【第25話】焔朝
猫矢はもう最初のかっこよさはどこへやら、本物の猫のようにだらりと椅子で溶けていた。先ほどまで何も写っていなかったスクリーンにポップな字で「焔朝ってなーんだ?」と書かれた画面が表示される。
(わーかわいい文字……どうしてこの文字?)
「焔朝ってなーんだ、ということで、まずは我々焔朝に関して講義をしたいと思う」
東雲は志乃が感じた疑問点であるポップでファンシーな文字には一切言及せず、次へと進む。次に映し出されたのは3階建ての日本家屋だった。白壁と黒い梁がくっきりと対比をなす、誰がどう見ても堂々とそこに存在する和風建築物。焦茶色の木材が長い年月を表しているかのように荘厳で、ガラスの存在が美しさを引き出していた。その隣に立派なオフィスビルも見えた。
「これは焔朝の庁舎だ。と言っても、いつもはこっちの30階建てのオフィスビルを使用している。この日本建築の方は主に式典などに使用されていて、今では滅多なことでは使用されないんだ。まず、焔朝という組織は偉大なる陰陽師である安倍晴明が設立した組織で、平安時代から現代までおよそ千年以上の月日が経っている。世界でも類を見ない組織のひとつとまで言われているらしい」
画面が変わり映し出されたのは百鬼夜行が描かれた絵巻物だった。東雲は生徒の様子を確認しながら話を続ける。
「焔朝とは別に陰陽寮という組織があったのだが、こちらは占い、天文、時、歴が専門で、荒事専門の焔朝とは全く違う組織だった。ちなみに陰陽寮は飛鳥時代に天慈天皇により創設されて、明治時代に一度廃止されている。まぁその後すぐに陰陽寮の代わりになる組織の陰陽連ができたんだがな。天慈天皇も優秀な陰陽師だったらしく、未来を予見する能力があったとかなかったとか。で、現在の陰陽連は全国の陰陽師たちを束ねる組織となっている。さて、本題のこの絵巻物だが……皆も見たことがあると思う。『天下百鬼夜行絵巻』という物で、平安時代に描かれたものだ。皆が知っているのはこの絵巻物のほんの一部で、この絵巻物自体、50メートルを超えるいわゆる超大作なんだ。絵と文字で当時の百鬼夜行の様子が50メートル以上みっちりと延々綴られている。作者不詳なんだが、内容からして十中八九当時の百鬼夜行に参加していた妖が作者だと言われている」
スライドが次に進み、「妖の黄金時代」というタイトルの画面に切り替わる。最初の微妙な雰囲気とは違い、生徒たちはキラキラとした顔で話に聞き入っていた。それを見た東雲は安心したかのように、顔を綻ばせて、話を続ける。
「平安時代は妖の黄金時代と呼ばれるほど、妖達の活動が盛んだった。人々の生活を脅かすほどには」
タイトルの画面から切り替わり、次々と出てくる大妖たちの名前。志乃も含めた生徒たちはドキドキしていた。普段生活しているだけなら聞くことはまず無いような、まるで冒険譚を読み進めていっているかのような感覚。志乃は眼鏡の奥で紫色の瞳を輝かせながらなんとも言えぬドキドキ感に身を委ねていた。
「大江山の酒呑童子、玉藻前、鵺、餓者髑髏などなど、こいつらは人々の安寧を壊すような恐ろしい存在だったと言われている。当時の天皇や貴族たちは妖達を恐れ、安倍晴明に討伐の命をだした。それを受けて作られたのが焔朝という訳だ。さっきも言ったかもしれないが、焔朝は陰陽寮とは違い、妖達を討伐するためだけに作られた、所謂、戦闘・荒事専門の部隊だ」
続いて映し出されたのは実際に討伐された妖の一覧だった。年表順に表されている。これを初めて見た志乃は読ませる気のないあまりにも小さな字で書かれた表を目を細めてまじまじと見た、が、ほとんど見えず、少し落胆した。
「これが創設時から現代に至るまでの討伐記録となっている。こうして見ると、ふっ、人外でも見えないくらいには細すぎてはっ付けた意味が全然ないな……ま、何が書かれてるかって言うと、江戸時代までは討伐が多かったが、現代にかけてかなり少なくなっているってだけだ。これは……そうだな、みんなも分かると思う。誰でもいい、思っているであろう答えを声に出してくれ」
東雲がいきなり生徒に話を振ってきた。しかしそれに動揺する素振りは全く見せず、みんな口々に重い思いのことを述べる。志乃も例外ではなく、叫んでいた。
「江戸時代に開国してぇ! 人外が表舞台に出てきたからじゃ無いですかぁ!」
「志乃、あんたその顔で容赦なく声出るよね……ぱっと見、お淑やかぁって感じなのに」
隣で日南が苦笑いを浮かべていたのはご愛嬌である。
志乃の声に反応したのかそれとも違う声に反応したのかは定かではないが、東雲は青い目をきらつかせて、「みんな答えてくれてありがとう!」と口に出していた。
「そう、君たちが言ってくれた通り、江戸時代の開国が境目になり、一気に討伐数が減少したんだ。開国時に妖が表舞台に顔を出し始め、一般の人々に認知されてしまった。流石の焔朝もただ妖を討伐するだけの組織という訳にはいかなくなり、方針転換の末、妖、いや妖に限らず人外と良好な関係を築いていくための架け橋的な立ち位置に落ち着いた。そして今の焔朝があるという訳だ」
東雲は薄ら笑いを浮かべて、「時代の波には逆らえなかったって訳だな」と自虐のように語った。そして、現代に至るまでの活動が今度は分かりやすく表示される。




