【第16話】表の天皇、裏の皇王
日本国――正式名称は「日本皇国」と言う。この日本皇国には象徴と謳われる方がいる。それが天皇陛下――咲羽天皇だ。現在、天詠時代となっている今、彼は政治においては最高相談役として直接政治には関わらず、国事行為を主に行なっている。
これを聞いて、もう1人、よく似た立場の方がいるということに皆さんは気づいただろうか。
それが妖の王、人外の王――魔王の1柱と言われる御方。皇鬼様。彼は人間の政治には一切関与せず、人界のことは人間が管理しろと仰った。
この我が国を代表する2人の象徴は、表の天皇と裏の皇王と呼ばれている。
「……という事です、何かここまでで質問のある人はいるかな?」
今の授業は国学である。担当は50代後半ほどの男性教師、古山鷹人である。
国学とは国の成り立ちなどについて学ぶ学問だ。国学の授業は他の科目に比べて比較的人気で、いつもやる気のなさそうに聞いている男子生徒も少し前のめりになっている。
あっという間に6月中旬になり、すでに梅雨に突入しているためか窓の外ではしとしとと雨が降り注いで部屋の中も外もジメジメとした空気に満ちていた。
志乃はこの授業が待ち遠しくて仕方がなかった。アリスの言葉の中に出てきた「皇鬼様」「朧姫」、この単語を聞くと自分の中でモヤモヤとした気持ちに陥るからだ。志乃は今回の授業で分からないことは全て無くそうという気概で手を挙げた。
「朧月さん、どうぞ」
「はい! 人間の政治には関与しない、ということは人外の統治には何かしら関与している、ということなんですか?」
「おお、いいとこついたねぇ!」
古山は誰が見ても喜んでいると分かる表情で、ウキウキと話し始める。
「皇鬼様は表――人界のことには全く関与しないことで有名なのですが、裏――人外達が住まう『境界』の統治・管理は皇鬼様が主に行っています。一説では皇鬼様しか管理できないからと言う理由らしいですよ。ああ、それと、『境界』というのは、簡単に説明するとこの世とあの世の間にある空間のことを言うんです。今回は『境界』の話はしないですが、国学を学ぶ上で『境界』は大事な単語なので覚えておくように!」
古山が話終わると、どっと生徒が騒ぎ出す。「人外が住んでるところってどんなだろー!」「ロマン感じるよね!」などという声が聞こえて、古山は「こらこら、静かに!」と溢すが、どこか嬉しそうである。教室が静かになって、古山が「他に質問ある人います?」と投げかけたが応答がなかったので次の話に進んだ。
その名の通り表は人間、裏は人外――その中でも日本固有の人外である妖のことを指す。皇鬼様は日本国が江戸時代に開国してからというもの、ずっと皇王の地位に居られる。妖と天皇家は密接に関係しており、妖は日本国が外国に迫られて開国するまでの間、ずっと天皇家に秘匿されてきた。
皇鬼様は何世代もの天皇陛下の親友であり、尊いお方だ。そして表舞台に現れた妖達は素晴らしい知恵と技術を持ってして、開国で混乱していた日本国を纏めあげ、導いたと言われている。その時にだけ人間の政治に関与し、人間と人外の仲をとり持つ法を作った。それが、人間社会に溶け込んで生活をし、決して人間を怖がらせるような真似はするなというもので、それは今でも固く守られている。
「と、言うわけです。ここまでで質問はありませんか?」
古山はふぅとやり切った顔をした。ここまでは中学までに誰もが習う事実なので、日本人ならば何も疑問に思うことはない。しかし、1人だけ手を挙げる者がいた。水無瀬アリスだった。
アリスは高校から日本に来たとこの前言っていたが、それと同時に人外のことを相容れない存在だと言っていたことを思い出し、志乃はモヤモヤした気持ちになった。
「何故、皇鬼様は政治に関心を持たなかったのでしょうか? 政治に関与すれば日本経済をもっとよくまわせたはずです。先生のお考えでもよろしいので、回答お願いします」
先生はこの質問を聞いて、やっぱりなという顔をした。
「これは学者の間でもいつの世も話題となっている話なんですよ。皇鬼様は人間の政治に自信がなかった、と言うような否定的な考え方をする方もいますが、それは違うと私は考えています。今1番有力な説が『人外には何かしらの掟がある』と言う物です」
掟。その言葉に志乃は美麗が昔言っていたことを思い出した。
『人外にはねぇ、世界を安定させるために色々とルールがあるんだよねー。種族ごとにちょっとずつ違うこともあるんだけど、大体は“世界を維持すること“が大前提のルールなんだよ。覚えといて損はないから、教えとくねん!』
そう言ってバチコーンと綺麗なウインクをして、志乃にキスの雨を降らせていたことを志乃は覚えていた。だから古山がそのルールについて詳しく説明するものだと思ったのだ。だがしかし、古山は難しい顔で「うーん」と唸った。
「その『掟』と人間の政治に関与しないと言うことがどのように繋がっているのか、まだ分かってないんですよ……人外、といえども千差万別です。太古の昔から生きている人外の方々に聞けば解決するとは思うのですが、そういった方々は表社会には一切出て来ません。そして最近の生まれの方々はそう言った『掟』のことを知らない方が大半なんですよ……困ったものですよねぇ……」
志乃は古山の話を聞いて、ひっくり返りそうなくらい驚いたと同時に、自分の知っていることを話せばいいのでは? という考えに落ち着いた。
「古山先生! もしかしたらその『掟』っていうのに覚えがあるかもしれないんですが、話しても大丈夫ですか!?」
志乃のその言葉に今度は古山が面食らっていたが、すぐに平常心を取り戻し、「何でもいいですよ! どうぞ!」と意気揚々と答えた。
「母から聞いた話なのですが、世界を安定させるために色々ルールがあるみたいで、その根幹が世界を維持するためのルールって言ってました! もしかすると、このルールの中に人間に深く関わり過ぎてはいけない、みたいなルールがあるんじゃないんでしょうか!」
その言葉を聞いて古山は雷に打たれたかのように、驚き、固まる。そしてすぐに再起動して興奮気味に「朧月さんっ!」と志乃の前にやってきて、目に涙を溜めながら話し始めた。
「朧月さん……その話、もしかしたら事実かもしれないですっ! ああ、長年の問題が、今! 解決したかもしれないと思うと……! ううっ、涙が……!」
古山はおいおいと泣き始め、クラスの生徒はドン引き状態だった。それには志乃も含まれていて、正直ここまで過剰反応するとは思っていなかったのだ。
「あの、先生……授業があるので、泣き止んでもらって……」
「あ、そうですねぇ! 今からが本番なんですよぉ! やる気が漲ってきました!」
古山は赤い炎が燃え盛るようなオーラを放ちながら、授業を再開する。それに生徒たちはやはりドン引き状態だ。
志乃があははと苦笑いしていると、前の方の席から視線を感じた。アリスが志乃のことを睨んでいたのだ。その群青色の瞳には嫉妬や怒りなどを感じた。志乃は怖くなって下を向く。すぐに視線は感じなくなったが、志乃の前の席の日南もアリスの視線に気づいていたようで。
「志乃、大丈夫……? あの子、隠さなくなってきたね。いや、元から隠す気はないか」
「隠さなく……? うん、まぁ大丈夫」
志乃が力無く返事をしたのとは反対に、古山は元気よく次の話を始める。
「有力な説はもう1つあります。それが皇鬼様は比翼連理の花嫁である朧姫様に関すること以外あまり興味がなかったというものです」




