【第23話】痛いところ
「終了ー! 今年は朧月が勝ちだったな! いやー朧月、よかったなぁ! 先生方も耐えてくださって、ありがとうございます」
猫矢は日南の降参を確認すると、疲労しきった様子の結界担当の教師たちに解呪の合図と感謝の言葉を送った。教師たちは一通り冷や汗を掻き切った後なのだろう、少し青い顔でトボトボと本来の自分の持ち場に戻っていく。そんな教師陣の様子とは裏腹に生徒たちの様子は興奮しきった様子だった。
皆、口々に
「朧月ー! 今回は勝てたじゃねぇか! おめでとー!」
「籠屋さんも頑張ったよ!」
「なんであんなにすごい動きできるんだ!?」
「まじすげーよ!」
と、日南と志乃に賞賛と驚きの声を贈る。
小、中からの知り合いの生徒は賞賛と労りの声を、高校から入学の生徒は驚きの言葉を述べていた。
その様子に猫矢は大変満足気である。
「そういえば、朧月さんって、何の人外なの?」
賞賛の中、一言、何故だか際立つ声が聞こえた。志乃はあまりよく知らない、アリスといつも仲良くしている女生徒だった。
その言葉に昔から志乃のことをよく知る人達は少し言い淀み、それ以外の生徒はその話で盛り上がった。
当の本人である志乃は申し訳そうに、そして気まずそうに言葉を紡ぐ。
「……えーとね、実はまだ開花してないんだよね……」
その言葉に盛り上がっていた中でも人外の生徒がびしっと固まる。人外にとって開花しないというのは、自分のアイデンティティが確立されていないも同義なのだ。そんな自分達にとっても触れられたくない話題に知らなかったとはいえ、ズカズカと足を踏み入れていたことに気づいた人外の生徒たちは皆、申し訳なさそうな顔をした。周りの人外の生徒が気まずそうな顔をしたのに対して、志乃は柔らかく微笑んだ。
「そんな、揃いも揃って辛気臭い顔しないでよぉ……なんの人外なのかは家族が判明してるから分かってるし、開花してないからって全然困ったことないしね!」
その言葉に対して、人外の生徒たちは少し安心したように軽口を叩き合った。
「いやぁ、志乃ちゃんはそう言うけど、条件反射でこんな顔にもなっちゃうよ……」
「ほんとにごめんなぁ? 朧月はそう言うけど、俺らはやっぱ気にしちゃうわ……」
その様子を見ていた何も知らない人間の生徒たちは不思議そうな顔をしていた。その話題を聞いていた猫矢がパンパンと手を打ち、全員の注目を集める。
「おいこらぁ〜、一応校則で人外の奴らは変化をといたらダメっていうのがあるんだから、無闇に何の人外なのか聞くのもダメだぞ〜。あとな、人間のお前らはわからんと思うが、人外にとって開花ってのは結構デリケートな話なんだ。だから、周りにそういう友達がいたら、そっとしておいてやれ。分かったかぁ?」
猫矢の言葉に今まで不思議そうにしていた生徒たちは「はーい」と間延びした返事をした。エキシビジョンが終わった今、皆それぞれの場所に移動していく。
そんな生徒の中に1人、手で口元を上品に隠している生徒がいた。水無瀬アリスであった。
(何か考え事かな……?)
