? そうならそうと言ってよ! もっと味わって食べたかった!」
志乃の言葉に日南は肩を持ってぶんぶんと揺らし回す。志乃はされるがまま揺さぶられていたが、萌黄が下を向いて少し震えながら硬直しているのを見て、「も、萌黄ちゃん……?」と声をかけたが、しかし、
「…………志乃ちゃんの、日南ちゃんの、裏切り者ぉ……!」
と、麗しく涙を流して日南と志乃の頬を思いっきり摘んだ。
「いてててて! ……てかさ、なんで常備されてるわけよ! 幻のおはぎなんだよ!?」
「いひゃひゃ……確か、昔、お母さんにこのおはぎ美味しいね、ずっと食べたいって言ってからあるような、ないような?」
「いや、答えになってないよ〜!」
えーんとでも音がつくかのように、萌黄が騒いでいた。あの冷静沈着が売りの萌黄でさえこの状態である。それだけおはぎの力はすごいのだ。
(でもなんで、ずっと食べたいなんて言ったんだろう……確かにとんでもなく美味しいから言っただけかもしれないけど、もっと奥底にある何かに触れた気がしたから……? うーん、わかんないなぁ……)
志乃が考えているうち、景品の発表は終わっていたらしい。あの大歓声で満ち溢れていた講堂は静まり返っていた。
「とまあ盛り上がりはここまでにして、この合宿を通じて、まず親和性が高いのか、どの精霊との親和性が高いのか分かればいいと思う」
***
「あんなに萌黄が和菓子好きだったとは、知らなかったわ……」
夜部屋に帰ってきた志乃たちは布団に入り、雑談をしていた。猫矢も交えて。日南は今日イチのハイライトであるおはぎ話を持ち込んだ。
「今日の宮下は一段と様子がおかしくて、喧嘩でもしたんかと心配していたんだが、考えすぎだったにゃ」
「う、先生にも見られてたなんて……恥ずかしくて死にそうです……でも2人のことは許してないからね。今度おはぎ食べさせてくれる約束してくれるなら許します」
猫矢はやはり煮干しを食べながら、まるで生徒の1人かのように会話に混じっている。萌黄はあの形容し難い恐ろしい顔で日南を志乃を見つめてくるので、志乃も日南もたまったものではなかった。
「……今度家、おいで……いっぱいあるからぁ……」
「私、巻き添え……」
「いっぱい食べさせていただきます、なんならタッパー持ってきますね」
今まで見たこともないような光り輝く笑顔で図々しいことこの上ない返答をする萌黄に対して、猫矢はまるで酒が入っているかのように大爆笑である。志乃と特に日南からしたらいい迷惑であった。志乃はこの話題を逸らすために、萌黄に気になっていたことを問いかけた。
「禁界の陰陽師ってなんて名前なの? 萌黄ちゃん、知ってる?」
「名前だけなら存じてるかな。確か……中宮千隼さんだったかな、28歳の男性ね」
「嗚呼、志乃も萌黄もあんなヤバイ奴のこと覚えなくていいよ! 強さは認めるけど尊敬できないタイプなんだから、いわゆるクズってやつ」
日南は何やらその男を毛嫌いしているらしく、「口に出すだけで、私の志乃が汚れる! 志乃、後で塩水飲んで!」と言うほどである。
(また話題間違えたかも……)
志乃が頭を捻っていると、猫矢が何か思い出したかのように話し出した。
「そういえばぁ……お前らは知ってるかにゃ? 綾月公園の千年桜の話」
「「千年桜?」」
志乃と日南の声が重なる。猫矢が「そこからか……!」と頭を抱えていたが、気にすることなく、萌黄が説明してくれる。その説明はもはやコンピューターのように精巧な感じがした。
「千年桜とは、樹齢1000年を超える枝垂れ桜で、今いる綾月公園の中央に位置している巨大な桜のことです。社殿はないものの、千年桜自体、御神木として有名でご利益は永遠の愛、違えぬ約束だったかな、そんな感じの約束事のご利益があります。この千年桜のご利益の元になったお話が、朧姫と皇鬼様のお話なんです」
「さすがは、宮下だにゃ〜説明が端的でわかりやすい! そう、ここはかの有名な御二方の約束の地というわけだ。そのお話っていうのが……」
この後、3人は猫矢の語りに耳を傾け、志乃はまるで自分が体験したかのような没入感を味わうことになる。猫矢菜子が語るは、朧姫と皇鬼の誓いのお話……




