【間話】落ちる水を掬い上げて
「志乃が、倒れた……?」
蒼真は家に帰ってきて早々志乃の部屋まで急いだ。蒼真はモデルの仕事で遅くに家に帰ってきた。紅賀は家に帰っていたので、蒼真に鬼電をかけていたのだが、繋がらなかったことにイラついた様子である。
「こうちゃん、そうちゃんは仕事だったんだから仕方がないよ」
「知ってる、分かってるけど、でも腹立つ」
美麗は怒りモードに入っている紅賀を宥めつつ、志乃の部屋に向かっていた。志乃の部屋に入ると、美麗は静かに出ていった。
「紅賀、ごめん気付けなくて」
「謝罪を求めてる訳じゃない。個人的にちょっと腹が立ってるだけ」
「いや、怒ってるじゃん」
蒼真は志乃の方から目を離さずに声だけ反応する。紅賀もそれは同じようで、声だけで反応する。
「多分だけど、夢を媒介に記憶を垣間見ているんだろうね」
「夢か……」
蒼真たちには他人の夢に介入する力はない。夢の中に入れたなら、志乃の状態が分かるかもしれないと思ったが、早々に諦めていた。
沈黙の音が部屋に漂い、重い雰囲気を醸し出していたが、突然の紅賀の携帯の音でそれは打ち消された。
「日南、連絡見たか?」
『見たから電話かけてるんでしょうが! 今日は行けないけど、明日ゼッッッタイに行くから!』
「何、日南ちゃん? 連絡してたの?」
「そりゃ、志乃の親友だからな。ああ、そういえば今少し困っていることがあって……」
『何? 志乃よりも優先度低いやつはお断りだけど?』
紅賀は日南に志乃が眠っているのは夢のせいだという推測の話をした。すると日南は夢に関する能力を持ってる人に心当たりがあると返答した。
『その子、確か夢魔だったから適任だとは思うんだけど、いいの?』
「嗚呼、なりふり構っていられない。使えるものは何でも使う」
『分かった、その子に話付けといてあげる。感謝しろよ?』
「勿論。その子にもお前にも感謝している」
そして、次の日の午前から行動に移すことにした。
***
「えと、お、おはようございますっ!」
「ふふ、この子が夢魔の花香茉莉ちゃん。志乃のファンだから、話したら二つ返事で了承してくれた」
「ファンだなんて、そんな……憧れですよぅ」
次の日の午前中、サーモンピンクの髪が特徴的な茉莉と、顔馴染みの日南がやって来た。両親に見つからないように急いで志乃の部屋に案内する。
志乃は昨日と同じく、ただ眠っている。寝返りも寝言も一言も発さずに、ただ眠っている。
「志乃ちゃん……だいぶ深く夢の中に入り込んでるみたいです」
茉莉は志乃の状態を一目見ただけで、状態が分かったのか呟いていた。その言葉に紅賀が驚きの表情を見せる。
「見ただけでそんなことまで分かるのか?」
「あ、はい……まぁ母のお手伝いとかしたことあるんで……一応、夢魔なので……」
茉莉は蒼真と紅賀の素顔に慣れないのか、物凄く借りてきた猫状態であった。しかしその様子も日南の一声によって真剣な表情に変わる。
「茉莉には昨日話したけど、志乃の夢の中に連れていって欲しいの」
「もしかしてここにいる全員を、ですか……?」
「そうだよ、無理を言っているのは重々承知なんだ。だけど、それでも、連れていってほしい」
蒼真が真剣な表情で頭を下げる。その様子にまた茉莉はあたふたして答えた。
「あ、頭を上げてください! 別にできないなんて一言も言ってませんし、まず、私は志乃ちゃんのお友達です! お友達を助けるのは当然のことでしょう?」
「花香さん……」
「あ、でもこの人数を一気に夢の中に連れ込んだ経験がなくてですね……」
「茉莉は自信持ちなよ! あ、ちなみにこの子、世間でも有名な睡眠セラピストの娘だから。ちょー安心」
「ちょっ! 日南ちゃん!」
茉莉と日南のやり取りを見て、蒼真も紅賀も冷めていた心が少し温まる感じがした。そして、茉莉はすぐさま行動に移し始めた。
「まず、私が志乃ちゃんに触れることで夢の中に入ることができます。誰か他の人を連れて行くときは、私のどこかに触れていてもらっています」
