【第24話】ゲストの登場
志乃は日南のおかげで少しコンプレックスを克服したのか、2日目の朝、とても清々しい気持ちで目覚めた。ちなみに部屋には志乃、日南、萌黄はもちろん、何故だか教師である猫矢が居座っていた。
「ねー、なーこ先生よ、昨日からずっと思ってたけど、なんで生徒の部屋に、私たちの部屋になーこ先生がいる訳ぇ?」
日南は昨日は敢えて突っ込まなかった一件に、今日こそはとメスを入れた。猫矢はキョトンとした顔で、「あ、説明忘れてた!」と煮干しを齧りながら答えてくれた。
「いやぁ、酷い話なんだが、私たち教師数名が滞在する部屋がな……いろんな虫で溢れかえっててな……この公園の管理者曰く、前日確認した時はこんなふうじゃなかったって言ってたが、まぁ結局のところ、泊まる部屋がヤバい状態で、他に部屋を探したが、他にも虫だらけの部屋があったりでちょうど私だけ余ってしまってな……そこで人数の少ないお前らの班にお邪魔したってわけよぉ! ナハハ!」
「先生、それ全然笑えないですよ? でも虫で溢れかえるって、なんだか嫌ですよね〜」
「お、宮下はわかってくれるかぁ〜籠屋のその顔はなんでこの班にしたかの理由になってないって顔だにゃ〜」
萌黄はうんうんと唸っていたが、日南は眉間に皺を寄せ猫矢をジトリと見つめる。猫矢はポリポリと食べ進める煮干しに酔いしれているのか、語尾が野生に戻っていた。
「いやぁ、昨日朧月があんまり触れられたくない、痛いところ突かれてただろ? 先生、心配で心配でな、それならもう突撃するしかないと思って、昨日部屋に行ったわけよぉ! そしたら全然元気に枕投げしてたもんだから、籠屋のおかげで吹っ切れたんかなぁって。今はもう何も心配してない」
「なーこ先生……! やっぱり担任がなーこ先生で本当に良かったよぉ!」
志乃はうるると感激し、猫矢に抱きつき出した。猫矢は「よしよし、お前はほんとに愛されキャラだよな〜」と志乃の頭を撫でまわす。そんな様子を見て、萌黄は「でも」と話し始めた。
「私が昨日びっくりしたのは猫矢先生のことではありませんでしたけどね。まさか志乃ちゃんが、こんなにも傾国顔だったなんて……! 美少女すぎて、目が焼けるかと思いましたよ……」
「わかるわぁ……志乃ってば成長すればするほど、綺麗になってくから、そのメガネなかったらと思うと、今頃どうなってたことやら……確実に言えるのは、この顔によってくる蛾どもは私だけで捌くにはキツイってことかな」
「蛾……確かに、光によってくるもんね……いい表現です」
「いい表現なの!?」
志乃は自分の顔が光源でよってくる人が蛾と表現されたのが、あんまり納得できなかったみたいで、渋い顔になっていた。
「お、もういい時間じゃないか? 用意して講堂集合な〜先生は先行っとくから、遅れんなよ?」
時計を見た猫矢はそれだけ言い残すと、足早に去っていった。荷物を残して。
「なーこ先生、今日もここで寝るんじゃない?」
「絶対そう……まぁいいんだけど……微妙な気持ちぃ……」
「あ、なら今日の夜、国永先生との進捗聞きません?」
「「それは聞きたい!」」
萌黄の鶴の一声で、夜のトークテーマが確定したのだった。
***
講堂には椅子が並べられており、教師の指示のもと生徒は各々のクラスの席に座っていく。
「なぁ、今から何すんのかなー?」「なんか講習会なんだろ」「まぁ昨日みたいなキッツイ、体力使う授業じゃないからいいんじゃない?」と色々な声が聞こえた。少しの間ざわついていると、舞台に近い扉から、黒スーツの人たちが数人ゾロゾロとやってきて、ざわめきが一気に大きくなる。
「はーい、静かに! お前らがいつまでもざわついていたら、始めるもんも始められん!」
猫矢の声が講堂中に響き渡ると、少しずつざわめきが収まっていった。いつの間にか壇上へ上がっていた艶のある黒い髪を後ろで1つにまとめあげた女性がマイクを通して、呆然と見つめ上げている生徒に挨拶をした。
