【間話】君との思い出
黒い影が1つ、花のない、いや花をつける事のない大きな枝垂れ桜の下で動いた。
時は夕方、黄昏時、誰そ彼の時。この言葉は彼のためにあるのではないかと思うほどに、彼は影だった。
純黒の、光を全く反射しない少し癖っ毛な髪。後ろ髪は長く、腰あたりまである。
鈍色の着流しに、漆黒の羽織。羽織には肩から胸にかけて金色の装飾が施されており、その金の装飾からは紅色の組紐がシャラリと揺れる。
極め付けは「瞳」。ただ黒い瞳かと思えばそうではない。ブラックオパールのように、緑、青、黄……それぞれが混じり合って美しく煌めく。瞳孔部分は赤く、それは赤くギラついている。何かに怒っているかのように。
「まだ、見つからないか」
男が形の良い口を開いた。適度に低く、心地良い爽やかな声。しかし、その言葉1つ1つに諦めと絶望を感じる。
「うーん、ぜーんぜん見つかんない! あ、でも、面白い子見つけたんだよねぇ……!」
もう1つ影ができる。黒髪で猫の耳が付いた、赤と黄のオッドアイの男。猫耳の男は真っ黒な男と違って、テンションが高く、男にしては少し甲高い声をしていた。
「はぁ……伊万里、そう言って今まで全員ハズレだっただろうが」
「えぇー? そうだったかなぁ? ちなみに皇鬼は何やってんのここで。探すの大変だったんだからぁ」
猫耳の男――伊万里は2本に分かれた尻尾をゆらゆらとご機嫌そうに揺らして、真っ黒な男――皇鬼の顔を楽しそうに覗き込む。皇鬼は鬱陶しそうな顔で伊万里を押し除け、大きなため息をついた。
「で、面白いとは、どういうことだ……?」
「お、聞いてくれるの? なんだ今日機嫌いいじゃん! いつもなら完全無視なのに!」
「御託はいいから、さっさと話せ」
伊万里は嬉しそうに「はぁーい!」と言って、姿勢を正し始める。
「ゴホンッ! 今回見つけた子は、なんと天明学園で起こった虚の侵入事件を解決した子のこと。いやー深度4の『妖怪』の気配がしたから飛んで行ったら、まさに戦ってる最中でね! 女の子が組み敷かれてやばそうだったから、助けようとしたんだけど、ちょうどその時に開花したみたいでね、『妖怪』を最も簡単に倒しちゃったんだ」
伊万里の話に、皇鬼は再びため息をつく。
「なんだ、それだけか? 今回は聞いた方がいいと思ったんだが……外したか……」
「んー? なーに勝手に話終わらせてんの? まだまだ聞いて欲しいのはここからなんですけどー!? まぁいいや。それでね、ここからが皇鬼が欲しいかもしれない情報。その女の子の開花姿が天津鬼だったんだ。しかも純血の真っ白な、ね?」
その言葉に皇鬼は息をするのも忘れて目を見開く。光の灯る事のなかった、ブラックオパールの瞳がキラキラと輝く。そんな皇鬼の様子を見て、伊万里はこれまでと違って、見守るような慈愛に満ちた優しい目つきになった。
「その子がもしも、本当に天津鬼ならば……朧姫である可能性もあるんじゃない?」
「……は、はは……フゥ……そういえば、咲羽が7月中旬にある天明学園の合宿について何か言っていたな。俺もその件について関わることにしよう」
皇鬼はまるで今までずっと笑ってこなかったかのようなぎこちない乾いた笑いを含んだ、しかし満足そうな声音で伊万里に事を伝えた。皇鬼の反応に満足そうな伊万里は「じゃ、至急おみくんに伝えてくるねぇー!」と言って、夕方の木々の影に溶け込んでいった。
皇鬼はその様子を確認すると、注連縄が施され、御神木と化している枝垂れ桜に両手を当て、誰にも見えないように顔を下に向ける。
「もう少しで、会えるかもしれないのか……はは、いざ会うとなると、心構えが足りないのか、何なのかは分からないが、緊張するな……」
夕方は結界を張っているため、許可がないと入る事のできないこの場所に、誰かが来ることなんてないのに、皇鬼は言葉が溢れ出すかのように、1人口籠もる。そして隠した顔はとても嬉しそうな泣き顔であった。