「分かった。早速だけどできそう?」
「大丈夫ですっ! 志乃ちゃんのためなら、たとえ火の中水の中、ですよぉ!」
茉莉は志乃が眠っているベッドに寝転がって、その他3人は茉莉の手やら腕やらに触れた。そして茉莉は志乃の手をぎゅっと握った。
***
気が付けばそこは水の中だった。底に向かって沈んでいく。
「こんな夢の入りが海みたいに深い人、初めて見ました……ほとんどの人はいきなり夢の中に突入なんですけど、これは……」
茉莉が驚愕の表情で解説する。
蒼真たちが沈んでいると、いきなり底の方から泡が立ち込めた。
そして目を開けると、地獄と見紛うような戦場だった。これには全員が言葉を失う。
「志乃はこんな夢を見てるのか……? なんで……」
「……ここ、平安京だ」
蒼真は紅賀の言葉にハッとする。この夢は、記憶は、自分たちの知らない彼女の記憶だと。
絶叫、慟哭、呻き声、屋敷から燃え上がる真っ赤な炎、そして、あたりに散らばる動かぬ骸。
これを見て、茉莉が呻き声をあげた。日南も顔が引き攣っている。
「……ねぇ、これってどういうこと? あんた達、ここが平安京だってすぐに分かったよね。……なんか知ってるなら全部話せ!」
日南は目に涙を浮かべて、蒼真の胸ぐらを掴む。蒼真はされるがまま、虚な目を日南に向けていた。すぐさま茉莉と紅賀が止めに入る。
「今は無理だ。まだその時じゃないから。でも絶対に話す。約束する」
その言葉に日南は「……分かった」と不貞腐れたように頷いた。
悲痛な叫び声の中に、一際際立つ声が聞こえた。
黒い男の声だった。顔は黒く塗りつぶされていて分からない。その男の腕の中には、白い女がいた。今にも事切れそうな、白から赤いものがこぼれ落ちている女。
『ごめんな、幸せにしてやれなくて。守ってあげられなくて、ごめんな』
男は涙を流しているのだろうか、その女に雨のように水が落ちる。
「あれは……まさか……」
「皇鬼……かもな」
蒼真と紅賀が発したワードに日南が食いつく。
「待って、それって……」
しかし言い切る前に、場面は転換する。
次は白い空間だった。蒼真たちはまるで俯瞰しているかのように、上空にいた。そして白い空間はいきなり崩れる。
「これは……桜か?」
ひらりはらりと落ちてくる白い欠片。水面にぴちゃんと降り立つ。そして、水面には志乃がいた。
「志乃……!」
日南は志乃の名前を叫ぶが一向に気づく気配はない。その時志乃が口を開いた。
『私は、誰……?』
その言葉をきっかけに、桜の花弁は白波のように大量に舞い上がる。蒼真たちも散り散りに吹き飛ばされないように手を繋いで水面を見ていた。
そして、隙間から女が見えた。日南は怪訝な顔で、茉莉は驚きを隠せずにいた。しかし、蒼真と紅賀は違った。
「なんで、ここに……!」
『志乃のこと守ってあげてね』
女からは音は聞こえないはずなのに、頭に声が響く。視界が暗転する前、女の口元は笑っていた。
***
「あーやっと起きたぁ」
眼前に美麗の顔が見えて、蒼真は飛び起きた。周りを見れば他も今起きた様子だった。カーテンの隙間からは橙色の光が差し込んでいることから、すでに夕方になっているのが分かった。
「勝手に、人の夢の中に入るのはダメだよー?」
美麗に夢の中に入ったことがバレてしまっていた。しかし、美麗は続ける。
「ま、でもなんだか事情があるみたいだし、今回は志乃には黙っといてあげる。志乃にはバレたくないんでしょ?」
「う、はい……」
「じゃ、ここだけの秘密ね!」
美麗は人差し指を口元に当てて、シィというポーズをした。美麗は何をやっても様になるので、初めて見た茉莉は少し頬を赤らめている。
蒼真と紅賀はやはり美麗に隠し事はできないようだと思ったと同時に、底知れ無さに少し恐怖を感じた。
(母ながらに、よく分からない人だよね……一体何者なのやら……)
蒼真は美麗の方を見てフと笑みをこぼした。蒼真も紅賀もあの女性をよく知っている。だからこそ、最後の言葉は自分たちの誓いであり、戒めなのだ。
そして、志乃が目を覚ました。