「おはようございます、天明学園高等部1年生の皆さん。私たちは宮内庁管轄下焔朝の者で、私は上界位の東雲朱理と申します」
澄んだ水のようなターコイズブルーの瞳を細めて、東雲は微笑んだ。生徒たちは焔朝と聞いて興奮状態に陥っていた。もちろん、志乃も例外ではなく。
「ひ、日南ちゃん! 焔朝の人だって! 生で見るの初めてだぁ!」
「んふ、ふふ……」
日南は志乃の様子を見て、笑いをどうにかして堪えようとしている。萌黄はその様子をただにんまりと、姉のような眼差しで見ているだけだった。
「おいおい、静かにぃ! 挨拶だけでこの調子じゃ、何時まで経っても次に進めないぞぉ!」
猫矢がマイク越しにイラつきを隠せずにいた。志乃は猫矢の声に反応して、口を抑えて静かになった。それは周りの生徒も同じようだった。
「……うーし、静かになったな。みんなもわかると思うが、今日は焔朝の陰陽師の方々がわざわざ来て下さったんだ。断っても、オンラインでもいいところをわざわざ、だ。いちいちお前らがうるさくなってちゃあ、焔朝の方々に迷惑だ。お前らが賢いってところ、見せろよ。お前らは天明学園の名前背負ってるんだ。あの天下の、天明学園だ。焔朝の方々に天明学園といえども、この程度、と思わせてくれるな。今日こそお前らの立派なところを見せろ、以上だ」
猫矢の演説に、生徒はもちろんのこと、教師陣、はたまた焔朝の陰陽師たちも感嘆の表情を見せていた。
(なんだか、なーこ先生って本当にすごい先生なんだな! たまに見せるかっこよさに憧れる自分がいる……)
志乃は改めて猫矢のことを尊敬し直したし、憧れの念があることに気づいて少しドキドキした。志乃も含めて生徒たちの表情がキリリと引き締まる。そんな時、東雲の後ろにいた少しチャラそうな見た目の赤髪の男性が厳かな空気を壊すように、笑い声を上げた。
「……んぐ、ふは、あははっあははははは! あねさん、俺もう無理っす! かっこいい表情なんてもう作れませんよ! ぬははははははっ!」
その様子を見た東雲は頭を抱えながら大きく「ハアァ〜」とため息をついて、生徒の方に向き直った。
「……まぁ、なんだ、こちらも天明学園の生徒たちがどんな感じなのか、試そうという話になってな。今の話し方でわかる通り、さっきの丁寧な口調はわざとだし、そのチャラ男はもう着崩しているから言うが、日常的にスーツをきちんと着用しているやつなんて、ほんの僅かだ。焔朝の陰陽師だからといって、そんなに雲の上のようなかっこいい存在じゃない。こちらも試してすまない」
「あ、この人天明学園のOGだから、ちょっと心配だったみたいっすよ? ぶべっ!」
「いらんことまで喋らんでいい! すまない、このチャラ男がうるさくて」
東雲の肩を掴んで、指を刺してきた赤髪の男性の頭を東雲は躊躇なく殴りつけた。
一連の流れを見ていた天明学園側は、空気感についていけなくなり、そういう意味で静まり返っている。こりゃまずいと顔に書いてある猫矢が「んん!」と1つ咳払いをして、場を和ませようとした。
「あーまぁお互い様? ってところですかね? そういうことにしておきましょう!」
「ふふ、助かる。さすがは猫矢先生だ」
「……昔と変わらず、今も掴みどころが無い子だにゃあ……先生、疲れてきたんだが……」
猫矢がゲンナリした顔で悪態をつくと、待ってましたかというように東雲が腕を広げた。
「先生、どうぞ、こちらに」
「……変化はとかないからにゃ」
「……いやぁ俺が悪いかもしれないんですけど、早く講義しましょ?」
「おっと、確かに。生徒の皆さん、すみませんね。つい」
「つい、じゃないだろうがよ……」
壇上で繰り広げられるやり取りに生徒はもう耐えきれずに、どこかしこで小さく笑い声が聞こえていた。