一瞬だけ見えたアリスの仕草は何か考え事をしているようにも見えた。志乃は気にも留めず、すぐさま日南の下に駆け寄っていった。志乃は知らなかった。その仕草の裏に綺麗な笑みが隠れていることに。
***
「ねぇ、さっき、ああは言っていたけど、めちゃくちゃ気にしてるんでしょ? 開花してないこと」
準備運動をしていた時、日南が真剣な表情で話しかけてきた。志乃はその言葉に一瞬動きを止めたが、すぐに体を動かし始めて、何でもないふうに答えた。
「やだなぁ、日南ちゃんは心配しすぎだよ。本当にそこまで気にしてないんだって」
「はい、嘘。分かりやす過ぎるよ。何年あんたと一緒に過ごしてると思ってるの?」
「……」
志乃が押し黙った頃、ちょうど準備運動が終わり、各々が教師の指示に従って体術の練習を始める。志乃は猫矢から日南とペアを組めと言われており、いつもなら喜んで大はしゃぎする所が今は少し気まずそうに俯いたままであった。
「日南ちゃんは、勘が良すぎるよ……」
そしてポツリ、ポツリと自分の中に溜め込んでいた想いを吐き出していった。
「さっきはね、家族が何の人外か分かってるから大丈夫って言ってたけど、ほんとは全然大丈夫じゃないの。お母さんもお父さんもお兄ちゃんたちも鬼っていうことは知ってる。だけど、自分だけがその“鬼“になれない。家族のはずなのに、家族じゃないみたいに思っちゃう自分がいる。お母さんたちは絶対にそんなことは言わないのも知ってる。だけど、自分でそう思っちゃう自分が、とっても嫌になる時があるの……」
「……」
日南は何も言わない。志乃はどんどん自己嫌悪に陥っていく。
「私は人間じゃない、でも人外にもなりきれてない……じゃあ私って一体何なんだろうって、思っちゃうの。私だけがみんなと違う。家族なのに本当の家族になれない……私が、“鬼“じゃないから」
目尻に涙を溜めて、今まで誰にも見せたことのないような暗い表情を日南に見せないように下を向いて誤魔化す。それでも日南は何も言わない。
「私って、どうして開花しないんだろう……開花してないって言ってた人たちもみんな先に開花していく……私は何なんだろう……私は……」
「志乃」
日南が名前を呼ぶ。
その声にハッとして今まで見ないようにしていた日南の顔に目を向けた。日南は笑っていた。それはもう、お日様のような温かく柔らかな笑顔で、志乃をじっと見つめていた。
「志乃は志乃だよ。それ以下でもそれ以上でもない。志乃は志乃。中途半端な存在だろうがなかろうが、志乃は志乃なの」
「日南ちゃ……」
「美麗さんたちはもちろんだけど、絶対に志乃が鬼になれないからって家族じゃないなんて思うような人たちじゃない。それは志乃もちゃんと分かってるはず」
「うん……」
「志乃が何なのかって? そんなの決まってる! 私の生涯の大親友で、私の憧れ。私の光。私の大切! 志乃は初めて出来た私の宝物なの! だから志乃が自分自身のことを悪く言うのは、私が許さない。もしも誰かが志乃のことを嗤うのなら、私は考えるよりも先にそいつをボコボコにする。それと同じように志乃が自分のことを悪く言うなら、私が怒って暴れる」
「ひえ……」
「……もう分かったでしょ? 志乃が何者なのかなんて、そんなに重要なことじゃないんだよ。誰に何と言われようが志乃は志乃なの。志乃に今1番必要なのは自分を信じることだね!」
日南は優しく抱きついて、トントンと赤子をあやす様に背中を叩いたり、撫でたりしていた。志乃はされるがままに、しかし、無意識に腕をしっかり日南の背に回して暖かみを感じていた。
(私は私でいいんだ……こんなにも私のことを思ってくれる人がいる。私のことを肯定してくれる。私は、なんて運がいいんだろう……)
志乃は目を閉じてただひたすら日南の鼓動と暖かさを感じていた。
グラウンドは7月と言うこともあり、灼熱地獄のように熱い。それなのに、志乃にはそれが丁度良く感じた。まるで、春の爽やかな日差しの中で日向ぼっこをしているかの様だった。しかし、そう感じていたのは志乃だけで。
「……ちょちょちょ、そろそろ暑いかも。めっちゃ暑い。いつまでもこうして居たいけど、いつまでもやってたらアイスみたいに溶けてなくなる……志乃ぉ一旦離して……」
「んん、もうちょっと……」
離れようとする日南をガシッと抱きしめると、「私ってば愛されてるぅ〜、とか言ってる場合じゃねぇ! まじで離して!?」と鳴き声をあげていた。




