【第17話】比翼連理の花嫁
比翼連理の花嫁、という言葉に志乃は疑問を覚える。それを察したのか、古山はコホンと1つ咳払いをしてから、話し始めた。
「まず、比翼連理とは、比翼の鳥・連理の枝のことです。比翼の鳥とは伝説の鳥のことで、1つの翼と1つの眼しか持たない雄鳥と雌鳥が運命的に出会い、一緒に飛ぶ時は一体となって理想の形となり離れなくなる、というようなもの。連理の枝は別々に生えた木のどちらかの枝が片方の木の幹に伸びて刺さり、それをもう一方の木が受け入れて細胞同化し、枝が繋がって1つになることを指します。まぁ、どちらも、人間同士なら理想の夫婦やカップルのことを表すんですが、妖では少し意味が違ってくるんです」
そう言って、古山は開いていた教科書をそっと閉じる。ここから先は教科書を見ずとも話せるようだった。
「まず、大前提として日本古来の人外である妖は外つ国の人外とは少し違う特徴があります。
それは自身の運命の相手――魂や波長などの相性が群を抜いて良い相手を本能的に嗅ぎ分けることができることです。その運命の相手を『比翼連理』と呼んでいます。その相手に出会ってしまったが最後、離れられないほどに相手を求め、愛情を注いでしまう……少し間違えれば狂った愛情にもなりかねない、そんな脆い砂の城のような愛。妖は長い生涯でたった1人、『比翼連理の花嫁・花婿』しか愛しません。
死んだ後も生まれ変わって来る相手を待ち続ける程に、強い愛に縛られて生きていきます」
古山はまるで自分が経験したかのように語り続ける。今まで見たこともないくらいに優しい表情を浮かべて、教科書を撫でている。す、と目を細めて次の言葉を捻り出す。
「これは神からの祝福のようにも見えますが、呪いとも取れる賜物なんです」
志乃には古山が本心から悲しんでいるようにも見えた。それくらいに、いつもの古山とは様子が違った。
志乃がじんわりとした気持ちになっていると、古山はハッと思い出したかのように、いつもの雰囲気に戻り、「おっと、しんみりしちゃいましたね? ちょっと感情移入してしまって……ついうっかり!」とおちゃらけた様子に戻ったのだった。そして、そのまま続きを話す。
「『比翼連理』は妖にしか分かりません。妖同士の場合もありますし、相手が他の人外、人間の場合だってあります。
『比翼連理』が人間の場合、その人間は『花嫁』『花婿』と呼ばれ、妖の家に嫁ぐことになります。まぁたまに人間の家の方に嫁ぐ物好きな妖もいるんですけど、人間の家って、すぐに消えたり出来たりするので、嫁ごうとする妖は変人扱いされます。
妖は日本古来から存在し、長く続いている家系が多いです。その大多数が裕福な家なので、『花嫁』『花婿』を迎え入れる時には大多数の妖の家が人間側に多額の結納金を贈る風習があるんですよ。妖からしてみれば、今まで大切なこの子を育ててくれてありがとう、という意味で贈っているそうなのですが、人間はそう考えていない人もいます。ちょくちょくいるんですよね……結納金目当てのバカな人が……おっと、失礼、ちょっと殺意が……」
(古山先生……感傷に浸ったり、殺意を覚えたりして……感情が大渋滞だぁ……まぁそんなところも古山先生らしい、のかな?)
志乃は百面相をしている古山に対して、温かい気持ちを覚えた。1人静かにクスリと微笑む。古山は「ああ、そうだ」と何かを思い出したみたいで、少し悪そうな顔で生徒を見遣る。
「身近な人で『比翼連理』の関係にあるのは、猫矢先生と国永先生ですね。まだ籍は入れていないそうですが、猫矢先生の家に婿入りするそうですよ」
その話題を聞いて、高入生以外の生徒たちはわっと盛り上がる。皆口々に「やっぱりか!」や「よっしゃコラァ!」などと狂喜乱舞している。
ちなみに国永満という教師は猫矢に比べると、天明学園に来てまだ日が浅いので、この恋愛事情の話を知っている生徒は少ない。この狂喜乱舞に畳み掛けるようにして、古山は追加情報を与える。
「ふふ、あれは国永先生が新任として天明学園に来た時の頃――
国永先生ら新任教員達が職員室で自己紹介をしていたんです。その時ちょうど猫矢先生はちょっとした用事で職員室にいなくてですね、国永先生の番になった時に職員室に戻ってきたんですよ。そしたら猫矢先生、そんな表情できるんですか!? というような花が綻ぶような、しかし泣きそうな顔で、国永先生の両手をガシッと掴んだんですよ。
そして第一声がこれです。
『あなたは私の比翼連理だ! 私はあなたが現れるのをずっと待っていた』
私は静かに笑ってしまいました。あの猫矢先生がそんなこと言うだなんてってね。まあ、でも1番びっくりしているのは国永先生ですよね。ちょっと間が空いて、国永先生は顔を真っ赤にしたんですよ。可愛かったですね。国永先生は小さな声で、
『ま、まずはお互いのことをよく知ってからにしません……? えっと、猫矢先生?』
って言ったんですよ。こんな初対面で求婚されて、嫌がるだろうなと思ってたんですが、結構本人は喜んでて……私は声を上げて笑ってしまいました。猫矢先生はいつも顔に表さないんですが、満面の笑顔で尻尾をゆらゆらさせて、もうめちゃくちゃ嬉しそうでしたね」
この話を聞いて無事だった生徒はいるだろうか、いや、いない。みんな背中に宇宙を背負って、「はわ」なり「ほぇ」と惚けてしまっている。この様子を見て、まだ学園に来て日が浅い高入生たちは若干引き気味である。そしてこのような爆弾情報を投下した張本人である古山は、愉快犯らしく「ほほほ」と笑っていたにも関わらず、「ほら皆さん、いつまでそうしているつもりですか?」と言って無惨にも全員を現実に連れ戻すのだった。
日南も驚いていた様子で、後ろを向き、志乃に問いかける。
「志乃は猫矢先生と仲良いけど、知ってた?」
「全然! おめでたいなぁ……! あ、今度本人に直接聞いてみようかな?」
志乃は猫矢からはそう言った話は全く聞いた事がなかったので、心の中では「言ってくれても良かったのに……」と少し悪態をついていた。
志乃と日南だけでなく、周りの生徒たちはピーチクパーチクをおしゃべりをし始めてしまっている。その様子に対して、古山は「本題に戻りますよー!」と言って再び教科書を開いた。




