【第19話】出会いの物語
シーンと教室が静まり返り、生徒達は微妙な顔をしていたが、古山は打って変わって、明るい表情を浮かべ出した。
「そんな重い過去を持つ種族の唯一の純血の生き残りである朧姫様の生活は、ほぼ監禁と言っても過言ではない環境だったと言われています。外に出して何処かで死なれると、また神が怒り狂って困るという当時の天皇の考えだったのでしょうね。そんなパッとしない生活を送っていた朧姫様はある日、運命的な出会いを果たします。当時皇鬼様の側近だった方が書いた歴史書によると、屋敷に皇鬼様が現れ、颯爽と朧姫を攫っていったと言われています。2人は互いに一目惚れし、その後婚約しました。この時、綾月公園にある千年桜の下で愛を誓ったという話は有名ですねー! しかし、平安時代嘉応1年、西暦に直すと1169年、人妖の乱が起こります。字のごとく読んで人と妖の大戦です。ここではたくさんの人々と妖が死にました。これに巻き込まれた形で亡くなったのが朧姫様です」
まるでどこかの吟遊詩人が物語を奏でているような感覚。そんな心地のいい感覚とは裏腹に、自分の中の大きな何かが志乃を飲み込もうとしているようなそんな恐怖にも見舞わられていた。知りたいけれど、知りたくない、そんな矛盾した感情が志乃の頭の中を巡る。
そんなことは知らない古山は、どんどん話を続けていく。
「皆さんもご存知でしょうが、日本はこれ以降、人間とも人外とも大きな戦争には巻き込まれていません。世界を見れば、第一次、第二次世界大戦だったり内乱だったりと何かしら戦争をしているのですが、日本だけは難を逃れてきました。これは人外と人間が素晴らしい共存関係を築けていたからこそ、人外の方々が奮励し、難を避けられたのでは、と言われています。もし戦争でもして負けてでもしていたら、軍はなかったでしょうし、天皇陛下という存在も無くなっていたかもしれませんね」
我が日本国には「大日本皇国桜鬼軍」と呼ばれる軍事組織がある。平和だとは言っても常に外国からの脅威にさらされているのには変わりないので、明治時代に設立され現代まで続いている桜を背負う軍事組織が日本を守護している。桜鬼軍は大きく陸軍・海軍・空軍の3つに別れており、その中でも、刀剣・銃火器を扱う部隊、陰陽術を専門に扱う部隊などがある。
焔朝に所属していない陰陽師たちは、陰陽連に所属する一方、軍属になる人もいる。しかし軍属は陰陽師に限る訳ではなく、日本国民なら男女、人間か人外か関係なく全員に2年の徴兵というものがある。その甲斐あってか、虚が現れた場合に柊桃香さえあれば、対処可能な人が多いのだ。民間企業に虚退治を専門に行うところがあるくらいである。
話は戻る。
「そんな日本で初めて起こった大きな戦争であった人妖の乱。この戦争は今でも解明されていない謎が多く、戦争が起きた理由もわかっていません。ただ、記録と当時の妖の体験談によれば、戦場となった都や街は血と穢れの匂いの風が吹き、屋敷は炎に包まれ、まるで地獄のようだったとか。これを聞くだけでも悲惨ですねぇ」
「都……平安……戦争……じゃあ、あの時のあれは……」
その時、古山には聞こえない声で日南が何か呟いているのが聞こえた。志乃は日南の後ろの席なので、どんな表情をしているのか全く分からなかったが、後ろ姿だけで何か深刻なことを考えているのだけは分かった。志乃は日南に話しかけようか考えたが、今は触れない方がいい気がして、心の中に留めておくことにした。
「朧姫様は小さな子供を守るため身を呈して庇ったと言われています。朧姫様の死に際を知るのは皇鬼様とその側近達だけです」
なんとも優しく、勇敢な方ですね、と古山はどこか悲しそうに答えた。
「皇鬼様は今でも朧姫様の転生を待ち焦がれ、ずっと探しております。政府は名目上は皇鬼様のために『朧の会』という組織を立ち上げ、朧姫を探す手伝いをしているとのことです。しかし、私は裏があると考えてますがね……」
(ずっと探している、か……)
志乃は1人、窓の外の雨空を仰いだ。黒い雲がゆったりとした動きで流れていく。志乃の心地も何故だがあの雲のようにゆったりと流れているように感じた。
「ふふっ……」
どこからか小さな笑い声が聞こえた。他の人は気付いておらず、志乃だけが聞こえているようだった。志乃は笑い声がどこから聞こえるのか、耳を傾けた。
アリスだった。アリスが口を隠してクスクスと微笑している。
「先生も知らないなんて……ふふ」
その時のアリスの笑顔が志乃には不気味に見えた。




